街の様子は涙を誘う
本日2回目の更新です
暑さが厳しくなってきた。
青空が澄み渡り、そよそよと感じる風が頬を撫でる。
爽やかな青のワンピースには珍しく大ぶりのリボンがつけられていて、白いレースの付け襟があった。
サラリとした質感のスカートだから足にまとわりついても暑く感じず、風が通り過ぎてくれる。
今日はメディトーク達総勢4人でカテリーデンに行く任務を請け負った芽依。
シロアリ駆除が終わり市場から完全に野菜が消えてからひと月半がたった。
この事により、カテリーデンが殺伐としている。
時々騒動も起きていると聞きアリステアから調査を頼まれたのだ。
芽依達は有名な庭持ちであり、その人柄からも顧客数が多いのは既に有名であるのだが、今回のシロアリ駆除に庭を使い尽力を尽くした事は表立って話されては居ないのだが、人の口に戸は立てられない。
ドラムストの領民の大半がそれを知っていた。
芽依を含む4人が戦いに参戦している事も。
元々メディトーク自体は豊穣と収穫祭で有名であるし、フェンネルは花雪。
ハストゥーレは白の奴隷と、芽依達は別の事でも1目を置かれていて、騒動があったとしても十分抑止力となり、また対応出来ると判断された。
これも、食に関係する庭持ちに与えられる仕事の1つに違いがないので、芽依は断る理由も無いのだ。
『準備出来たか?』
「はぁい……ハス君、襟が曲がってるよ。少しかがんでくれる?」
「…………申し訳ありません」
「メディさん、ハス君のあれさ、メイちゃんに構って欲しいからだと思うんだよね」
『甘えたになってきたからな』
「メイちゃんも分かってると思うんだけど、構ってあげるから。もう!」
頬を染めて襟を直す芽依をチラリと見る。
フェンネルのように自分から芽依に触れる事は中々できないハストゥーレの最近の触れ合いは、襟やスカーフなどをわざと崩し芽依に構ってもらう構図が完成されていた。
そんないじらしいハストゥーレを目尻を下げて見る芽依は、嫌な顔1つしない。
(…………本当に可愛い人だな)
ふわりとスカートが風に揺れる。
久々に街に来た芽依は、外観は同じはずなのに全体的に暗く感じた。
以前からあった領民達の華やかなお喋りなども一切なく、どんよりとした雰囲気がある。
それもしかたないだろう、食事が偏っている事で体調等にも影響は出ていると聞いているので、それも関係があるのだろう。
「…………まあ、予想はしてたけどやっぱり雰囲気は悪くなってるねぇ」
芽依の隣に立ち、周りを見渡すフェンネルが言う。
その表情はいつもと変わらず、むしろ無表情で言葉に感情は乗っていない。
この状態でも、人間より頑丈な人外者はやはりアリステア達以上に冷静で他人事だ。
食事事情に関しても、困る事の筈なのに自分事として捉えていないのか、それとも最高位の余裕なのか。
『じゃあ行くぞ……いいか、離れるなよ』
「はぁい」
わさわさと動くメディトークの背中に乗って移動する芽依は、ある意味神輿に乗っているかのようだ。
街中を歩く芽依達を見た人達はザワ……とざわめきたつ。
「…………領民の人達はやっぱり落ち着きがないけど、人外者の皆さんは比較的穏やかだね」
『ああ、個別ルートで野菜を手に入れてるんじゃねぇか。転移が出来る人外者は別にドラムストから出る事だって出来るからな。シロアリに関わらなかった場所から買い付けしてるんだろ』
「人間は簡単に転移出来ないからね、何度も往復するのも難しいよ。転移門を使ってる貴族とかもいるだろうけどね」
「………………貴族?!あ……そうか、そういえば居たよね」
「うん、自動販売機の時に来たのも貴族だったね、随分良くない貴族だったけど」
「………………王政だもんね、そういえば」
芽依は勿論海外でしか知らない王制度。
それは今住んでいる場所に適応しているのを今更ながらに思い出した。
小さな子供が芽依を見る。
カテリーデンで何度も見た顔だった。
母親と手を繋ぎ笑顔で買い物をしていたのを覚えている。
