今年のカナンクルも波乱万丈
今年は大規模な被害のあった年であるから仕方がないのだが、参加者の人数は去年よりも少ない。
まだ1度しか参加していない芽依ですらそれが分かるくらいだ。
庭への被害が多く、野菜は勿論果物への被害も多かった。
それにより、例年よりもリーグレアの出品数は少なく、ケーキも果物での飾りが少ない為華やかさがあまりない。
そんな中に出された芽依の果物に、果物が入ったヨーグルトケーキは見目よく良く、おかしな栗のリーグレアも含めて3種類のリーグレアは飛ぶように売れたのだった。
「……あんたの庭本当にどうなってるんすか……やっぱり結婚しようよ!あんたは貴重っす!」
「…………じゃあ、僕達と決闘しないとね」
「お手柔らかにお願い致します」
指を鳴らして良い笑顔で言うフェンネルと、胸に手を当てて頭を下げるハストゥーレだが、その眼光は鋭い。
『コイツらが負けたら俺が相手してやる』
後ろで鼻を鳴らすメディトークを見上げてから苦笑した芽依がメイナードを見た。
「…………辞めた方がいいのではないかな?」
「あんたの恋人でもましてや伴侶でも無いのに?!奴隷だよねぇ?!」
「だからなに?大好きな子を盗ろうとする事に変わりはないでしょ?」
笑いながら腕を回し出したフェンネルにブルブルと震える。
いくら奴隷と言ってもかつては有名な庭持ちの販売者だ、メイナードもフェンネルの強さは知っているのだろう。
「くぅ!!ずりぃ…………」
「ふふん、メイちゃんを狙うなんて500年早いよ」
「くぅ!!見てろよぉ!!いずれ奪ってやるっす!!」
「…………500年たったら?君、おじいちゃんじゃない」
それまで元気でいるのかな……と真剣に話したフェンネルに、くぅぅぅ!!と泣き真似するメイナード。
芽依はなんか楽しそう、と苦笑するとハストゥーレは胸に当てていた手を下ろして決闘は……?と首を傾げていたのだが、後から思いもよらない決闘が始まるのも、カナンクルならではの行事の1つなのだろう。
「うん、売れたね」
芽依はほぼほぼ売り切れ何も無くなったブースの上を見た。
限定300個で作ったケーキは1時間半程で売り切れてリーグレアも残り数本、果物はケーキよりも早くに売り切れた。
残ったのは数個のドライフルーツである。
予定時間は2時間で、残り30分をどうするか芽依はテーブルを見つめた。
新しく果物を出すべきか、乳製品や卵を出すべきか。
野菜が置けないとなると売るものも限られてしまう。
「……………………どうしようかな」
『売るものか?』
「うん30分あるし、帰るんでも良いけど……」
「なぁ!果物あるんだって?!」
急に話に割り込んでくる人。
見覚えはないからご新規さんだろう、振り返ったフェンネルを見た男性は顔を真っ赤に変えた。
口をパクパクして目線をそらせない男性に、自分の美貌をちゃんと理解しているフェンネルが目を細めて唇の端を持ち上げた。
「なに?果物欲しいの?」
「…………は、はい」
「他には?乳製品やチーズ、卵もあるよ?」
「全部…………下さい」
「へぇ…………いいね、ワインは?」
「頂きます…………」
「じゃあね、」
「はい、ストップ!」
テーブルに両手をつけて前屈みになり男性に買い物を促すフェロモンダダ漏れなフェンネルに操られるように全てを買うと言う客を止めたのは芽依。
強引に軽く結んでいるフェンネルの髪を掴んで引っ張ると、目を見開いて引かれた方に体を傾けた。
「メイちゃん?」
「それ魅了でしょ、メッ!」
「…………ダメかぁ」
芽依に可愛く叱られたフェンネルは、それがご褒美のようにほにゃりと顔を緩ませると、男性を追いかけて走ってきた女性は客の男性が真っ赤な顔でフェンネルを見ているのに気付き、怪しげに見るきた。
『ほら』
そして渡された袋には予定していなかった量が入っている。
フェンネルが誘導して買うと言った商品全てをしっかりと袋に入れていたメディトークが、ニヤリと差し出してきたのだ。
その量を見てギョッとする女性だが、男性は浮かれた眼差しでフェンネルを見る。
「…………そちらの麗しい妖精の君から頂きたい……」
「え?僕?」
キョトンと髪を揺らして男性を見る。
とっくに魅了は解けているのだが男性の顔は赤らんだままフェンネルを見つめている。
最初に見た時からすでにフェンネルに魅入られていたのだろう、魅了に関係なくこの男性はフェンネルから目を離せなくなっているようだ。
「…………これはまた、面倒な事になりそうです」
この男性の背中には小さな羽が生えていて人外者なのは、連れの女性が肩を掴んで揺さぶった時にちらりと見えた。
人外者とは欲深く欲しいものは手に入れる為に手を尽くす者が多い。
トロンと熱に浮かされたような目で見ていた男性がフェンネルの首に気づき奴隷紋を見て目を見開く。
そして、まだ髪を握る芽依を見て燃え上がる炎を上げて睨みつけた。
物理的に燃え上がっている。
「ひぇ!!燃えてる!!ちょっ……お客さん大丈夫?!」
芽依は慌ててブースから出ようとすると、後ろからハストゥーレに抑えられた。
熱風で風が吹き荒れ短くなった芽依の髪がバサバサと揺れてベールを吹き飛ばす。
「あ…………」
風に乗り芽依の香りが流れるのをフェンネルはハストゥーレと共に抱き締める事で周りから隠し、メディトークは新しいベールを取り出すと、それを見ていた男性がギリィ……と歯ぎしりする。
「っ…………移民の民か……移民の民が美しい妖精の君を奴隷に……っ!!すぐに、すぐに解放して差し上げます!!…………いや……いや、俺の物に……」
「はぁ?!」
瞳には怒りと私募、そして燃え上がる情欲の孕んだ目でフェンネルを見る。
それに女性が怒り男性を睨み付けるが、はぁ?は芽依のセリフである。
「この聖なる夜にこの方を解放する!決闘だ!!」
芽依を指さして声高く叫ぶ男性に、呆然として流れ弾のように撃ち抜かれた芽依はゆっくりとフェンネルを見たのだった。




