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はるか昔の出会いと別れ


 シーフォルムの顔として、笑みを絶やさないアデリーシュは元々我儘な所も多分に含まれてはいるが、思慮深く穏やかな性格であった。

 それは元来の性格であるであるのだが、この世界に来てだいぶ歪んだようだ。


 元々彼女の気質として、幼い頃から支配にも似た宗教への陶酔である。

 それは、当時の両親の影響が色濃く彼女の内面に浸透していた。


 今から60年前、彼女が出会った人外者は軍服をきて羽を緩やかに羽ばたかせた美丈夫だった。

 艶やかな黒髪をふたつに結んだ、当時弥生という名前の少女は、そんな人外者を聖書に乗っている天使のように見えたらしいが、それでは随分と物騒な天使である。


 宗教にのめり込みやすい弥生は、その人外者を神の使いかのように崇め立てた。

 彼の願いを聞かなければならない、これこそが神の使いと恭しく頭を下げた弥生に、人外者はほころぶように笑みを浮かべて弥生と共に異世界の扉を潜ったのだった。


「………………まあ、信じられません、なんて素晴らしい世界なのかしら」


 来た時の時刻はまだ誰も動き出す前の空が明るくなり始めたばかりの頃だった。

 暗い夜空の遥か彼方から日が昇りだし、じんわりと空が明るくなり始める。

 そこに映る景色は、古臭くも活気溢れる弥生の知る世界ではなく、花々が咲き乱れる美しい街並みであった。

 まだ誰も動き出さない静まり返った少し寒い空気を胸いっぱいに吸い込んで弥生は微笑む。


「…………こんな素晴らしい世界があったのね、知れて嬉しいわ……天使さま。私はどんな試練が待ち受けているのかしら? 」


「ん?試練ってなんだ?君は俺の伴侶なんだから、常に隣にいればいい」


 明るくなり始めたまだ暗い夜空を背に、その人外者は当然のように笑ったのだが、弥生は首を傾げる。


「伴侶……、あの時のお話しよね。天使さまがそんなに俗物的でいいのかしら……」


「…………俺は天使ではないよ」


「え?そんなまさか……だって、その素晴らしい背中にある羽こそが天使たる証ではないの」


「…………うーん、この世界の半数は羽があるぞ」


「凄いわ!天使さまは人間と共存しているのね?! 」


「…………むしろシーフォルムにしたら、移民の民が天使相当なんだろうな」



 人外者に様々な人が居るのと同じで、移民の民も多種多様な人物が現れる。

 たった一瞬見ただけて強烈に惹かれるその感覚は人外者にしか知り得ない一種の呪いみたいなものなのだろうが、そこに人となりは含まれていない。

 どんなに問題のある人物でも、強く惹かれてしまったら抗うのは難しいのだ。


 こうして弥生を呼び寄せ伴侶とした人外者、オルフェーヴルは弥生という人物に振り回される事となる。


 彼女の根幹はほぼ宗教により作り出されてしまい、オルフェーヴルの伴侶としての話を上手く飲みきれないのだ。

 何度となく衝突しては、オルフェーヴルが折れる形となってしまうのが恒常的に起きる様になるのに時間は掛からなかった。


「………………ヤヨイ、それはだめだ」


「あら、これもなの?こんなに自由を無くすのも私に課せられた試練なのかしら……罪深い私をお許しになって」


「ヤヨイ……」


 囲われ周りからの接触を尽く防いでいた事により、弥生も他の移民の民と同じようにジワリジワリと胸に広がる不快感や諦めが蓄積される。

 ただ弥生は、他の移民の民が殻に閉じこもる様に心を壊すのではなく、心を守る為に以前進行していた宗教への崇拝がまた熱をあげだしたのだ。


 オルフェーヴルは、自分を見ない弥生にどうすればいいかわからず途方に暮れ、頭を抱えてしまう。

 気が触れたかのように笑みを浮かべたり、お祈りを始めたりと毎日を忙しなく生きる弥生を遠くから見つめる日々が暫く続いた。


 まともに話が出来ない日々にオルフェーヴルの方が参ってしまいそうだった。

 どうにか振り向かせたいと願う人外者と違い、初めて出会い愛した可愛らしい少女はもう何処にもいないのだと、いっそ一思いに切った方が良いのかとすら思ったくらいなのだ。


「……ヤヨイ、今日は外に出ないか?」


「まあまあ……お散歩に連れていってくれるの?オルフェーヴル」


 他の移民の民には見られない柔らかな笑みに返事を返してくれる彼女に、オルフェーヴルは悲しそうに笑う。

 決して弥生はオルフェーヴルを見てはいないのではなく、その場にいる人物という位置づけに成り果てた。

 伴侶とは思っていなく、宗教の関係で清廉な存在であれと教えられてきた弥生は常に優しく接するが、その教えに忠実で伴侶としての触れ合いなどは一切ない。

 

