強制的食事制限
1曲目が終わってテーブルに運ばれている色とりどりの料理を思い思いに楽しむ領民達は皆一様に笑顔を浮かべていた。
最近の食糧難によって食卓の料理は味気ないものになり、空腹を凌ぐ為に食べているようなものである。
しかも、肉や魚の消費量が増えたお陰で今度はこちらが品薄になってきていて高騰傾向なのだ。
元々魚は少なく高いものだったのが、野菜が無くなり肉も品薄で高い。
定期的な配給は途切れること無くあるが、それも料理の提供である為、希望の食材を貰える段階でもない。
領民の押さえつけられている不満もつもり重なっている時期の祝祭なのだ。
楽しい雰囲気に沢山の料理。
正直領民が必死に食いつないで居るのに、祝祭の為とはいえこんなに豪華な料理が出せる程に領主館には食材があるのかと腹立たしくもあるが、それを惜しげも無く領民の為に放出してくれるんだよな……と並ぶ料理を見て嬉しくも感じてしまうようだ。
そんな久方ぶりの楽しみに心を踊らせている領民を横目に、芽依は眉を寄せて口を引き結んでいた。
目の前の料理は本当に豪勢なのだが、それを芽依は口にできないでいるのだ。
メディトークが事前に調べてから芽依の口に入れたのだろう野菜のゼリー寄せは美味しかったのだが、芽依はそれ以上食べられないと判断した。
「メイちゃん、無理そう?」
「食べれないねぇ、美味しそうなんだけどお腹壊しちゃいそう」
この世界に来た時、料理が合わずに芽依は良く腹痛を訴えトイレと親友になっていた。
今でこそメディトークが作る料理は芽依の好みに寄せてあるし、領主館での食事も気を使ってくれている為、安心して食事をしているのだが、それ以外はまだまだ芽依の胃を殴りつける美味しい凶器なのである。
カナンクルのミサで出ていたような、薄味でお腹に響かない物がまだあればいいのだが、殆どがしっかりとした味付けの胃を強打しそうな食事ばかり。
ぐぬぬ……と悩んでいると、隣に人が来て軽く肩が当たった。
「あ……すみませ…………セルジオさぁぁぁん」
「………………ほら」
すぐ後ろにはシャルドネが微笑んでいて、芽依の様子を見たシャルドネがすぐにセルジオを呼びに行ったようだ。
差し出された丸いプレートには別に作られた食事が乗せられていて、珍しく海鮮が多めである。
プリップリの海老やまさかの鰻丼が小さなカップに入っていて、芽依はプレートとセルジオを何度も見比べた。
「ここにあるのは食べられないだろう」
「わざわざ用意してくれたんですか……」
「いつものメイさんの食事はセルジオが作っていますからね、セルジオに言った方が早いと思いまして」
ふふ、と笑って言われた言葉に目を丸くしていると、セルジオから舌打ちが聞こえた。
いつもの食卓に並んでいたものは芽依の好みに合っていて、メディトークが作るのは和食が多いのだが領主館では洋食が多くバランスがいい。
そういえば、来てすぐの時の食改善はセルジオが率先して行ってくれたのだ。
「……………………お母さん、愛してる」
「相変わらず現金なヤツだな」
困ったように笑ってからプレートにあるエビマヨをフォークに刺し、芽依の口に入れたセルジオ。
久々の海老である事と、美味しさが口の中に弾けてとろける。
「美味しすぎて酒5杯はいける」
「そこはパンじゃないんだね」
「…………そうかぁ、ご飯の文化じゃないからパンなんだ」
美味しそうなテーブルを前に指を咥えているだけになるのかと思っていたが、流石お母さんのセルジオは別に芽依特性メニューを用意していてくれた。
さらに、テーブルの料理も少ないが芽依にも食べれる食事もあるらしく、それはメディトークが持ってきてくれる事になる。
「なにこの幸せ」
芽依の食べれない牛肉のコロコロステーキをニアの口に入れ、逆隣に居るハストゥーレの口にも入れてあげる。
幸せそうに笑う2人を見てフェンネルも笑っているのだが、そんなフェンネルにも肉を放り込み、驚きからの蕩ける笑みを向けられて、うっかり直視した紳士淑女の皆様が気絶する事件がこっそり起きたのだった。
「………………で、聞いているかねアリステア君」
「ええ、聞いています」
チラリと騒がしい芽依達に視線を向けただけで注意が飛ぶ。
アリステアは直ぐに返事を返し、前にいるふくよかな男性を見た。
少し太り気味なその人は、ファーリアにある他領の重鎮でシロアリ被害にあった場所から来た人である。
ドラムストに近い3つの領より更に遠い場所から遠路はるばる祝福を授かりに来た人のうちの1人であるが、険しい表情でアリステアに絡んでいた。
後ろに2人の従者をつけて、顎を撫でながらジロリとアリステアを見るその人は、まだ領地を頂く領主としては年若いアリステアを下に見ている傾向が強く、随分と強い口調で話をしている。
「君、いかんなぁ。我々は同じように領土を任された者同士仲良くやっていかないといかん。同じシロアリ被害が起きているのだ、それは余計にだろう?」
「………………そうですね」
「ならば!この料理の出処……つまりは、どこかにあるんだろう?生きた庭が!!その庭ごと庭持ちを買い取ってやろう!!さぁ、連れてくるんだ!!」
シロアリの被害は尋常ではなく、全ての庭が全滅した事で、急遽シロアリ被害のない他国から輸入の連絡はしているのだが、それはファーリアだけではない。
今まさに、シロアリに攻められている場所もあり、今後来るであろうシロアリの対策に奔走している場所も山ほどある。
シロアリの進行範囲は広いのだ。
そんな中、輸入したいと言ってもすぐには予定通りには行かないし、同じように考える場所も多い。
シロアリから数ヶ月たち、夏から秋にかけての季節が巡ったというのに野菜不足の解消は目処がたたないのだ。
そんな状況で、ドラムストの祝祭にすがりに来てみれば、この素晴らしい野菜料理の数々。
庭の復興が進んでいる証拠だと声高々に言った。
そう思っているのはこの男だけでは無いため、皆が黙って聞き耳を立てている。
「…………申し訳ないが、庭の復興はまだ継続中だ」
「では、1番復興の進んでいる庭持ちは誰だ!!」
聞かれるとは思っていたのだろう、アリステアは静かに息を吐き出してから芽依を見た。
「………………あそこにいる移民の民ですね」
そこには、アリステアの傍でいつも働いているセルジオとシャルドネ、いつの間にか来ていたブランシェットに囲まれて笑っている芽依。
勿論、メディトークにフェンネル、ハストゥーレにまだ一緒にいるニアもいる。
それだけの人外者に囲まれる移民の民など、今まで存在しなく、そんな様子に男は目を見開いた。
更に集まってきたのは、メロディアとユキヒラで。
移民の民が居る人外者の伴侶が、他の移民の民に好意的に話しかけるなんて今までありえなかった。
それなのに、メロディアは他のテーブルから美味しそうだとわざわざ芽依に渡していて、そしてもう1組の移民の民であるミチルとレニアスも来て話をしている。
計らずともいい効果が出たと、アリステアはチラリと男を見た。




