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人を呪わば穴二つ

本日2回目の更新です。


 ハストゥーレは光の無い瞳で、メディトークの足に引き寄せられるように庇われながら、まるでゴミを捨てるように芽依を地面に落とす炎猿を見ていた。

 初めて主人を亡くす喪失感、しかも相手は心酔している人で、つい先程までは確かに動いて歩いていた。

 話をして笑っていたのだ。


「………………こんな……こんな…………」


『しっかりしろハストゥーレ!!』


「私が……私がこんな気持ちを持ってしまったから……私がご主人様を信用しなかった……から……」


『ちげぇだろ!呪いはお前のせいじゃねえし、お前を囮ににしたのもお前をかろんじていた訳じゃねぇ!!それくらいわかれ!アイツを疑うんじゃねぇよ!!ハストゥーレ、顔上げろ!』


 あの時の会話は、耳の良いメディトークには聞こえていた。

 不快感に顔を極悪人のようにして炎猿を見るメディトークを珍しく芽依とフェンネルは引き攣った顔で見ていたのだ。

 

 それくらい、ハストゥーレのぐちゃぐちゃになって必死に整えている途中の胸の内を無遠慮に掻き回した炎猿に怒りを持っていたのだ。


『お前がアイツを信じねぇでどうする!主人を信じろ!不安なんざいらねぇ!アイツを心から信じると決めたお前の気持ちを疑うな!そう思うくらいにアイツを見てきただろ!!』


「私は…………私は…………」


 私がご主人様を大切だと思ってしまったから、ご主人様に呪いが向いてしまった…………

 光りの無い瞳から涙が流れる。

 白であるはずのハストゥーレが溢れる感情を持て余したからこんな事が起きたと、どうしても思ってしまうハストゥーレに舌打ちするメディトーク。

 すると、突如として炎猿の体がビクン!と反応して動きを止め、それから芽依とマリアージュにぐりん!と顔を向ける。


 [ギャギャ……]


 何故か怯えた様子の炎猿を見てから、その視線の先を見ると、マリアージュを支えながら立ち上がっている芽依を見てメディトークは驚愕した。


『………………メイ』

 

 フェンネルも倒れたまま顔を上げて、目を見開いて芽依を見ている。


「……………………知っているかしら?人を呪わば穴二つ……人を呪ったら、それは返ってくる事もあるのよ」


 《いいかしら、良く聞いて。呪いというのはね、返すことも出来るの。私の厄災を逸らす方法は、それ自体の方角を変えることなのよ。天災でも人災でも、私の作物を脅かすなら全てを空に放ったわ。貴方は私よ、私に出来る事は貴方も出来る。いい、呪いはね返すのよ》


 差し出していた手を、親指と中指を重ねている無表情の芽依は、怯えて震える炎猿の姿を見ながら無慈悲にも指を鳴らした。


 ぶわりと芽依を中心に風が舞い、炎猿を通り過ぎた。

 ドゴン!と自分の体重に支えきれず音を響かせ床に倒れた炎猿は、胸に風穴が開き必中の呪いが身体中を駆け回る。


「自分がされて嫌な事はしてはだめよ。子供だって知っているわ」


 ふわりと笑った顔は芽依だけど芽依に見えなかった。

 どこか見下したような言い方をした芽依だったが、風が止んだ時には炎猿は既に事切れ、体が崩れはじめている時には元に戻っていた。

 マリアージュに掛けられた呪いも炎猿が死んだ事により無効化されるのに、芽依はわざとそれも炎猿に返していて、人を呪わば穴二つとその身を持って苦しみを返したのだった。


 

「フェン!!フェン!!大丈夫?苦しいよね!ごめんね、ごめんね……」


「メイ……ちゃ…………どうして…………?」


 マリアージュを離して一目散に倒れているフェンネルに走りよった。

 息が出来ていないのが見てわかったので、炎猿が死んだのを確認した後すぐに向かったのだ。


「ディメンティールさんが助けてくれたの」


「………………豊穣……が?……なんで……一体どこに…………」


「それはわからないけれど……」

 

「…………そう、なんだね……メイちゃん……生きてるんだよね?生きて……いる……」


 頬を撫でて確認していると、後ろからフェンネルごと抱き締めてきたメディトーク。

 背中にあたる硬質な感触に、芽依は顔を上げた。


『……………………メイ…………メイ』


「うん……いつも心配かけてごめん」

 

『お前のせいじゃねぇ…………怪我はどうした!!』


「ちょちょちょ…………ちょっと待って、めくりす……ぎ……」


 

