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元主人との久々のコミュニケーション


 あれだけ食べたのに、中央に置かれたサンドイッチの山に手をつけるギルベルト。

 彼の体から見てサンドイッチは1口サイズのビスケットのようなものなのだろうか、ぽいぽいと口に放り込まれていく。

 芽依は、マジか……と思わず見ていたが、何か悩んでいるギルベルトはたまにハストゥーレを見ていた。


「……………………うちの子なんで、返しませんよ」


「…………ん?いや……そうだな、今のハストゥーレを傍に置くのも良さそうだが」


「駄目ですよ!」


「対価だから今更変えろとは言わん!」


「……………………対価、かぁ」


 そう言ってハストゥーレを見ると、三つ編みを揺らしながら芽依を見て首を傾げた。

 この仕草はよくフェンネルがしていて、移ったのだろうか。


「………………うん、可愛らしい」


「可愛い、か。そんなこと思った事も言ったこともないな」


「こんなに可愛いのにですか?」


「お前くらいだろう、そんなに大袈裟に可愛がるのは」


「可愛いは正義ですから、そりゃ全力で可愛がりますよ」


 ぐいっ!とハストゥーレの頭を引き寄せて、いいこいいこすると、顔を赤らめたハストゥーレが目を細める。

 そんな様子をギルベルトと白の奴隷の女性が見ていた。

 ハストゥーレを離した芽依は、今度はフェンネルだと頭を撫でる。


「え?僕もなの?」


「そりゃ、可愛がるよ。いいこいいこ」


「わぁ、照れちゃう」


 あはっと笑って言うフェンネルも幸せそうで、こんなに安心して笑う奴隷は見たことが無いとギルベルトは目を瞬いた。


 存分に可愛がった芽依は、満足そうに息を吐き出してから残っているサンドイッチを食べる。

 勿論、1口ではなく数口にわけてであるが。


「………………ハストゥーレ」

 

「はい」


「随分と、その……楽しそうに話をするようになったな」


 命令だ、ドラムストでは話しをする許可を与える。

 いいか、決してブランシェットの不興を買うなよ。


 急に思い出した、ドラムストに来る度に言われていた言葉。

 それに一瞬目線を下げると、フェンネルは目ざとくその変化に気付く。

 

 ハストゥーレは、その命令に毎回返事を返すが、理解はできなかった。

 ブランシェットがわからない。

 何を思い、どんな言葉がブランシェットの不興を買うのかハストゥーレにはわからないのだ。

 だから、何かを発する時には常に緊張して、一言一言を何度も反芻してから口にした。

 その為に高揚のない話し方になる。


 だが、今は何を話しても皆が耳を傾けて笑ってくれる。

 少しの提案だったとしても、真剣に話を聞いて、そこからより良い内容に皆で案を出してくれる。

 そんな時間が大好きで、楽しいと感じているハストゥーレは気付いたら彼らしい話し方に変わっていった。


「………………話すことは、楽しい事……です」


「楽しい……?お前が、楽しい?」


 楽しいと言ったハストゥーレに驚くギルベルト、そのすぐ近くにいる白の女性は楽しい……と頭の中で反芻する。

 当時のハストゥーレもこの白の女性も、無垢な感情の中で恐怖や緊張といった本質的な感情は気薄ながらあった。

 だが、嬉しいや楽しいとった幸せに繋がる感情の成長は日常生活の中では育まれなかったのだ。


 そんな3人を見ているアリステアは、本当に芽依の傍にいることによってハストゥーレが変わった事を改めて思う。

 何度も危険な目にあった芽依に後悔して絶望して涙を流した事も、ハストゥーレの感情が育まれたからこそ起きた変化だ。


「………………やるなぁ、メディさん」


「ね、本当に。絶対ハス君を考えてのだよね、だって私達の分ないんだよ?」


 クスクスと笑う芽依とフェンネルに気付いたアリステアが視線を向ける。

 それはギルベルトや白の女性、そしてハストゥーレもで。


「…………どうしたのだ?」


「アリステア様、メディさんの依怙贔屓ですよ」 


 うふふ、と笑って可愛らしい花柄のワックスペーパーに包まれたクロワッサンサンドを取り出し見せる。

 中にはホタテとサーモンのオープンサンドが入っている。

 たった一つ、特別に作られたサンドイッチだ。


「はい」


 ハストゥーレに渡すと、首を傾げて中を見る。

 あの日、シチューに入れたいとお強請りしたホタテに、サーモンも入った海鮮系の贅沢サンド。


「これは……ご主人様のでは……」


「ううん、ハス君のだよ」


「実はメディさんがハス君の為に闇市にホタテ買いに行ってたの、僕知ってるんだよね。サーモンまで買ってたのかぁ」


「やるなぁ、あのイケてる蟻めー」


 クスクスと2人で笑っている芽依とフェンネルを見て、ハストゥーレは黙ってサンドイッチを見る。

 そして、ナイフを出したハストゥーレは綺麗に3等分した。

 小さくなったクロワッサンサンドは芽依とフェンネルに手渡される。


「「ん?」」


「一緒に……美味しい味を……」


「うっわ、僕ちょっとやられた」


「私も、やばいたまんねぇ……酒飲みたい。そしてフェンネルさん齧りたい」


「かじ……齧ったらだめだからね?!」


 3人で賑やかに話しているのをギルベルト、そして白の女性は見ている。


「何も言われずに、食事を分けた……しかも、相手は主人だ…………なぜ、そんな事をするんだ」


 ハストゥーレはその質問に答えていいのか芽依を確認すると、クロワッサンサンドをウマウマと食べていた。

 視線に気付き、にっこり笑う。


「ご主人様が……フェンネル様やメディトーク様が美味しいものは分けて食べましょうと言って下さるのです。私に、自分の食事を分け与えて下さるのです。一緒に食べた方が美味しいし、楽しいと。同じ味を分かち合える方が良い、と。」


「今日だってハス君が分けてくれたサンドイッチが美味しかったねって、また話が出来るもの。その方が楽しいでしょ?」


「あ、美味しいこれ。また作って欲しいなぁ、メディさんに頼まないといけないよねぇ。ハス君食べなよー」


「あ、はい!………………んん!!ぷりぷり……」


「あなたのほっぺがぷりぷりぃぃぃ」


「帰ってきて!メイちゃん!!」


 手をワキワキする芽依を後ろから抑えるフェンネル。

 そんな騒がしい3人をギルベルトは目を見開いて見ている。

 そして、女性の光のない瞳にはこの景色がどのように映っているのだろうか。





 

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