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カナンクル前夜


 まだ早い時間、遠足前のワクワクで目が覚める子供のように目を覚ました芽依。

 そういえば、1年前のカナンクルでもそうじゃなかったっけ……と朧気になってきた記憶を思い出す。


 この世界に来て2度目のカナンクルがやってきた。

 芽依としては、この1年間があまりにも濃い内容で何年も住んでいるような錯覚に陥りやすいのだが、芽依はまだ2年目に入って数ヶ月である。

 そんな濃い1年、何度か死にそうにもなりながらも充実した毎日を送っている。


 確実に、以前の自堕落な生活よりも人間らしいだろう。

 周りにいるのがほぼ人外者でも、芽依には居心地のよい場所で幸せな世界だ。


 そんな大切な人達に対価を必要としない感謝を送れるのがカナンクルなのである。

街中にはいつもないオージンが植えられていて、美しく装飾され街を華やかに彩っているのを見るのもカナンクルの特徴だろう。

 シロアリ被害があったドラムストも今日、明日は賑やかに過ごせるのではないだろうかと笑みを浮かべる。


 セルジオによって作られた露天風呂に体を沈めて息を吐き出す。

 美しい夜空を見せる今日の魔術は芽依の気持ちと同じように輝いていた。

 十分に温まり、体を清めた芽依は浴室から出ると、相変わらず不法侵入している母がいた。


「おはようございます、セルジオさん」


「ああ、おはよう」


 もうため息をつく事すら諦めたセルジオが湯上りの芽依の髪を乾かして用意していたサーモンピンクのドレスを差し出す。

 中に2枚、別のペチコートなどを重ねてスカートにボリュームを出している今回のドレスは、華やかでいて大人っぽさもある素敵仕様となっていた。


「…………綺麗ですね」


 くるりと回るとスカートが広がり、チュールがふわりと揺れて星が飛ぶ。


「…………なんか出た」


「虹色星だ。虹がかかった夜に取れる星で、生地に練り込んで服を作ると動きに合わせて星が散るんだ」


「………………素敵星だってことはわかりました」


 ローヒールのパンプスを履いてカツン、と音を鳴らすとセルジオを見上げる。

 そこには、満足そうに笑うセルジオが髪をかき上げ眼鏡を押し上げて芽依を見ていた。


「…………軽く片側だけ編み込むか」


 耳が出るように、右側を編み込み髪の中に入れ込んで、左側は髪を巻いて前に持っていく。


「………………カテリーデン、気をつけろよ。久しぶりに出るんだろ?」

 

「はい。メディさん達から離れないようにします」


「………………ああ、そうしろ」


 パチン……と音を立てて止めた大き目なバレッタは真珠で飾られていて、存在感を際立てている。


「…………カナンクルだからな、これはプレゼントとして受け取れ」


「わぁ…………ありがとうございます!!」


 鏡で自分の姿を確認する芽依は、鏡越しに目が合ったセルジオに笑いかけると、いつものニヤリとした笑みでは無い穏やかな笑みにドキリとして思わず視線を外した。




 セルジオと食事に向かう芽依。

 服が汚れないように細心の注意をするべきだと朝食に思いを馳せていると、ちょうど別の道から曲がってきたアリステアとシャルドネに会う。

 軽く微笑む2人が今日も綺麗だなと、芽依は朝から眼福……と喜んだ。


「おはようございます」


「ああ、おはようメイ」


「おはようございます、メイさん」


 挨拶をしたら挨拶を返してくれる。

 そこに付け足される伴侶以外の人外者が呼んではいけないとされている、芽依の名前を戸惑うこと無く呼んでくれるようになったのは、この1年での芽依との関わりを築いてくれたからだろう。

 移民の民への愛情を示す名前を伴侶以外の人外者が呼べばそれは、好意を抱いていますと言っているようなものなのだ。


 何も分からない世界に来た芽依にとって、自分を見て話をしてくれて、名前を呼んでくれる。

 そんな当たり前の事がとても素敵で尊いものだと気付いたのはいつだっただろうか。


「…………カナンクルですね。これ、受け取ってください」


 テーブルについて取り出したのは白い小さな箱だった。

 まだブランシェットには会えていないが、今日明日は芽依も忙しいのだ。

 ゆっくり会えるか分からないので今のうちに渡してしまおう、と箱を手渡していく。


「今回はスペシャルなものなので、皆さん一緒なんですよ」


「そうなのか……ありがとう受け取ろう」


 ずっしりとした小さな箱に目を向けてからアリステアは笑った。

 そして中を見ると、ケーキがひとつ入っている。


「………………ケーキだな、随分と可愛い」


 中にはモンブランがあって、あのカナンクル限定カップに入っている。

 モンブランの1番上には栗があり、チョコプレートが乗っている。

 それぞれに名前が書かれていて、誰宛かすぐにわかるのだ。


「………………モンブランだな」


「モンブランです」


「お酒の香りがしますね」


「リーグレアなんですよ」


「リーグレアを混ぜて作ったのか、これは楽しみだな」


 ほわりと笑うアリステアに、芽依は笑いながら首を振った。


「違いますよ、このモンブラン自体がリーグレアなんです。あ、中のスポンジとかは違います、栗ペーストがリーグレアです」


「……………………ええと、それはどういう……?」


 困惑気味に聞いてくるシャルドネに芽依はうふふ、と笑った。


「栗のリーグレアを作ったら、何故かペースト状になったんです。だから、それは液体にならなかったリーグレア本体です」


 カナンクルケーキを渡す予定だったのだが、急遽変更して作ったモンブラン。

 とは言っても、スポンジは市販のでチョコプレートも注文していたものを乗せるだけのお手軽なものだったのだが、思ったよりも見た目が可愛く出来て芽依は大満足である。

 ちなみに、失敗したものは芽依大好き奴隷達が喜んで食べていた。

 1番最初の成功モンブランは、お世話になる人ナンバーワンのメディトークに提供済である。


 そんな突然変異のモンブランを前にして、アリステアは呆然とモンブランを見て、シャルドネは興味深そうに眺め、セルジオは額に手を当てため息をつくというバラバラの反応を頂いたのだった。







 

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