少し早めのガイウス領、領主の到着
いつもは静かな笑みを称えたアリステアが丁寧に書類の確認をしているこの執務室の壁に大穴を開けて暴れていたであろう、問題の巨人であるガイウス領の領主ギルベルトが床に座り込み無心で特大のどんぶりに入ったご飯を食べていた。
上品とはかけ離れたもので、どんぶりを口元に持っていきかき込むように口に入れて飲み込んでいる。
味わう様子などなく、ただ必死に食べているようだ。
そんなギルベルトの傍らには頭を抑えている麗しい我らが領主アリステアがいる。
アリステア付きの騎士も数名待機しているのだが、そこにはオルフェーヴルも居て芽依に気付きにっこりと笑ってくれた。
しかし、そんなオルフェーヴルに笑い返す余裕もない芽依は、膝から崩れ落ちた姿のまま食べ進めるギルベルトを見る。
何に驚いているかと言うと、その足元には既に空になったどんぶりや皿が20は転がっているからだ。
「………………えぇ」
困惑気味に呟いたら、それをしっかりと聞き取ったアリステアが弾かれたように顔を上げた。
「っ!メイ!!」
「……………………はい」
「呼び出して悪かった、こっちに来てくれ」
「…………なんで呼ばれたのかお聞きしても?」
「ひとつはハストゥーレに来て欲しかったのと、それとな…………わるい、このままでは食料を食べ尽くされてしまう」
カクリと項垂れたアリステアの近くでは、目線だけをこちらに向けたママ大好きっ子ギルベルトがまだどんぶりから顔をあげようとはしなかった。
「もう!私完全に部外者じゃないですか!!」
巨体を少し丸めるようにして座り食事をする、まるで野生化した巨人のギルベルトは憤慨する芽依を見ている。
それは、何かを探るような眼差しで、フェンネルとハストゥーレはすぐさま芽依を囲うように体を寄せると、ここでやっとどんぶりを離したのだった。
「………………久しぶりだな」
「お久しぶりです、ギルベルト……さ、ま…………え、痩せました?」
収穫祭から時間はたっているとはいえ、あの日にあったギルベルトからは想像出来ないほどに痩せ細っていた。
明らかに食事ができていないようで、その姿を見たからこそアリステアも無理に止めなかったようだ。
とはいえ、食べ過ぎではある。
「ああ、それは痩せもするだろう。今のガイウスでは1日1食食べればいい方だからな」
はぁ……と息を吐き出して呟いたギルベルトに芽依は息を飲み目を見開いたのだった。
場所を移動した芽依たちは、案内された室内に入った。
そこはまた初めて見る場所で、部屋にはテーブルや椅子はなく、広がる花畑に湖がある。
湖は大きく、中には見た事の無い魚が泳いでいて、湖のほとりには巨大な木がしだれ桜のように垂れ下がった状態で咲き誇っていた。
「…………へぇ、もしかして失われし部屋?」
「フェンネル様はご存知でしたか」
「前に聞いた気がしたんだ。ここ、ヒャクヤシの花が咲く場所だね」
「………………そのようです」
ん?と首を傾げると、どうやら今の時間軸には既に存在しない場所の楽しかった記憶が忘れないでと、部屋に映し出されるのだとか。
元々はアンティーク調に揃えた明るい配色の部屋だったようだが、失われし部屋に変わった時から元の部屋の状態には一度も戻らないらしい。
すでに滅びた美しい情景を見せてくれるこの部屋は重宝していた。
しかし、今回のような領主が集まり話をするには相応しくない場所なのだが、ギルベルトの憔悴ぶりにアリステアも悩ましげに眉を寄せてこの部屋を選んだようだ。
完全にランダムではあるが、美しいありし日の姿を見せてくれるので、心の疲労にも良いだろうと考えたアリステアの優しさである。
「きれーい……ピクニックしたい」
「敷物あるよ、座って話すし大きいのにしようか」
あの時の可愛らしいパジャマを着る男性のように空間に手を入れて中を探るフェンネルを見る。
湖のほとりの木の所にしよう!と微笑むフェンネルに頷くと、アリステアも柔らかく笑うフェンネルを見て口端を上げた。
うちの領主様は花雪であるフェンネルが大好きなので頻繁に触れ合えないからこそ、こうした時は思わずフェンネルを見てしまうらしい。
皆かわいーなぁ
そんな呑気に思っていたら、フェンネルが準備する敷物の場所が凄いことになっていた。
分厚めの敷物の上には柔らかい素材の小さなラグが重ねて敷いてあり、ふかふかクッションが数個置かれている。
「はい、メイちゃん出来たよ」
「………………え、あの場所私?」
「え?メイちゃん以外に誰が座るの?」
首を傾げて不思議そうにするフェンネルに、芽依はラグの場所をもう1回見て、フェンネルを見てからアリステアを見た。
「……………………アリステア様」
「いいではないか、芽依座りなさい」
「普通アリステア様じゃないですか?」
「そうは言っても、せっかくフェンネル様がご用意して下さったのだから」
「………………アリステア様、フェンネルさん大好きか」
目が座りアリステアを見るが、苦笑が返ってきた。
大好きにも程がある……と思いながらも靴を脱ぎクッションに座ると、至高の肌触りに目がとろんとなる。
「………………あ、これダメにするやつだ。私もう動きたくない」
「うんうん、いいよ。メイちゃんのお世話は僕が全部するならね」
「………………それは怖い」
「なんで?!」
「………………………………私もお世話致します」
ハストゥーレ参戦、フェンネルと頷き合う姿を見て、パタリとクッションに倒れた。
体が包むクッションの優しさに目を細めていると、2人の異常な程に甘ったるい視線を集めてしまう。
「……………………あまあまぁぁぁぁ」
「相変わらず仲が良いな」
そんな3人を仲が良いで済ます、実は大物な器を持つアリステアをギルベルトは呆然と見ていた。
「………………本当に、規格外だな」




