花嫁の憂鬱 2
マリアージュは現在婚約中で、その結婚を来週に控えているらしい。
今回の事ですぐさま解決に動き出したが、マリアージュには人外者の知り合いは婚約者しかいないようだ。
今回の体重の件、何よりも知られたくない相手らしく相談も出来ない為、マリアージュは教会に行き助けを求めたのだと言う。
「……でも、教会の方は調べなくては直ぐに答えは出せない。調べるにしても時間と…………お布施が掛かると言われまして。恥ずかしながら、結婚準備や新生活の為にそれ程余裕もなくて」
『…………まあ、アイツらの言いそうな事だな』
「そうなの?」
『問題を先延ばしにして、まず金を取る。それを暫くしてから簡単な問題なら解決だな』
「解決しない場合もあるの?」
『むしろ解決しない方が多いんじゃねぇか?街にいる教会の連中は、祈りなさい、で終わらせるヤツらだしな』
「えぇ……詐欺……」
顔を引き攣らせる芽依に、青ざめるマリアージュ。
そんな二人を見てから、無表情でティーカップにミルクを注ぎひと回ししたフェンネルは紅茶を口に含んだ。
「街にいる教会の人って、所謂下っ端が多いんだよ。そんな人間が大層な問題解決なんて出来ないでしょ?精々簡単な呪いを薬で解呪したり、奇跡の水を売ったり……ただ、来た人が貴族や権力者なら直ぐに連絡して対応出来る人を呼ぶシステムなんだよ」
「よく知ってるね」
「…………まぁね、教会に潜んでないか内部を調べた事があって。だから知ってるの」
冬牡丹の伴侶を探していた時の話だろう。
スっ……と目を細めたフェンネルの太ももに手を置くと、冷えた眼差しが芽依を見る。
しかし、その瞳は一瞬に溶けて微笑んだ。
「………………大丈夫、ありがとう」
ふわりと笑い、いつもの状態に戻ったフェンネルにほっとしつつ、芽依はマリアージュを見る。
「それで、教会の支援は諦めたんですね」
「はい……金額も高いので」
恥じ入るように俯きながら言うマリアージュ。
芽依は眉を下げ、悲しそうに見つめた。
「…………どんなに困った事があっても、その支払いが出来ずに助けを呼べないのは……それはしんどいですよね」
「はいっ!」
顔を覆ってしゃくりあげるマリアージュを見てからメディトークを見上げると、小さく赤いヤツ……手足が長い……と呟いていた。
『…………なんかねぇのか?その時に何かを言われたり、されたりした事は』
「…………えと、大切なのは体重か……なら増やそう、みたいな事を言っていました。そして、私の後ろが飛んで前に来る時、不気味な笑い声を上げていて、何かが通り抜けたような感覚がしました」
「体重を増やそう?」
「体重について考えていたのですか?」
「…………あの、最近は結婚式でのウエディングドレスのサイズの事と、ダンスで抱き上げてもらうので……それでダイエットを……」
「抱き上げて……」
「皆の前で踊るのに、私が重くて上がらないだなんて!そんなの嫌です!!」
「……………………それは深刻」
顔を覆って首を横に振るマリアージュに芽依は悲壮な顔を向けた。
マリアージュは今本当に重くて、抱き上がらないどころか新郎ごと倒れてしまいそうだ。
しかも、社交ダンスのような美しいダンスの為、体を預ける場面を多々ある。
それを思えば、もう絶望しかないだろう。
『いくつか思い至るヤツがいる。そいつには体毛はあったか?』
「ありました」
『しっぽは』
「ありました!」
『赤くてギャギャギャギャ騒ぐんだな?』
「はい!」
『………………で、お前の気にしている内容を口にした』
「はい!!」
それを聞き、メディトークは深い息を吐き、フェンネルはあらら……と呟いた。
「え?なに?」
「ご主人様、それは猿です」
丸テーブルに座っている為、フェンネルの向こうにいる芽依を見る為に上体を倒し、ハストゥーレ。
首を傾げる芽依にハストゥーレはそのまま説明をする。
「猿は総じて意地が悪く呪いをかける事に特化しています。特に赤い猿……炎猿は質が悪いのです」
「質が悪い……」
「うん、呪う相手の1番気にしている事や好きな物、事に対して不利益を与えるの。今回は、体重を気にしていた事がアダになったね…………それと、気を付けないといけないのが、これは呪いだって事」
フェンネルが人差し指を立てて芽依に教える。
険しい顔で聞く芽依とマリアージュは静かに次の言葉を待った。
「まず、命の危機に関する呪いなら、勿論死んじゃうよ。それが出来る呪いを掛けられるね、炎猿は。そして今回は、体重を増やすって呪いだけど……炎猿の性格的に、多分終わりじゃないよ。どんどん体が重くなってない?」
ビクンと肩が跳ねるマリアージュ。図星だったようだ。
『良くある進行型だな。今回の体重が増えるっつーのは呪いが解かれるまで増え続ける事だ。体が重さに耐えきれなくなったら身動きが出来なくなる…………そうなったら』
「………………まさか」
マリアージュはメディトークを見て、震える唇を開けた。
「………………殺されるのですか?」
「違うよ、喰われるの。炎猿の好物は若い人間の肉だからね。特に女性が好まれる」
フェンネルのストレートな言葉に目眩がしたのか、くらりと椅子から落ちそうになるマリアージュ。
芽依が立ち上がると、メディトークの足が床に落ちる前にマリアージュを支えた。
かなり重たいのに表情ひとつ動かさずに足1本で支えるのは見事だ。
「…………なんとかならないの?」
「方法は3つです。ひとつは呪術を専門に扱う人間、あるいは人外者に頼む。炎猿に頼んで解いてもらう。あとは炎猿を殺す事です」
『だがな、呪術の解呪を得意とするのは教会だ。ツテが無いと大金を提示されるしすぐには無理だ。結婚式もだが。あんたの体はいつまで支えられる?多分、もって数日だろ。このままなら結婚式も間に合わねぇ』
「そ……そんな」
椅子に座り直したマリアージュに告げられる残酷な言葉。
もってあと数日だというのだ。しかも、動けないまま喰われると言うじゃないか。
マリアージュは恐怖に震えて芽依を見る。
「あの…………あのっ」
「わかってる、大丈夫……どうすれば助かる?」
「炎猿自ら解呪するのは難しいと思う。なら、確実に殺るしかないかな」
フェンネルの言葉に芽依は眉をひそめ、メディトークを見上げた。




