力の伝承
マリアージュを無事自宅まで送っていった芽依達は、そのまま庭へと戻って行った。
戻って直ぐに芽依はディメンティールの話を聞かれると思っていたのだが、メディトークが初めにしたのは領主館への連絡だった。
まだ仕事中であったアリステアは、その話を聞いて仕事を放り投げセルジオ達を引き連れて領主館を飛び出したのだった。
「メイ!!身体は大丈夫か?!」
バァン!と音を立てて扉を開いたのはアリステア。
その後ろにはセルジオにシャルドネ、ブランシェットもいて、皆心配そうに芽依を見た。
アリステア達も、まず芽依の体調を気にしてくれて、ついほっこりしてしまう。
今の庭の状態によって引き起こされている領民達の現状を1番わかっているのは対処にあたっているアリステアや領主館のみんなだ。
まだまだ復興も終わりが見えていないからこそ余計にディメンティールの話を聞きたいだろうに、芽依の体調を一番に心配するアリステアだから芽依は出来る限りの支援をしてしまうのだ。
「アリステア様、私は大丈夫です」
「………………そうか、呪いを受けたと聞いているが体に影響はないか?」
「はい。あとでお伝えしますがディメンティール……様?が治してくれました」
「……………………豊穣が、か」
セルジオが悩むように顎に軽く握った手を当てて目を伏せる。
『…………とりあえず、座れや』
テーブルに暖かな紅茶が並び、数種類のクッキーが並ぶ。
それを見て芽依はキラキラと瞳を輝かせて見つめていた。
『…………酒は出さないぞ』
「チッ!」
『舌打ちすんじゃねぇ』
静かに俯いているハストゥーレの手を握りしめて、メディトークが用意した紅茶を飲むためにテーブルに向かう。
アンティークなテーブルは可愛らしく、こんなテーブルあったっけ?と首を傾げると、フェンネルが奥から見つけて磨いたよー、と軽く答えたのだが、明らかに年代物とわかり顔を引き攣る。
「…………これ、使っていいの?ねぇ、いいの?」
「こ…………これは!リンデリントの!!」
紅茶に視線を向けたアリステアが目を輝かせて走ってくる。
芽依を軽く押しのけてテーブルを隅々まで見ると、フェンネルはにっこりと笑った。
「ここの家の奥の部屋に壊れたリンデリントの家財があったんだ。この間……あの子来てたから直してもらっておいたよ」
《え?………………直し?いいけど……》
《良かった!ね、メイちゃん》
《………………対価はぶどうがいいな》
《いくらでもあげるよー!!何この可愛いの!!》
《………………ご主人様、あまりそばに寄らないで下さい》
《!嫉妬?!嫉妬なの?!》
《そ!そんな!私などが烏滸がましいです……》
《…………ぶどうだけじゃなんか不満になってきた》
《…………修羅場ぁぁぁ……メイちゃん…………は、嬉しそうだからいいか》
「そんなか感じで復元してもらったよ!」
いい仕事したでしょ!と言うフェンネルはキラキラな眼差しを向けるアリステアに満足そうに笑った。
「素晴らしいな!使い込まれていて、それでいて味わい深く美しい……この手触りは唯一無二だ」
『…………感動してる所悪いがよ、話しねぇか?』
「はっ!!」
なんとも可愛らしいアリステアを見た芽依は、ずっと年上の男性のはずなのに少年のような気分になってるアリステアが微笑ましく思えてしまった。
こうして、途中アリステアのキラキラタイムを挟みつつ芽依はディメンティールとの出会いや、その内容を伝えた。
それにより三者三葉の反応を見せ、芽依は眉を下げて不安そうにしていた。
「……………………なるほど、これでメイの訳分からん庭の成長スピードの理由がわかったな」
「豊穣と収穫の恩恵を授かっているのは分かっていたが、まさかディメンティールの力そのものをだったとはな」
「…………ですが、色々問題が起きますわね」
「ディメンティールの消滅まで、あとどれ位か分かればいいのですが」
当然のように話していくその内容に芽依は、ん?と首を傾げる。
「…………あの、ごめんなさい。私なにも理解出来てないです」
小さく手を挙げて言う芽依に、シャルドネが微笑んでくれた。
「1から説明いたしますね」
まず、人外者から渡される恩恵や祝福は人外者の切り離した力の欠片のようなもので、それをいくら貰ったとしても守護や、その決められた力のみを決められた分だけ分け与えてくれるものでいて、その人外者の力そのものを渡された訳では無い。
「ですが、伝承は違います」
「…………伝承」
「はい、力そのものを全て受け渡すことを言います。伴侶の移民の民へ半分渡すのと同じですね」
「だが、ディメンティールはお前の伴侶ではない。まったく関係の無いヤツに力の伝承をするのは…………死期を悟ってからだ」
「…………死ぬのがわかるんですか?」
「普通はわかりません。ですが、例外があります」
