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夢の中の会合


 日中は特別代わりの無い1日だった。

 朝起きて少し質素な朝食を食べ、庭の復興作業を繰り返す。

 最近は植え出した野菜達が少しずつ育ってきていて中々良い状態になってきていた。

 まだまだ庭全てが使える状態ではないが、それも時間の問題だろう。


 他領や、他国から収穫祭に来ると話がきていて、なるべく早い新鮮な野菜を準備しなくてはいけない、別のやらねばならない事も増えて、芽依の日常は忙しく過ぎている。


 今日もまた、空に満天の星が浮かび上がる頃芽依は庭仕事を終わらせて領主館に戻って行った。

 いつもの通り、転移門を通って領主館の廊下に出ると、キィン…………と何かの音が響いた。

 振り返り転移門を見るが独断変わりはなく、左右を確認するが人影はない。

 暗い廊下をぼんやりと照らす魔術の明かりでは、昼には見えている廊下の奥までは分からなかった。


「…………気の所為?」


 耳鳴りとも違うが、絶対聞いたのに……と思いながら部屋に向かって歩き出す芽依。


「疲れてるのかな……」


 夕食は既に済ませているため、たっぷりの湯に浸かり体の疲れをとって今日は早く寝ようと、無意識に足も早くなる。


 秋になり夜はひんやりとする領主館。

 もう1年が経つんだなぁ……と感慨深く、もう暗くて見えないが外の街路樹にはスメラギが飛び跳ね動き回って居ることだろう。

 この世界に来て初めて見た幻獣である為、なんとなく目で追ってしまう存在である。



 室内に戻ると、既にセルジオによって整えられた室内はまるで高級ホテルのように塵1つ、シーツのシワひとつ無い。

 ベッドに置かれた淡いグレーのネグリジェと付随するズボンを持ち、早々に入浴を済ませた芽依は少しのお酒を嗜んだ後眠りに着いた。







 キィ…………ン……


 どこか金属音にも鈴の音にも似た不思議な音が響いている。

 今は自室で眠っている筈で、瞼も重い。

 日も入らない、まだ真夜中なのだろう、音が気になると寝返りをしようとした時だった。

 柔らかなベッドや、肌触りの良い布団が体を包んでいる筈なのに何故か記憶よりも硬い。

 温かさや、弾力はあるのに布団の柔らかさはないのだ。


 渋々目を開けると、見えるのは誰かの手。

 横になった体制のままそれを見ていると、不意に手の持ち主が振り返り芽依を見た。

 芽依の存在に気付いていなかったのだろう見た事ないその人は完全にオフの状態で目を丸くしていた。

 しかし、すぐに眉がより不審者を見る眼差しで芽依を見る。


「………………誰だ、どうやってここに来た」


 椅子に座っていたその人はくるりと向きを変えて、男の仮眠用ベッドだろうか、そこで寝そべる芽依を見た。

 ぼんやりと瞬きをしながら相手を見てポツリと零す。


「…………………………かわいい」


「っ!許可なく家に入るやつがいるか!殺すぞ!!」


 眠る前のひと時を過ごしていたらしいその人は、黒い髪に青い瞳の怪しい雰囲気が似合う男性だった。

 細身のその体には柔らかな生地のパジャマを着ていてフードにはウサギの耳がある。

 白地に薄らピンクのストライプが入ったそのパジャマは上下セットで女子力高い系女子が着ていそうなのだが、この男にはなぜかとてもにあっている。

 白もこのスリッパもまた良いフワフワである。


「………………夢?」


「夢だろうが現実だろうがお前は死を覚悟した方がいいんじゃないのか」


 立ち上がりゆっくりと歩く男性を見上げる芽依であったが、眠くて眠くて仕方がないのだ。

 何とか瞼を持ち上げ返事をしようとするが、むにゃむにゃとしか言葉にならない。


「………………は?寝るつもりか?おい!」


 目を閉じる芽依の肩を掴み揺さぶると、そこで初めて芽依が移民の民と分かったようで目を眇めた。


「………………そうか、迷い込んだのか」


