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心の傷


 カナンクルで良く売られるのは、先日作り始めたリーグレアと同じくカナンクルケーキ。

 これは所謂クリスマスケーキと同意で、カナンクルの日に家族や親しい人たち、あるいは1人でそのケーキを囲むのが常だろう。

 沢山の豪華な料理にケーキ、なんて贅沢な日なのだ。

 芽依は去年、そのケーキを急ぎ作った記憶がある。

 甘さ控えめなキャロットケーキだ。

 野菜を使う珍しいケーキだったこともあり全て完売し、さらに装飾をあまりしないキャロットケーキを路地裏で生活する人達にアリステアからと無料配布も行った。

 それを毎年やろうと思った翌年の野菜不足である。

 野菜を沢山使うケーキなんて作ったら顰蹙をかいそうだ。


 そんな時、乳製品工場から廃棄用ダンボールを持つハストゥーレが出てきた。

 あの炎猿の時から元気がないハストゥーレ。

 以前のように甘えてくることが少なくなったのだ。

 それをかなり残念に思い、また落ち込んでいるハストゥーレをなんとかしたいと思っている芽依は、とりあえずそっと近付いてみた。


「……………………ハス君」


「わぁ!……………………ご主人様?!申し訳ございません!!」


「…………謝らせてしまった」


 眉を下げてしゅんとするハストゥーレ。

 他人の存在に敏感……というか、気配を読むのがうまいのか、それとも何らかの術を使っているのか分からないが、芽依の周りの人外者は急接近する他人に敏感である。

 それなのに、ハストゥーレは真後ろに来た芽依に気付きもしなかった。

 肩を叩かれ名前を呼ばれるまで。

 その事にハストゥーレは愕然としながらも芽依に気付かなかった不甲斐ない自分を恥じた。


 最近上の空のハストゥーレ。

 やはり、あの炎猿の事件を引き摺っているのだろう。

 こんなに大事なのに白の奴隷というのは、心に入り込むのが上手いくせに自分の心の理解が進まないせいで、相手の本心を理解して受け取れない。

 理解出来ないからこそ炎猿に付け込まれたのだろうが。

 そんな自分が不甲斐なくて、大切な主人を傷付けるキッカケになったからこそ、ハストゥーレはどのように芽依に対応すればいいのか迷っていた。

 芽依としては、今までのように甘えてくれるだけでいいのにな、と思うがそれもまた難しいのだろう。

 振り出しに戻ったわけではないが、2~3歩ほど後退した気持ちになった。


「ハス君何持ってるの?」


「あ…………廃棄用のヨーグルトです。新しい配合をしていたら酸味が強くなりすぎてしまいました」


 少しだけ箱を開けたら、沢山のケースに入ったヨーグルト。

 その中の一つを取り、蓋を開けた所でスプーンが無いことに気付く。

 

「………………あ、しまった」


「ただいまお持ち致します」


「大丈夫だよ、ありがとう」


 このヨーグルトは柔らかく蕩けるほど口当たりが良い。

 だから、カップに直接口を付けて飲むことにした。


「………………確かに、少し酸っぱいけど爽やかな美味しさだね」


「はい……ですが、子供にはあまり好かれないかと思いまして」


 そこで芽依はピン!ときた。


「そうか、そうしよう!ハス君、これ欲しいな」


「はい、どちらに運びましょうか」


「ケーキを作るから工場にお願いしていい?」


「かしこまりました」


 少しぎこちないが、ふわりと笑ったハストゥーレに芽依も笑う。

 以前よりも距離を取ったようなハストゥーレの対応だが、今はハストゥーレなりにどうすれば正解なのかを模索しているのだろう。

 ヤキモキしてしまいそうになるが、ここはグッと我慢だと3人ともハストゥーレの動向を注視しているのだ。


 早く早く、素直に大好きだと満面の笑顔で伝えて欲しい。


 1番が芽依だからこそ狙われた今回の事件。

 だからこそ急がずに、今はその時が訪れるのを辛抱強く待つのだ。




「こちらで宜しいですか?」


「うん、ありがとう……あとは、やっぱり無いから買いに行かないとか」


 その言葉に反応したハストゥーレは眉を下げて芽依を見る。

 ハストゥーレの髪飾りを買いに出たのがマリアージュに会うキッカケだった。

 だからだろうか、芽依の買い物の外出に強く反応するようになったのだ。

 ビクリと肩を震わせて、許しを乞うように芽依を見る。

 その姿が痛々しくて、眉を下げてハストゥーレを見てしまうのだ。

 思えばミカに飛ばされた時も、シロアリの時も、ハストゥーレは自分の無力さに泣く子だったではないか。


「………………ハス君、一緒に行こうか。ビスケットをね、買いたいんだ。今年のケーキはヨーグルトケーキだよ……ハス君も好きだよね、ヨーグルト」


「…………はい」


「…………うん。大丈夫だよ、だから一緒に行こうね」


「……はい、ご主人様」


「うん……うん。大丈夫だからね、私はここに居るからね」


 ハストゥーレの頬に手を当てて泣きそうな顔を見る。

 優しく引き寄せて額と額を当てると、無意識だろうか擦り寄ってきた。

 あの炎猿の時にハストゥーレの心は余計に掻き回されたが、芽依の瀕死の姿に心が引き裂かれそうになっていたのだろう。

 

 不意に芽依がいるかを確認する素振りをしているハストゥーレに一番最初に気付いたのはフェンネルだった。

 勿論、フェンネルにも炎猿での一件はかなりのショックと疲労を与え、無事を定期的に確認するようになった。

 なにより犯罪奴隷というハストゥーレよりも重い枷を持っているフェンネルは、芽依の精神や体の損傷によって自身への反動があるのだ。

 芽依が死ねば自分も死ぬ。それは、芽依のいない世界で生きるよりはずっと良いと思っているフェンネルには、生死すらも共にできると幸せそうに笑っていたが、やっぱり一緒に生きる方がフェンネルだって幸せだ。


 ちなみに、この話を聞いた芽依は、フェンネルを何度も力の入らない手でパンチを繰り返し泣き喚いた。


「なんてことを言うの!死んだら終わりだよ!そんなの許さないからね、フェンネルさんは私達と笑って暮らすの!!たとえ私が死んでも意地でも生きなさい!」


 なんて無茶を言うんだろう、とフェンネルは泣き笑いをして芽依をギュッと抱きしめたのだが、それでも芽依は、わかっているの?!と怒り続けていた。

 フェンネルを大切にしているからだ。


 あの炎猿の件で、大切な2人の美しい奴隷達にいらない心労をかけてしまったと、芽依はハストゥーレをさらに抱き締めて弱りきった大きな妖精を慰め続ける。

 特にハストゥーレは、白の奴隷である今まで知らなかった感情が溢れている事も相まって、しんどい時期だ。

 パニックになってもおかしくないものを、精神で押さえ込んでいるのだろう。


 自分の前で守るべき芽依を危険に晒し、危なく命を落としそうになった事がトラウマのように焼き付いている美しい妖精達を、芽依は今日も優しく優しく、大丈夫だからと伝わるように抱きしめる。

 トラウマとなってしまった恐怖が消えるのを待ちわびながら。

 






 

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