唄い鳥 ファランカン
その知らせが入ったのは、カトラージャ邸に向かってから5日がたった頃だった。
芽依は知らなかったが、カトラージャ伯は一部の人には有名な唄い鳥の飼い主であるらしい。
欲しいと言う人には莫大な金額を要求してオスを売るのだとか。
その金額に見合った美しいオスの鳥の手入れはしっかりと行き届いていて、誰もが文句を言わずに購入していたという。
そんな唄い鳥の殆どを、この大飢饉の際に飢えという最悪な形で失った。
野菜しか食べず、それ以外を口にすると発狂して自身を傷付ける唄い鳥は、この現状に対応する事は出来ずに力無く倒れたようだ。
それは、カトラージャ伯だけでなく、カトラージャ伯から購入した唄い鳥や、正規の購入方法で手に入れた唄い鳥も、飼い主たちは美しい鳥を失って悲しみにくれたらしい。
「………………唄い鳥、かぁ」
「え、なに、メイちゃん唄い鳥なんか欲しいの?」
眉を寄せて芽依を見るフェンネル。
布団の中にいたフェンネルは体を起こしてメディトーク特性のお粥を食べている所だった。
やっと熱も下がり回復傾向となったフェンネルの様子を眺める芽依。
(美しい鳥だったけど、うちのフェンの方が数倍綺麗なのが流石よね)
汗をかき、体を清めて着替えたフェンネルはしっとりしていて、湿った髪を緩く結んでいる。
耐性のない人が見たら襲い掛かりそうな色気を放っているのに無防備に微笑むフェンネルは芽依を見て首を傾げる。
「私、フェンネルさんがいるから要らないかな」
「そ……それは、どう解釈したら……いいの?」
顔をポン!と赤くしてモゴモゴと話すフェンネルに、思わず笑う。
ハストゥーレもそうだが、この庭で住むようになってから可愛さが爆発しているのだ。
良いですね、と頷く芽依に、ねぇ聞いてる?と上目遣いのフェンネルを見たら、まだまだ変質者の多いこの世界の住人からフェンネルを守らなきては!と思うが、その芽依も周りから見たら立派な変質者だろう。
「唄い鳥って綺麗だったけど、そんなに欲しいものなの?」
「唄い鳥ねぇ、貴族にとってはコレクションの1つなんだよ。綺麗で歌うだけの静かな鳥だからね。飼育も楽なんだ。食事も野菜だけだから肉類のキツイ体臭も出ないしね」
「………………飼育」
「ペットの1つとして見られるんだよ」
「……あ、幻獣の人型は高位以上じゃなかった?」
「あ、そうか……メイちゃんは唄い鳥初めて見たものね」
器に入っているお粥の3分の1を食べたフェンネルは、膝の上に食器を持ったまま起き芽依を見る。
「あの鳥は位で言ったら下位なんだよ。あれはね、メスを求婚する為だけの美しさを磨き上げた結果なんだ」
「…………求婚、メディさんも言ってた」
「うん……はむっ………………えっとね、唄い鳥って特に何かをする鳥ではないんだ。美しさを磨いて沢山のオスから求婚されるメスに選ばれるように羽を保ち美しく歌う。ただそれだけの鳥なんだ。それは貴族に好まれる条件に見合っていたの。美しい見た目に綺麗な歌声。飼育の手間もない。なにより、気に入った鳥を見つけたら買わないといけない感覚に陥る。全てはメスに選ばれたいオス鳥の習性なんだよね」
「…………あの人が飼ってるのは全部オスって言ってた」
「うん、コレクションにはオスしか向いてないからね」
途中途中にお粥を口に運ぶフェンネル。
その合間に用意された薬味を渡す芽依に嬉しそうに笑いながら受け取っている。
「メスはダメなの?」
「うん、メスはね美しくないんだ。地味で小さくて、歌いもしない。人型に近い姿だけど、繁殖に特化した鳥は人語を話せなくて、出来るのは歌うことだけ。それもメスは出来ないんだ。だから、見て楽しむにはオスが向いてるの……もしメスを飼うなら番にするか…………まあ、使い用は無くはないんだけどね」
「なんか、人間の浅ましさを見た気がするよ」
「実際そうなんだよ。唄い鳥はね、あまり自我のない鳥だから流されやすいんだ。繁殖に特化しすぎてその他のことには朧気なの…………だからこそ、それに付随した事件が後を絶たないのだけどね」
目を伏せて言うフェンネルの顔を覗き込む。
「……うん、メスオスを同時に買うと色々問題というか……あまりいい結果がないんだよね。メディさんあたり聞いてなかった?メスはいるか?って」
「何回も聞いてた」
「うん、居ないならいいんだけどね、居たらちょっと……普通に飼う分には問題ないんだけどなぁ」
どこか含んだような言い方をするフェンネルに首を傾げるが、にっこり笑って誤魔化されてしまった。
「……よし、ご馳走様。僕少し寝るね、明日には庭に戻れると思う」
「わかった、無理しないでね」
「うん、ありがとう…………一緒に寝る?」
「お腹触っていい?」
「1人で寝ようかな!」
芽依にはんぺんと言われて、実は筋トレを初めているフェンネル。
気にしているのか、次触られる時には板チョコ並になってやると野望に燃えているのだが、体質的にかフェンネルに筋肉は中々付かず、酔った芽依に毎回服をめくられて、はんぺんと喜ばれるのをこの時のフェンネルはまだ知らない。