 バッ!と離れて服をめくるメディトーク。

 うわっ!と叫んで抗議するが、服が貫かれ破れているのを見たら嫌でも貫通しているのがわかる。

 険しい顔でフェンネルも見てくるから、周りに人が居ないのを確認して見やすいように捲り上げた。

 この服やコートは気に入っていたけれど、もうダメだな……と思いながら傷一つない肌を晒す。

 位置的にギリギリじゃないかい……と思いながらも必死なメディトークと今にも死にそうなフェンネルを鎮めるには仕方ないと割り切ったのだ。


「…………ほら、怪我は無いよ。治してもらったから」


『……………………ディメンティールって言ってたな』


「……詳しくは後からでいいかな」


 もう1人、今まさに死にそうなハストゥーレを見ると恐怖や後悔、懺悔等が混じった顔をしていて、兎にも角にも芽依に合わせる顔がないと俯いていた。

 苦笑してハストゥーレの前に行った芽依は無遠慮に小さな顔を掴み芽依と視線を合わせる。


「………………ごしゅじん……さま……」


「ハス君、まずは囮役ありがとう。おかげで炙り出せたね」


「……………………………………」


「まずはね、ありがとうが先だから先に言わせてね。…………そしてごめんね、ハス君。君の感情が出てきた事に喜んで次々と引きずり出しすぎたね。まだ、早かったかな」


「い…………いいえ!私が、無駄に考えてしまったからいけないのです!私が……!」


 悲愴な顔をするハストゥーレの頬を優しく撫でた。

 そうすると、ポロリと涙が溢れてくる。


「悩んで考える事は先に進むことだから、悪いことなんかじゃないよ。考えを辞めて思考を停止するよりはよっぽどいい。ねぇ、私を信じられなかったってさっき言っていたみたいだけど」


 ビクッ!と身体を震わせてからぷるぷると震え出す。

 怒られるのでは、と身を小さくしていると芽依の優しい声はまだ降り注いでいた。


「私が話す全てが正しい訳じゃないよ。間違った判断をする時もあるし、ハス君がおかしいと思う事もきっとある」


「そんな事は!」


「ううん、あるの。私たちは別の人間で、妖精で、個がある。全てが同じなわけじゃないの。だから色んな意見があって答えがある。それはね、その人から見た正解であって私から見たら間違っているかもしれない。でもね、それでいいの。意見や考えは人の数だけあるんだよ。全部を私に合わせなくていいの」


「ご主人様…………」


「今回はたまたま、不安になって一瞬でも私を疑った。それはハス君の中から生まれる感情だから、正解なんだよ…………たとえ炎猿からの誘導であったとしても」


「………………いやです」


「まだ色々な感情が理解できない中でのハス君が頑張って出した答えだから、それは胸を張っていいの」


「…………いや…………です…………いや…………」


「色んな気持ちがね、あるんだよ。信じる事も、疑うことも。喜怒哀楽があるでしょ?それと一緒。沢山ある気持ちや感情を選択して生きて行くの」


「………………いや…………捨てないでください……ふっ……すてな…………いで…………」


「…………捨てたりしないよ。そんな事するはずない……………ねぇ、私を見て。怒ってないよ、ハス君にそう思わせた私が悪かったし、もやもやとしたわからない感情を突いたあの猿が悪い。今後はそう言う気持ちを隠さないで不安になったら話してね。喧嘩するかもしれないし、嫌な気持ちになるかもしれないけれど、ハス君の気持ちを置いていくような事はしないから……ねぇ、だからね、ハス君は罪悪感なんて持たなくていいんだからね」


「ご主人様…………」


「だからね、自分のせいで私に呪いが行った、死にそうになったなんて、そんな後悔はいらないからね。むしろ、ハス君の感情の中心が私だって知って嬉しかったし」


「………………ううぅぅぅぅぅ………………」


 ボロボロと流れていた涙は今では滝のように流れ、涙が枯れてしまうのではと危惧する程である。

 強ばった体から力が抜けて座り込んだハストゥーレの涙を拭っても拭っても次々に溢れてきて、困ったように笑った芽依は優しく抱きしめた。


「………………怖い思いをさせてごめんね。私達は君が大好きだよ。囮の件も私では駄目だしメディさんは蟻だし」

 

『悪かったな』


「フェンネルさんは…………なんか、別な変なの引っ掛けて別な事件を呼びそうだし」


「え…………メイちゃん僕の事そんな風に思ってたの?!」


「…………消去法になっちゃったけど、悪くない選択をしたと思うのだよ」


 ハストゥーレの頭を抱えるように抱きしめながらフェンネルに言う芽依は、また優しく話し出した。


「ハス君、君はね今から育っていくんだよ。沢山の気持ち、感情を知って悩んで困って、そして理解して。奴隷なんかじゃない、君自体が君として生きる為に」


「………………私が、私として」

 

「何も特別なことじゃない。君という存在をね大切に育てるの。そこには私もメディさんもフェンネルさんもいるよ。怖いことは無いし迷ったら聞いたらいい。ね?毎日を一緒に成長するんだよ。私なんて、この世界ではまだ2年生に上がったばかりだからね。ハス君は私にこの世界を教えて。私たちはハス君に色々な気持ちを、感情をおしえて行くから」


「………………はい、はい…………疑ってしまい、申し訳ありませんでした…………」


「もういいの。全部、終わったよ」


泣きながらも芽依から決して目をそらさないハストゥーレの頬を両手で何度も撫でてから笑ってお互いの額を重ね合わせた。



一瞬でも芽依を疑った事がショックじゃないとは言えないけれど、まだまだ自分の感情に振り回されているハストゥーレに、今回の炎猿は天敵だったのだろう。


ハストゥーレは、自分の中で主人であり何よりも大切な芽依を信じきれなかった自分が許せなくてしかたがなかった。

そんな自分がいることが許せなかった。

そんなハストゥーレを前にして、自分が悪かったと謝らせてしまった事が情けなくて、歯がゆくて、どうしようもなく、芽依が好きでたまらなかった。

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