籠の鳥
それは正しく、籠の中の鳥であった。
この姿を鳥と認識するには芽依には乱暴過ぎるが、それもこの世界の常識の1つなのだろう。
それを前にして、芽依は絶句するしかなかった。
フェンネルの体調を見てから芽依達は渋々カトラージャ伯の屋敷に向かうことになった。
チラチラと雪が振り出し本格的な冬が近付いてきている。
今日は何があるか分からないため、動きやすいワンピースの中にパンツを履くスタイルだ。
パンツと言っても、厚手のタイツの様に見えて違和感はない。
暖かな防寒にもなるし、芽依はうむうむと頷いた。
そんな芽依の隣にはメディトークとハストゥーレ。
そして、領主館からはまさかのアリステアとオルフェーヴルである。
相手が貴族である以上、それを盾にして無理やり芽依の了承を取る可能性があると考えたアリステアが自ら動いたのだ。
こちらの事に巻き込んで申し訳ない、と謝られてはアリステアを責めるわけにもいかないし、何より悪いのはカトラージャである。
芽依はスカートの裾を払ってメディトークを見上げた。
勝手知ったるか、メディトークは芽依を抱え上げてからノシノシと沢山の足を動かして歩き出す。
その後ろをハストゥーレが静かに着いて行った。
あまり訪れる事のない街、ペントラン。
ドラムストの中でも宗教への思いが根深い為か、街中の至る所に教会に関連するものがある。
街路樹はイチョウに似た木が通路横にずらりと並び、銀色の鈴が飾っている。
教会では、銀色の鈴を良く使っている為か、何かの行事とかでは無く通常仕様のようだ。
風が吹く度に、葉のこすれるサワサワとした音と共に広がる鈴の音の大合唱が聞こえる。
それが不思議とうるさい訳ではなく調和の取れた心を穏やかにする作用があるのだとか。
建物はほぼ白に近い灰色で、高貴な色として教会では重要視される白をあやかり、しかし、同じ色を使うには烏滸がましいと、濁る配色を取り入れたようだ。
毎日美しく磨かれて、街中はどの街よりも綺麗だった。
目的地であるカトラージャ伯の屋敷も、乳白色に近い灰色をしていて、それに緑が数滴滲み混ざったような外観をしていた。
その屋敷の前には2度芽依の庭に訪問したカトラージャ伯の使いが燕尾服を着て佇んでいる。
「ようこそいらっしゃいました。領主様まで来ていただけるとは光栄でごさいます」
胸に手を当て頭を下げる男に、アリステアは眉をはね上げた。
「…………なぜそのような格好をしているのだ、カトラージャ伯」
「え!」
「ハハ!移民の民の方に驚かれぬように直に行ってみたのだがね、いつ頃私の話をすればいいか迷って今日を迎えてしまったよ」
ふわりと風が吹き、燕尾服を着ていた男性の姿が20は老いて白髪混じりの男性に変わった。
スリムな体型は変わらず、温和な笑みを浮かべている男、カトラージャ伯はすぐ近くにいる本当の執事が頭を下げて玄関を開けた。
あの、庭に来た男と同じ姿をしていて、カトラージャ伯はこの執事の姿を魔術で被っていたようだ。
「いやぁ、失礼な事をしたね移民の民の方。貴方と直接話をしたくてね」
「庭持ちとの直接交渉は禁止されているのは知っていた筈では?」
「勿論知っているよ領主殿。だがな、事は一刻を争うのだよ」
「だからといって、このような無理やりは許可出来るものではないのだぞ」
「ああ、だが、貴方は聞かずにはいられないだろう?あの道を塞がれたらペントランの住民に多大な迷惑がかかるからな?」
「…………腹黒いな」
「おや、オルフェーヴル様は手厳しいな」
真っ赤な絨毯カトラージャが進み、その後ろをアリステアを先頭に歩いていく。
今回の無理やりな招集にアリステアは厳しい表情で言うが、カトラージャは口先だけの謝罪をするだけで常に笑みを浮かべている。
あの道はこのペントランの住民にとって重要な場所である事と同時に、通行料を毎月回収しているので、閉鎖されたらただお金を払うだけの無用の長物になるのだ。
だからこそ、閉鎖は食い止めなくてはならない。
まったく、嫌な場所の管理をさせるものだとアリステアは内心舌打ちする。
アリステアの管理下であれば、勿論通行料など取らないのだが管理が別にあり、さらに修理などもカトラージャが対応する事なのでアリステアは強く言えないのだ。
このような貴族はカトラージャだけではなく複数存在していて、比較的友好的ならいいのだが、カトラージャのように良いように使い無理難題を通そうとする貴族もいるから、アリステアは疲弊し頭が痛くなるのだ。
それも全てはひとつの場所の権力が集まり強くなりすぎる事を防ぐためである。
どの国も一枚岩ではないのだ。
「さあ、こちらにどうぞ」
案内された部屋は壁紙から何からコバルトブルーの色彩が輝いていて、芽依はポカンと口を開けた。
アリステアやオルフェーヴル、ハストゥーレも一瞬動きを止めてから入室する。
そんな中、メディトークは無言で室内をぐるりと眺めた。
そして、部屋をわけているであろうコバルトブルーのカーテンの仕切りを見る。
輝く真っ白な羽がデザインされたそのカーテンはたまにゆらぎ、それを見ているメディトークに、カトラージャはクスリと笑った。
「どうぞ、お座り下さい」
カタリと椅子を鳴らして座るカトラージャ。
同じコバルトブルーのカーペットを踏みしめて歩くと、クッション素材が使われているのがわかる。
ふにゃりとした地面に下を見ると、メディトークにヒョイと抱えられて椅子に座らせられた。
「まずは、不躾な呼び出しの非礼を詫びよう。申し訳なかったね」
「…………いえ」
芽依を見て話し始めたから芽依は小さく返事を返した。
穏やかな笑みのカトラージャは、庭に来た時の押しの強さは微塵にも見せていない。
本当に同一人物なのだろうかと悩んでしまうところだ。
「さて、早速話なのだが……シロアリ被害があり庭が壊滅状態である事は理解しているよ、君の庭以外は。一体どうやってあの荒れ果てた庭を回復させたのやら……しかも君の庭は戦場だったのだろう?他よりも酷い状態では無かったのかな?……ああ、話がそれたね。その荒れ果てた庭の筈が、野菜を実らせていると収穫祭の時に領主殿から聞いた。この目でそれを見ることも出来て僥倖……」
カチャリとどこからとも無く現れたティーカップが芽依達の前に現れる。
カトラージャは小さな角砂糖をポトリと落しマドラーで掻き混ぜる。
珍しく砂糖を入れる人なんだな、と眺めてからカップを見ると、水面に浮かぶ何かの影。
それは薄らと楕円形で、何かがいるようだ。
「……………………え」
映るのは水鏡みたいなものだろう。
芽依はゆっくりとした動作で天井を見上げた。
そこにはびっしりと天井から吊り下げられた鳥籠で、中に人型の何かがいる。
「…………な、なにあれ……鳥籠?」
呆然と呟いた芽依に促されて上を見るアリステア達は、その数に口を閉ざした。




