真実の欠片
強い痛みが胸を走る。
何かがずぶりと体を貫くと、目の前には真っ赤な猿がいてギャギャギャギャ!と薄気味悪い顔で甲高く鳴くのだ。
芽依はボタボタと体をつたう暖かな血液が地面に広がるのを見てからもう一度炎猿を見ると、変わらず笑っているではないか。
[減らせ、減らせ、ご主人様を減らせ……藻屑となるほど減らしつくせ]
まるで呪いのように……いや、正しく呪いの言葉だろう、それを呟く。
芽依の体を支配して命を取ろうとする炎猿は、すぐさま左右から来る2人の人外者であるメディトークとフェンネルを躱して芽依ごと離れた。
くたりとなる芽依を抱える炎猿は愉快そうにギャギャ!と笑い、絶望の表情を見せる3人を眺める。
位は低いのに、この必中する呪いを遮ることは出来ない。
これは数ある理のひとつ、低い位の人外者が上位を倒す為にも使われる、そんな呪いをこの炎猿は使うのだ。
巻き込んだマリアージュは青ざめ口を両手で抑えながら目を瞑る芽依を見ていた。
寒く暗い場所で、痛みを受けたはずの胸を手探りで触った。
傷は無い。
出血によって起きる貧血症状も痛みも無く、ただ1人で立つ芽依は呆然と周りを見る。
「………………ここは、どこ?私は死んだの……?」
「あら、死んでなんかいないわよ」
揺蕩う小麦色の髪を軽く抑えた女性が芽依の質問に答えた。
誰もいないはずだった。
周りを確認した、芽依の視界には人は居なかった。
それなのに、その女性は微笑んで芽依の前に立っている。
「………………あなたは、だれ?」
「私はディメンティール」
まさかの名前に目を丸くした芽依は頭を下げた。
「お…………お噂はかねがね伺っております」
「あら、ご丁寧に」
頬に手を当てて答えたディメンティールは、うふふと笑って返事を返した。
美しい外見に似合わずお茶目な所もあるようだ。
「でも、どうして…………」
「それは勿論、貴方に死んでもらっては困るからよ」
「………………どうして、貴方が困るの?」
「私も困るのだけれど、この世界も困るのよ」
両手を広げると、暗闇だった世界が一瞬にして稲穂が敷きつめられた空間に変わった。
青空が澄み渡り、秋風が吹いている。
サワサワと揺れる稲穂を眺めてからディメンティールを見た。
「………………あなたが死ぬと、この世界の作物は死ぬわ」
「…………え」
「いずれ、私の力は全て貴方の物になるの。今はまだ、その一端を持っているに過ぎないわ」
「ま…………まって、まって!!何の話?!」
「まだ詳しくは話せないの。これも魔術の縛りだから許してね。ただ、貴方には紛れもない私の力が少しずつ注がれているのよ…………まだ、もう少し。だから、今貴方が死んでは困るのよ。まだ全てを与えていないのだもの」
「………………貴方の力……?だって、私は貴方を知らないよ」
「私は知っているわ」
「…………………………どうして」
「どうしても。さあ、あなたへの呪いは解けたわ。貴方はね、私の育てている大樹なの。作物を育てる事に特化している私が、その作物を枯らせるなんて有り得ないわ…………まあ、ちょっと不思議な育ち方をしているけれど」
何なのかしら、あの大根とゴボウ……と頬に手を当て呟くディメンティールはにっこりと笑う。
「さあ、もう行って。貴方の可愛い子達が死にそうよ」
「死に…………?!」
目を見開くと、ディメンティールが芽依に向かって手を伸ばし、パチィンと指を鳴らした。
ヒュ!と強い風が吹いて目を瞑り、次に目を開けた時、芽依は地面に倒れていた。
その状態で、近くに倒れ息が出来ずヒューヒューと喉を鳴らすフェンネルが見える。
息苦しさに胸を、喉を掻き目を見開いている。
その瞳には黒く蠢く狂った妖精の証に酷似した模様が滲み出ていて、口の中に溜まった血液を吐き出して立ち上がるために手足に力を入れた。
その向こうには、青ざめた顔のハストゥーレを庇い戦うメディトーク。
芽依の隣には、泣いているマリアージュがいた。
「……………………あ…………」
「?!メイ……さん?!」
あの時、芽依は確かに胸を貫かれていた。
生き残る可能性の低い強烈な一撃、さらに受けた呪いはすぐにどうこう出来るものではない。
だからこそ、今までにない急激な自身を締め付け呼吸を止めようとする犯罪奴隷の紋が作動していたのだ。
フェンネルはその苦しさに、すぐに倒れ込み胸を喉を掻き毟る。
胸が痛い、息ができない。
メイちゃんの姿をこの目に捕らえたいのに、涙が滲む瞳では炎猿にドサリと地面に落とされたメイちゃんを見る事が出来ない。
どうしよう、どうしよう…………
フェンネルの意識が薄らぎ始めた時に、ふ……と呼吸が楽になる。
あれ……と目を開けて顔を上げると、霞む目が立ち上がりかけている芽依を見て、涙が止まらず流れた。
「…………メイちゃん……メイちゃん…………メイちゃん…………」
動けないフェンネルが見たのは、炎猿に向かってゆっくりと手を伸ばす芽依の姿だった。