 そんな強い宗教へのこだわりが招いた事が、このすぐ後に起きるだなんてオルフェーヴルには予想もしていなかった。



 外出の時は、特に周りを警戒するオルフェーヴル。

 最悪な事に、今まで一切の接触を裂けてきたシーフォルムと街中でバッタリと出会う。


 そのあからさまな服装にお互いが教会関係者である事、移民の民である事が知られてしまった。


 まずい……とすぐさま離脱するはずだったのに、司祭を見て動きを泊めた弥生は全く動かなかった。


「これはこれは、移民の民の方ですね?こんな街中で出会えるなんて、なんて幸運でしょう」


 ふくよかな体格が余計に柔らかな印象を与えるのか、弥生は一種で虜となった。

 司祭にではない、この世界の宗教であるシーフォルムにである。


 様子が明らかに変わった弥生に話し掛け肩に触れると、パシィン!と弾かれオルフェーヴルは目を見開く。


「…………ヤヨイ」


「ごめんなさいね、オルフェーヴル。つい払ってしまったわ…………ねえ、私がこの世界に来たのはシーフォルムに出会う為だったのよ。 オルフェーヴル、私行かないといけないわ、祝福……してくれるでしょう?」


 ふわりと髪をなびかせて振り返りオルフェーヴルを見た。

 その時の弥生の表情は何時もよりも明る輝いている。


「だ……だめに決まっているだろう!! 俺はシーフォルムに入るつもりは無いぞ! 」 


「まあ…………こんな素晴らしい世界で唯一の宗教に出会えたのも奇跡のようなものよ。それにオルフェーヴルは来なくてもいいのよ?私だけが行くわ」


「な……何を言っているのか分かっているのか……?」


「ええ、勿論」


 微笑む弥生の意思は硬い。

 弥生は朗らかに笑って、この世界に連れて来てくれたオルフェーヴルをあっさりと見限った。


「ま……待ってくれ……ヤヨイ……待ってくれ!」


「では……またいつかね」


 伸ばした手は司祭の魔術によって届かず歯を食いしばる。

 能力や、位を見たらオルフェーヴルの方が遥かに上なのだが、移民の民の勧誘、確保についてシーフォルムは、何故か高位の人外者すら叶わない事がある。

 今回も、連れてかれるギリギリまで様々な魔術を駆使して妨害をしたというのにかすりもしなかった。

 移民の民自体が受け入れ、移動を願ったからでは無いかと考えられているが、本質的なものは誰も解明していない。


 気分転換にと誘い街に降りた事が仇となったオルフェーヴルは喪失感と共に安堵もしていたのだった。


 弥生はアリステアに保護されていた為、事の経緯を伝えると眉をきつく寄せて、そうか……と一言呟いた。

 移民の民がシーフォルムにかどわかされ入信するのは多々ある事で、伴侶ごと行く場合もあるが、オルフェーヴルの様に高位の人外者だと支配が難しいからか引き離される事もある。


「………………どうするのだ、今後は」


「……アリステア、そこで相談なのだが」


 眉を寄せたまま厳しい顔つきで話し出すオルフェーヴルを見上げる。

 その喪失感や安堵もだが、少し時間がたった今、オルフェーヴルの胸に広がるのは失望だった。


「……貴方の騎士にして頂きたい。俺とヤヨイはまだ伴侶の絆で繋がっている。力も渡したままだ、このままにはしておけない。1番祈り子との接触が起きやすい領主の傍でヤヨイを見張らせてくれ。勿論規定の仕事はしっかりとしよう」


 人外者のオルフェーヴルが人間であるアリステアに頭を下げて頼むのは屈辱以外の何物でもないだろう。

 だが、そうしてでもオルフェーヴルにはやるべき事が出来た。

 強くてを握りしめて、その爪が皮膚にくい込み出血する。

 手を伝い床に流れる様を見つめたアリステアは静かに頷き、それを受け入れたのだった。



  

 祈り子の卵は世界各地にいるが、最初は保護された地域の近くでシーフォルムから教えを乞い活動を始める。

 祈り子となる為にクインキーという禁術に限りなく近い秘術によって仮初の伴侶をあてがわれた弥生は後に名を授かりアデリーシュとして生まれ変わる。

 そして、月日を経て祈り子の叙階第3位まで上り詰める事になるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 伴侶って重いんですねぇ……。 自分の力の一部を渡してる状態でも強制的に繋がり切れるんですね。教会が力持つのもわかります。 高位の人外者でも強制的に奪えて、さらに言うこと聞かないからか伴侶…
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