セルジオがシャルドネの説明を引き継ぐようにピッと指さされたのはフェンネルだった。
それにつられてフェンネルを見るとにっこりと笑っている。
「例えば、氷花やその他特別な効能や花を咲かせる力を持つ能力を有するのはフェンネル以外にはいない。勿論それに似通ったものを持つ冬や雪の妖精はいるが、コイツ固有の能力は最高位妖精であるコイツだけのものだ」
「そういった特別な力を持った者が居なくなると世界の均衡が崩れるのだ。そういった時に力の伝承が必要とされ、その者は啓示を授かると言われている。勿論私は人間だからその感覚はわからないのだが、伝承をした人外者の話は昔からあるのだ」
フェンネルは頷いて合っていることを教えてくれる。
ディメンティールもそれに該当していて、彼女が居なくなれば世界から食糧が消え失せる可能性もあるのだ。
だから、死期を悟ったディメンティールが伝承を行っているようだ。
その相手が芽依だという。
「………………私、初対面ですよ。実際に見た事ない女性でした。でも、私を知っているような口ぶりで……」
『……………………』
「メディさん?」
『いや、なんでアイツは人間であるメイを選んだのか気になっただけだ』
「え?」
「ご主人様……あの、伝承に選ばれるのは人外者だけなのです」
「は…………………………」
『ディメンティールの力は莫大なんだよ。その力を受け入れて人間であるメイへの体の負担は大丈夫なのか……』
悩むメディトークを不安そうに見る芽依に気付き、無言で頭を撫でてきた。
『伝承が終わるのはいつかはわからねぇ。だが、伝承が終わるまではメイが死ぬことはねぇのはわかった』
「………………死な、ない」
首を傾げて言葉を繰り返すと、全員がメディトークを見た。
そのまま説明をする事になったメディトークは面倒そうに足で頭をかいたあと、芽依を見る。
『ディメンティールは、豊穣と収穫を司るから何よりも作物や家畜なんかを大切にしていた。たぶんお前が見たのはアイツが作っていたと噂されていた小麦畑だ。そしてアイツは、決して作物を枯らしたりする事はなかった。そんなアイツがお前を作物と言っていたという事は、何よりもお前を大切に育てている最中で枯らすことはない。つまり、死ぬ前に助けるって事だ。だから、呪いを跳ね返したんだろ』
「………………私が、作物……私はディメンティール……様?と同じ力があるって言われたんだけど、だから使えたってこと?」
「んー、正確にはメイちゃんが呪いを跳ね返したんじゃなくてメイちゃんの体を使った豊穣が返した、が正しいかな。今のメイちゃんは豊穣と繋がりができているの。しかも特大のね。だから、一時的にメイちゃんの体を借りたんだよ。メイちゃんが不安にならないようにメイちゃんの意識を残してどちらが本当の体の支配権を持つのか分からなくならないように薄く伸ばした意識をメイちゃんの周りに重ねた、が正しいかなぁ」
悩みながらも答えてくれるフェンネルに頷きながら難しい内容を噛み砕き理解しようとする。
その時、アリステアは目をカッ!と開きテーブルに両手を付いて立ち上がった。
「では、シロアリ被害の庭がなおるのではないのか?!」
「あ、それは無理だと思うよ」
「……………………無理か」
無常にもフェンネルにダメ出しされ大人しく座った。
復興に役立つのでは?!と先走ったが、それはメイを簡単に使うという事で、別の事にも気付き1人落ち込むアリステア。
「おそらく、今お嬢さんに渡されているのは作物の成長促進と豊穣なのではないかしら。あのお野菜の成長スピードや、鮮度、量や大きさを含めて近年見ないものだわ」
「ああ、それに呪いが解けたのはあくまでディメンティールの作物としてのメイを枯らせないためだろう。だからといって、メイの怪我を全部治す訳ではなく死ぬ間際になった時、という縛りだろうな…………つまり、庭に対しての恩恵はない」
つまり、ディメンティールの死期が近づいた事で、どこかで接触しただろう芽依にディメンティールは力を伝承した。
まだ途中段階で、芽依が死ぬとディメンティールの力が完全に失われるため、芽依を守ったという事だろう。
だが、この伝承は人外者から人外者への伝承があった過去は存在するが、人外者から人間への伝承はない。
完全に伝承された時、芽依の体にかかる負荷がどれ程のものか想像が出来ないのだ。
だが、死期を悟ったとはいえ長寿の人外者であるディメンティールが数年で死ぬ、なんて事はないだろうと結論が出て、その間に出来るだけ調べることが決まった。
「大丈夫です、豊穣の方もご主人様なら大丈夫だと判断されての事だと思います」
「…………ハス君、ありがとう」
ほんわか笑うハストゥーレに笑みを返した芽依をみんなが見ていたが、それぞれに何か思うことがあるようだった。