そんなぷくぷくとしたほっぺが今は少しこけていた。
「……………………渡せたらいいのに」
『それこそ暴動になるぞ』
「全体の庭の土の回復が見込めないと難しいものがあるよね。メイちゃんの庭だけでドラムスト全域の野菜は賄えないから」
「………………そう、なんだけどね」
家にいない子供を探しに来た母親も芽依を見る。
すがるような目が芽依を見た。
野菜が無くなって1ヶ月で、もうこんなにも領民の人達の心が疲弊しているのかと芽依は愕然とする。
自分はぬくぬくと美味しい食事を食べている間にも、彼らは栄養の偏る食事を続けているのだ。
「…………食べ物自体はまだあるのに、野菜が無いだけでこんなにも生活が変わるんだね」
「私たちは体を作る栄養素の大半が、野菜から摂取されるのです」
「え?」
「勿論、肉や魚も大切な物ですがそれらを上手く体の栄養に変える役割も有りますし、何より野菜自体が大切なのです」
芽依はハストゥーレの顔を見る。
移民の民とこの世界の人間とは見た目が似ているし、体の作りも似通っているらしい。
身体中に巡る魔導回路が出来、契約する事でこの世界に適応する体に作り替えられるが、体に摂取する栄養吸収は変わらないようだ。
したがって、この世界の人達よりも芽依の体の方が今は健康なのだ。
たとえ野菜が取れなくてもここまで疲弊はしない。
この世界の人間だからこそ、これだけ弱るのだ。
豊穣と収穫の祝福は芽依が思っている以上に大きい。
芽依はギリ……と唇を噛んだ。
そして、箱庭を開く。
「……メイちゃん?何する気なの?」
フェンネルが芽依に話しかけると、メディトークは立ち止まり芽依を見る。
この場にいるのはそれ程多い人数では無い、家から出てこない人達も居るからではあるが。
ぴょんとメディトークから降りた芽依は、少年の前に行く。
前のハツラツとした様子は全くなかった。
「少年、久しぶりだね」
「……………………お姉さん」
「大丈夫かな?体はしんどい?」
「うん…………うん」
「そうかそうか、辛いね」
コップいっぱい並々入ったジュースを取りだし手に持たせる。
それを促した。
「さあ、これを飲んでごらん。きっと元気になるよ」
「………………これなに?」
「内緒」
「…………………………こくん」
少年は1口飲むと、ピタリと止まり芽依を見る。
それから一気に飲み干し、荒い息を吐き出した。
「………………おいしい?」
「うん!…………うん!!」
「そう、良かったね。頑張るんだよ、お姉さんも庭の回復頑張るから。頑張って皆に野菜を届けるからね」
「あり…………がとう!」
泣き出した少年を撫でて母親に渡す。
「近いうちにお野菜いっぱいのお食事、配給があります。だから、頑張って耐えてくださいね。なるべく早く庭、頑張りますから。定期的な配給が出来るよう、早めの野菜収穫に向けて動いています。今は不安しかないでしょうが、ちゃんと元に戻りますからね」
そういって、瓶に入ったジュースを1瓶手渡した。
母親も泣きながら何度も頷く。
アリステアから話は聞いているし、たまに配給は来るがやはり不安である事はかわらない。
庭持ちから直接話を聞いたのは初めてだったのだろう。
争いを避けるため、殆どの人達は街に来ていないからだ。
「はい、皆さんも1瓶どうぞ。ご自宅に帰って飲んでください」
「メイちゃん…………」
「あ、おばさん」
皆に配っていると、ちょうど家から顔を出したおばさんが芽依を見る。
あの販売に尽力を尽くしてくれるおばさんである。
「…………メイちゃん、庭は……どうだい?」
「まだ復旧途中です。でも、回復傾向が見られていますから安心してください」
ジュースの瓶を渡して笑って伝えると、疲れたように笑ったおばさんが頷いた。
しんどいだろうに、この場にいる皆さんは誰も芽依に野菜を分けてくれとは言わなかった。
その様子にすら芽依は泣きそうになってしまう。
(…………頑張らなければ、いち早く庭を戻していつもの風景を取り戻さないと)




