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落ち着かない理由


 ハストゥーレと約束したその夜、芽依はセルジオ、シャルドネとお酒を酌み交わしていた。

 場所は芽依の部屋で、相変わらずセルジオによって整えられている部屋は清潔である。

 今日は聞きたいことがあったから悪酔いはしていない。


「2人の態度、ですか」


「はい。あの炎猿での私を見ていてトラウマになるのはわかるのですけれど……その、人外者という人たちがそこまで落ち込むとは……」


「思っていませんでしたか?」


「……………………はい。私たち人間とは違う種族で、感情なども少なからず違いもあると思います。実際、私が死にそうな場面を見ていたメディさんは物凄く心配してくれて一番に体を確認してくれましたけれど、フェンネルさんやハス君のような恐怖はないようです」


 カラン……と氷が溶けてグラスにあたる。

 冷たく冷えたグラスに付いた水滴が、芽依の手に溜まってきていた。

 そのグラスを受け取り、テーブルに置いたシャルドネは芽依の手を拭いた。


「…………一番の違いは奴隷か、そうでないかだ」


「奴隷だと、恐怖を煽りやすいんですか?」


「奴隷には主人と繋がる奴隷紋があるだろう?奴隷には主人を守るという司令が主人の緊急時に自動的に出る。それはある種、脅迫のような感情にも似ている。さらに、アイツらは本心からお前を慕っているだろう?だから、お前を失うという事に強い恐怖を植え付けられやすい。ミカによって転移したお前を見て死んだわけでもないのにハストゥーレが泣いていたのはそれが関係している」


「だから、メディトークよりもあの2人はあなたが絡む事、特に生死に触れる事に感情が揺れやすいのですよ」


 置いてあったナッツを1粒取ったセルジオが芽依の口に入れる。

 モグ……と口を動かすと、香ばしい風味が口に広がり、お酒が進んだ。

 

「どの奴隷もそうなんですか?」


「いえ、その感情は一時的なものが多いです」


「反抗的な奴隷の方が圧倒的に多いからな。その感情がすぐに心配や恐怖心を洗い流す。だが、あいつらは違うだろう。本気で心配して、お前の死ぬかもしれない現実に恐怖が襲う。その感情は掛け算のように増幅されているんだろうな」


 2人の様子を思い出して眉を顰める。

 心配も恐怖も、もう無いのだ。炎猿は終わった事だから笑ってもらいたいのに。

 でも今は難しいのだろう。

 不安も恐怖も、言いようのない感情もきっと2人は抱えていて、それは芽依が何度も言葉にして安心させようとしても、2人がその気持ちに折り合いをつけないといけないものだ。

 感情を簡単に切り替えるのは難しい、それが他人からの指示ならなおさらだ。


「今は寄り添っているだけで十分ですよ」


「何か出来るわけでもないんだ。少し時間をやったらどうだ。」


「そう、ですね。心配する2人から離れないように見守るようにします」

 

 眉を下げて笑う芽依に、2人も穏やかに笑っている。

 どちらにしても、時間経過で芽依の喪失感は薄らぐようだ。

 奴隷紋の作用が強く影響されている事もあるので、時間薬が効果的なんだそうだ。


 コンコンコンコン


「………………誰かきた?」


 突然響くノック音に、芽依が立ち上がると、すぐにセルジオも後ろについて行く。


「大丈夫ですよ?」


「深夜だぞ」


「まあ、そうですけど」


 セルジオを連れたまま静かに扉を開けると、ワインを持った部屋着のアリステアが微笑んでそこに居た。


「アリステア様?」


「すまない、シャルドネに今日は飲むと聞いていたから……混ぜて貰えないか?」


 アリステアの出現に目を丸くしたのは芽依だけでは無買った。

 セルジオは呆然とアリステアを見て、シャルドネはアリステアに驚き、ワインを零した。

 行事以外には仕事する時間が圧倒的に多く、誰かと酒を酌み交わすのは珍しいアリステア。

 芽依が来た時にセルジオと飲んで以来、久しぶりの事ではないだろうか。


「アリステア……熱でもありますか?」


「シャルドネ……私だってたまにはだな」


「珍しい事もあるな」


「セルジオ…………」


 呆然と話す2人に律儀に返事を返すアリステアを芽依は慌てて室内に入れた。

 なんと、予想もしていなかった4人での酒盛りが出来るのかと、さっきまでのシリアスな雰囲気も飛散して芽依は嬉しそうに笑った。





 


「そうか、今年もカナンクルのケーキを作るのだな」

 

「はい、勿論皆さんのも作りますから楽しみにしていて下さいね。リーグレアも作りましたよ」


「去年は作れなくて悔しがっていたな」


「仕方ないでしょう、去年はこちらに来て初めてのカナンクルでしたからね。分からない事ばかりですから。そんなこともわからないんですか?」


「なんだと?」 


「喧嘩はやめないか!まったくお前たちは……珍しく一緒に飲んでいると思えば、なぜそんなにいがみ合うのだ」


 2人を仲裁したアリステアは、呆れたように二人を見るが、シレッと顔を背けている。

 芽依は一周まわって仲良しじゃないか、と思ったが、言わないのが正解だろう。


 珍しい4人での飲みの席は、思っていた以上に穏やかで落ち着いている。

 おつまみを間においてゆっくりお酒を飲む時間は芽依にとってもアリステアたちにとっても、心と体を休ませるいい時間になったようだった。

 

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