 すぅすぅと寝息を立てる芽依に深々と息を吐いた男は、どさりとさっきの椅子に座り直して机に向かい何かを書き始めたのだった。



 カリカリと何かを書く音が聞こえて自然と覚醒に導かれた芽依はゆっくりと瞼を開ける。

 そこは、先程見た部屋と同じでやはり男が何かをしていた。

 しかし、着替えたのか可愛いふわもこから変わってしまっているようだ。


「………………はぁ、お前はなんなんだ迷い込んだのか……」


 芽依が起きたのにすぐに気づいた男は振り返り芽依を見る。


「…………ああ、話せないか移民の民だったな」


 侮蔑を含んだ眼差しで芽依を見た男だったが、のそりと起きた芽依に片眉をはね上げる。


「話せますけども。ここは何処ですか?」


「移民の民が話すのか」


 鼻で笑い頬杖をついて芽依を見た。

 アイボリーのセーターに、スラックス、革の靴を履いていてどちらかと言ったらセルジオの雰囲気と似ていた。

 眠たさにしっかり見ていなかったのだが、癖のある黒髪だと思ったが、ネイビーだったようだ。

 紫がかった深い青色で、暗い部屋なら黒く見えるだろう。


「ここは俺の家だ、そしてお前は不法侵入。即ち俺に殺されても文句は言えないって事だ」


「痴女の次は不法侵入……なんて不名誉な」


「痴女?……まあ、男の部屋に寝姿で来るくらいだ、間違ってはいないだろうな」


「………………ぐぅ」


 なんの文句も言えない状況に、芽依は眉を寄せる。

 そんな芽依が面白いのか眉をピクりと動かした。


「…………まあ、喰って力にしてもいいが、面倒事に巻き込まれたくはないな」


 ポツリと零した言葉に芽依は死にはしなさそうだと、気付かれないように安堵した。

 しかし、ここはどこでこの男が何者なのかまだ分からないでいる。

 芽依は無事に帰れるのだろうかとハラハラしていた。

 

「………………何かいつもと違う事が起きなかったか」


「え?…………転移門を抜けた時に何か金属音みたいなリィン……って音がしていました……ね」


「誘いの鈴か」


 ふむ……と悩む男に芽依は首を傾げる。

 それはなんだろう……と聞いてみたのだが、男は意地悪そうに笑うだけだ。


「対価を出すなら教えてやらん事もないぞ」


「あ、じゃあ結構です」


「………………なんだ、意外と慎重なんだな」


「さっきの笑顔が胡散臭かったので」


「おい」


 頬杖を着き曲げていた腰を伸ばしてから立ち上がった男は思いの外背が高かった。

 コツリコツリと靴音を鳴らして芽依の前までくると、指先を額にあてる。


「……………………美味そうだな」


「味見厳禁です」


「はっ」

 

 鼻で笑った男が軽く芽依を押した。

 その時、指先から何重にも重なる魔術陣が現れ芽依の体を通り抜ける。


「俺はこれから仕事だから邪魔をされたら困る。お前はさっさと帰れ、殺されたくなければもう来るなよ」


「あっ………………」


 ほんの少しだけ押されただけだったはず、普段だったらビクともしない力加減なのに、芽依は男の仮眠用ベッドにまた体が傾き、髪がふわりと揺れあとから着いてくる。

 後ろに倒れながら男を見ると、片側の眉だけを器用に上げて笑う男が見えた。

 指が2本、芽依の額を押した姿を見たまま静かに布団に倒れ込んだ芽依は無意識に目を瞑った。




「っはぁ!!」


 まるで高い所から落ちる夢を見た後のような体がビクン!と跳ねて飛び起きた。

 閉めていたカーテンの隙間から陽の光が差し込み今日は比較的暖かな空気が流れている。

 周りを見渡しても特別変わりは無くて、ドキドキしている胸を抑えながら深呼吸をする。


「……………………夢、だったのかな」


 不思議な場所で目が覚めて、知らない男性と話をしていた。

 なにか新しい物を手に入れたわけでも、情報を手に入れた訳でもないので、不思議な夢だと割り切った芽依は首を傾げながらも起床した。

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