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カナンクルの決闘


 叫ぶように決闘だと言われた芽依は今日がカナンクルだからこそ、それを受けなくてはならなかった。

 メディトークが用意した買い物袋を受け取り、律儀にお金を支払った男性が芽依を睨み付けるが、芽依としてはとんだとばっちりである。

 戦闘はからっきしな芽依だが、カナンクルでの決闘は拒否が出来ない。

 拒否をしたら自動的にフェンネルが連れて行かれるからだ。

 これは奴隷でも可能であり、奴隷契約はそのままで恋人となる許可を与える事になるのだ。

 フェンネル自体は芽依のものだが、その一部を差し出す事になる。

 更に、この場合は芽依の言い値を払うと、優先的に奴隷契約を移行する事も出来る。


 国からの監視やニアの存在もある為、フェンネルが芽依から離れるという選択肢はないのだが、それでも、たとえ一部だろうがフェンネルを差し出し分け与えるなんて芽依には許せなかった。


「………………フェン、あとでお仕置だからね」


「ご……ごめんなさい」


 無闇矢鱈にフェロモンを垂れ流して、こうしたいざこざを起こすのは1度や2度ではない。

 単なる悪戯の時もあれば、セットで沢山買わせる為にわざとする事もあるフェンネル。

 通常だったら追い払ったり、フェンネルがちゃんと対応しているのだがカナンクルでは相手を奪う決闘が発生するして、この場合受けるのは芽依なのだ。

 

 いつもやり過ぎないようにと、メディトークからも注意されているし、芽依も心配だからと口酸っぱく言っているにも関わらず、なぜこのタイミングで……と頭を抱えてしまう。


 ちらりと見ると相手は既に勝ちを確定しているような雰囲気を醸し出していてため息を吐き出した。


「ご主人様……決闘、なさるのですか?」


「仕方ないよね、フェンネルさん盗られたら困るし」


「ご……ごめんね」


『カナンクルだって言ってんじゃねぇか、お前』 


「ご……ごめんね」


 プルプルと謝るフェンネル、流石に今日するべきではなかったと反省しているのだが、戦わざるを得ない状況に追いやられた芽依が不安で不安で堪らない様子で芽依の周りをウロウロしている。歩く芽依にしては邪魔でしかない。


 あの男性が芽依との決闘までとフェンネルの近くに立ちジッと見つつ芽依を睨みつける。

さらに女性がフェンネルを睨むと言うカオスな状況に痺れを切らした芽依が、ブースに並ぶ商品全てを乱暴に箱庭にしまった。

 カテリーデンでの販売は終了となり、今決闘の為に場所を移動しているのである。


「メ……メイちゃん……」


「なぁに?」


「あの……怒ってる?」


「怒ってないとでも?」


「うう……」


 しゅん……とするフェンネル。

 こんな悪癖があるのは一緒に行動するようになって初めて知ったのだが、誑かすだけ誑かせておいて、フェンネルは一切相手の手を取ることはない。

 何よりも1番は芽依だと常に示しているのだが、それでもやりすぎだと怒られては、ヘラヘラと謝っている。

 怒られる事自体が気に掛けてくれる証拠だとわかっているからだ。


「まったくもう、毎回懲りないなぁ」


 呆れながら言う芽依をかがみ込んで顔を見るフェンネル。

 むっとしているのが分かり眉を下げると、芽依は頬を摘んで顔を見合た。


「心配しなくてもフェンネルさんの体と心が傷つく様なことは無いからね」


「…………メイちゃん」 


 これはメディトークと話をしていてわかったことだが、フェンネルは常に芽依の線引きを図っている。

 

 何処までが許されて、何処からが許されない?

 これは平気?これは駄目?


 それはきっと、冬牡丹の抱える許容範囲を気付けなかったから。

 彼の嫌な事に気付けなかったから。

 大好きな人にもう会いに来るなと言われる恐怖は今でも胸を鋭く刺していて、その恐怖があるからこそ芽依の許される範囲を推し量っている。


 それも、自分から長く目を離している時に、不安が押し寄せ芽依の許される範囲を知りたくなるようで、今はハストゥーレの心を優しく包む為に芽依の目線はハストゥーレに向かっているからこそ少しずつ蓄積されてきたモヤモヤとした感情がここで顔を出した。

 分かっているのに歪な心を抱えるフェンネルは、どうしても芽依の視線に入らないと不安になるのだ。


 迷惑だってわかってる、こんな決闘なんてさせたい訳じゃない。

 でも、自分の欲求が芽依を困惑させ困らせる。


「…………まあ、そろそろなんかあるかなとはメディさんと話していたけど、まさかのカナンクルで決闘かぁ」


「………………メイちゃん?」


「まあ、大丈夫だよ」


 自分はちゃんと気にされていた?と目を丸くした。

 しかもメディトークの名前も出てきたではないか。

 振り返りメディトークを見ると、そんなフェンネルに気付き悪い顔をして足でコツリと頭を叩いた。


「……………………僕って幸せ者だなぁ」


「なぁに?今更気付いたの?フェンネルさんは私たちに大事に大事にされてる自覚をちゃんと持った方がいいよ」


 にっと笑った芽依がフェンネルを見てから、佇む男性へと向かっていった。


「…………メイちゃん、無理はしないでね」


「大丈夫だよ、私は無敵だもの」


 笑って言った芽依に、男性は鼻で笑う。


「無敵?君が俺に勝てるとでも?まさか!見た感じから君は決して強くは無いだろう」


「まあ、確かに私は強く無いですけど……」


 芽依自身は戦いとは無縁で最弱だ。

 丸腰で戦うともなれば芽依は1秒も持たないだろう。しかも相手は人外者である。


 だが、芽依は弱くは無い。

 それは、芽依には最強の味方がいるからだ。


「ふふん、シロアリすら吹き飛ばす最強の野菜が私にはあるのだよ」


「何訳の分からない事を言っているんだ!!」


「ちょっ…………ガザナ!!」 


 カッ!と目を見開き走り出した男、その言葉が決闘の開始になった。

 凄まじいスピードで迫り来る男性はどうやらガザナと言う熱風の精霊らしい。

 火属性の眷属のようなもので、その動きはユラユラと陽炎のようだ。


 そんな普通なら手を足も出ない精霊相手に眉を寄せながら見る芽依の手はキラキラと輝き出してきた。

 そして、空中に現れる大根とゴボウ。

 大根は自らシュルシュルと桂剥きをして、目の前に来たガザナの攻撃を薄く長い大根が上手に止めていた。


「………………なんだこれは」


「大根です」


「だいこ……」


 困惑しているガザナの横からゴボウが横薙ぎに来て、腕で抑えたガザナは後方に吹き飛ばされた。


「…………あれ?ゴボウがなんか前より落ち着いてない?」


 フェンネルがコテンと首を傾げて言う通り、暴れん坊なゴボウは少しお利口になっていた。

 ブルンブルンとしなるのは変わらないが、暴走すること無く芽依の傍らにいるではないか。

 その変化にフェンネルだけでなくメディトークやハストゥーレも驚いている。


「今日もよろしくお願いいたします」


 目の前にある大根に頭を下げると、ぴゃ!と跳ねた大根がやる気に満ち溢れて雪を降らす。

 ただでさえ雪が降り寒い中、大根の周りは吹雪かのように荒れ狂っていた。


「……わぁー、もう食材として見れなーい」


 フェンネルが苦笑しながら言うと、芽依は振り向き親指を立てて良い笑顔を返したのだった。

 

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