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初めての感情


 美しいドレスに身を纏った芽依は、セルジオに最後の仕上げと短くなった髪にレースのリボンが付いた大きなバレッタを付け、宝石が散りばめられたチェーンのような髪飾りが髪をぐるりと煌めかせる。

 目元を隠す薄いベールを付けて前を見ると、広間には集まりだした領主館で働く人々。

 ギリギリの警備の騎士を残し、この領主館はミサの間締められる。

 進入禁止や魔術での呪いや侵食を防ぐ魔術を念入りに施された領主館は、魔術の影響でいつもよりもキラキラと輝いている。


「あ、メイちゃんいた」


 ざわつく広場でいやにしっかりと聞こえたフェンネルの声に振り向くと、グレーのフリルが着いたシャツに茶のパンツを履いたフェンネルが手を振っている。

 フリルは袖についていて、首元には分厚い大きなリボンが結ばれていて、緩く結んだ髪には催事に使用する豪華な奴隷の証が煌めいている。

 その隣にまったく同じ格好のハストゥーレが芽依を見て目を細めて微笑んだ。


「…………鼻大丈夫かな、ドレス血で染ってたりしない?」


『変な心配してんじゃねぇ』


 フェンネル達と同じ大ぶりのリボンを着けたメディトークが呆れながら言う。

 メディトークは芽依の伴侶の代わりなので、リボンは白だ。


「ん、メディさんも素敵。リボン似合うよ」


『……蟻に似合っても困るだけだろ』


「なぁんでよ」


 フワフワと動く度にスカートが揺れてフェンネルは思わず目線が行ってしまう。

 軽くしゃがんでスカートに触れた。


「………………へぇ、この1枚1枚に祝福が施されてるよ、随分繊細な作り方だね」


 重なる生地の1枚をひらりと手に取りしげしげと見る。

 その為スカートが薄くなり薄らと足の線が見えた。

 たまたま近くにいた人達が見てしまい顔を赤らめゆっくりと視線を逸らしたのだが、中にはチラチラと見る人もいる。


 この世界のドレスコードでの肌の見え方は、背中が出ていても足が出ていても問題は無い。

 だが、1度隠れた場所が見えるのはよろしくは無いらしく、それは破廉恥な態度となるようだ。

 男性は自ずと視線をずらし、女性は品性が足りないと言うのだが、それをしたのが麗しい花雪だから誰も咎められない。

 芽依自身、あまり気にしていない為、フワフワで可愛いよね、と言う始末だ。


「フェンネル様!ご主人様の…………お……御御足が見えて……しまいます」


「え?!ご、ごめん!」


 気付いていなかったようで、急いで手を離したフェンネルは芽依の手を握りごめんね、ごめんね、と何度も謝る。

 首を傾げて、何か謝る事があっただろうか?と思案しながらも曖昧に頷いた芽依にメディトークが深いため息をついた。


 今年も芽依達はアリステアと共に領主館の皆と一緒にこれから転移門を潜り、ミサがある街ペントランに向かう。


 転移門は大人数を運ぶ専用の部屋が用意されていて、その数4箇所。

 広い領主館の中には複数個ある転移門は、緊急避難の為にも使われる為、各所に点在している。

 その中でも祭事等で大人数を運ぶ時に使われるのが4箇所ある、という事なのだ。


 今芽依達がいる広間から1番近いのは、去年も使用した通称青の間。

 部屋の中が淡い青色で統一された転移門の部屋で、床に巨大な魔法陣が描かれている。

 部屋の4隅に大きな宝石が置かれていて、そこに行先を魔術で固定する事により間違う事なく転移を試行する。

 

 なお、緊急時は宝石のどれか1つを壊し、中にある緊急時の魔術を魔法陣に転写されて、強制的な転移を測るのだ。

 この時は行き先の指定が出来ず、ドラムスト領内の何処かに転移する。


「…………キラキラしてる」


 転移門を使用するのは分かっていたので、既に準備がされていて、すぐさまペントランに行けるようになっていた。

 魔法陣から空中に弾ける小さな飴玉のように多色の小さな粒がぶつかり合い光を乱反射させている。

 強い光ではなく、ふっ……と目に入り気になるな、と思わず見つめてしまう儚い光である。


「メイ、わかっているだろうが、シーフォルムからの誘いには乗らないようにな。メディトークから離れてはいけないよ」


「はい、アリステア様」


「メディトーク、フェンネル様、ハストゥーレ。メイをよろしくお願い致します」


『ああ、任せておけ』


「大丈夫だよ、ちゃんとメイちゃんは守るからね」


「ご安心下さい、この身に代えてもお守り致します」


 3人がにこやかに返事を返した事でホッとしたアリステアは先に先頭へと戻って行った。

 この場にいる移民の民は芽依だけなので、心配して先に声を掛けてくれたのだろう。


 この場には指示する為に動き回るセルジオやシャルドネ、列を乱さないように静かに佇むブランシェット。

 そして、アリステアから離れない場所にオルフェーヴルもいる。


 ミサは神聖な儀式であり、溢れんばかりの祝福をさずけてくれる。

 無事に終わるのが1番であるが、芽依は何だか言いようの無い不安が胸に渦巻いていた。


『…………メイ』


「はい?」


「大丈夫?なにか心配?」


「お顔色が優れません」


「……………………えと、何だか不安がぐるぐるしていて」


 眉を下げて正直に話すと、メディトークが頭を下げて芽依を見る。


『不安?』


「いや、わかんないんだけど……」


 困ったように笑う芽依を3人は黙って見てから、ハストゥーレが芽依の手を両手で優しく握った。


「ハス君?」


「ご主人様……僭越ながら、私から恩恵を授けさせて頂けないでしょうか」


「あ…………ありがとう」


 はい、と花が開らくように微笑んだハストゥーレが優しく芽依の手の甲に口付けを落とした。

 サラリと落ちる髪の隙間から、目を閉じたハストゥーレの綺麗な横顔が見える。


「ふぉ……」


『変な声出すな』


 魔術を展開する時に、人外者はその力を倍増する為に呼吸を使う。

 人間だったら祝詞を唱えたり、様々な魔術を重ねる時も、1番用いられるのは口からである。

 その為、大切な相手に与える身を守る為の恩恵は、口から送る事が多い。


「ハス君」


「ご不快でしたか……申し訳ございません」


「違うよ、少し驚いただけ。ありがとう」


「次は僕ね」


 ほんわかと笑うハストゥーレと手を握ったままフェンネルが腰をかがめて頬に口付けを落とした。

 サラリと顔にかかる髪と、影になるフェンネルの顔。

 ぽってりと暖かく柔らかな唇が頬におしつけられる。


「ふぁい!」

 

「ふふ……なぁに?返事?」


 思わず声を出した芽依にフェンネルの蕩けるような眼差しが向けられた。

 ハストゥーレにしても、フェンネルにしても、最近芽依への溺愛が酷くなってきた気がする……と目が丸くなる。

 嫌なわけじゃない、むしろドンと来いだが芽依は、私の一体どこら辺がそんなに気に入ったんだろうと首を傾げる毎日である。


『メイ』


 顎を掬われ顔を上げさせたメディトークの真っ黒な瞳を見上げると、ゆっくり顔が下がってくる。

 あの耳元で聞いた声を思い出し、ぞわりと身体中に熱が上がった時、メディトークの口が額に当たった。

 柔らかくも暖かくもない蟻からの口付けだが、芽依は1番体の中から燃え上がるような熱を感じたのだ。


「あ…………あれ」


 真っ赤に染まった顔を俯かせて目をウロウロとさせていると、ん?とメディトークが更に顔を下げてきた。


「ま……まって、ちょっとまって……」


『……顔を掴むな』


 セルジオと同じく保護者のようにそばに居てくれるメディトークの無機質な眼差しを見返してから、腕を撫でて顔を逸らした。

 この不思議な感覚は、恋と良く似ているが何処か違う感覚に芽依は振り回されたのだった。




 

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