オルフェーヴル
人垣が出来るほど周りには働く人たちが芽依たちを見て立ち止まる。
一触即発の状態ではないだろうか、と心配そうに見ている人達とは裏腹に、後ろに立ち芽依の肩に触れるその人を見上げた。
普段移民の民には触れない人外者である彼は、穏やかに笑いながらガーディアとその伴侶を見る。
初めて見る軍服姿の彼は、これが正装なのだろう、アリステア直属の騎士も同じ服を着ているのを良く見かける。
「…………オルフェーヴルさん、どうしてここに?」
「うん?勿論仕事中だよ」
にっこり笑うオルフェーヴルに首を傾げる。
この軍服を着る騎士達は、アリステアから離れない為単独での行動はあまり無いのだと以前聞いたはず。
数人しかいないアリステアを守るための直属の騎士なのだ。
そんな彼が何故?と思っていたらオルフェーヴルは芽依の隣に来た。
「今日は誰もいないからな、アリステアが帰りを心配していたから、俺が送ると話して出てきたんだよ」
「そんな簡単に、大丈夫なんですか?」
「ああ、他にも居るからね問題ないよ」
そう言って笑ったオルフェーヴルはガーディア達を見る。
「うーん、以前は静かだった移民の民が話しだすとまさか移民の民同士で喧嘩なんてね。予想外だったかな」
冷たく鋭い眼差しが2人を射抜くと、ビクリと体を硬直させた。
芽依に向ける眼差しはまだ比較的柔らかなものではあるのだが、やはり人ならざる者なのだろう。眼差しに温度を感じられなかった。
「勘違いなのかわからないけど、伴侶にとっての移民の民は特別ではあるけど、それ以外から見た君は喚き散らしている移民の民という認識になってしまうけど、大丈夫かな?」
「っ…………」
オルフェーヴルに言われ顔を赤くしたガーディアがすぐに踵を返して芽依から離れていった。
アリステアに用事が有るだろうに、帰るのだろうか……と首を傾げる芽依を他所にオルフェーヴルが芽依を見た。
「それじゃあ帰ろうか」
刈り上げた金髪は今日も綺麗にセットされていて、人好きのする笑みを浮かべる。
しっかりと付いた筋肉は、軍服の上からでも分かり均等の取れた体が姿勢よく佇む。
「はい」
オルフェーヴルが歩き出したので、芽依も後に続く。
周りにいる人達に頭を下げてから芽依は小走りで着いて行った。
オルフェーヴルとは特別な関わりは芽依には無かった。
会ったのは2回だけ、年末の戻り呪と闇市でだった。
どちらも結果的には芽依を助けてくれた人ではあるが、関わりが薄い為人となりもわからず軽口も叩きにくい。
「緊張してるのかな」
「あ……すみません」
「いや、まだ会って2回目か。すぐにセルジオの様に話してくれて良いと言った方が無理があるよな」
笑って振り返り少し後ろにいた芽依に笑ってみせる。
そんなオルフェーヴルに芽依も苦笑する。
明らかに気を使われている。
「俺は個人的に動く事も多いから今までもあまり会わなかったしな……ただ、個人的に君に興味が有る」
ピタリと足を止めて芽依を見下ろしてくるオルフェーヴル。
笑顔なのだが、その瞳は何か思案しているのがとても分かりやすい。
芽依も立ち止まると、切れて短くなった髪を優しく撫でられた。
「……………………オルフェーヴルさん?」
「…………うん、もっと早く君に会いたかったよ。本当に」
悲しそうに微笑んだこの目の前の人外者が、芽依を害するようには見えなかった。
ただただ悲しそうに不安そうに目を揺らしていて、思わず手を伸ばしてしまいそうになる。
「……急に悪いな、驚いただろう。さあ、送ろう」
手を離して歩き出したオルフェーヴルの背中を見てから芽依も静かに歩き出した。
『あ?オルフェーヴルか?』
「うん、どんな人なのかな」
「なぁにメイちゃん、僕達がいるのに他が気になるの?」
「なんで浮気がバレた男みたいな言われ方してるの」
庭につき、土の再生をしていたメディトークの背中にしがみつきよじ登りながら聞くと、その隣にいたフェンネルが腰に手を当てて聞いてくる。
何故か尋問中のような雰囲気を出すフェンネルを見つつメディトークを見ると、土から足を離して考える仕草をするメディトーク。
『オルフェーヴルなぁ…………何が聞きたいんだ?あいつが土の最高位精霊って話はしたよな』
「うん、それは聞いた」
『じゃあなんだ?アリステアの騎士についてか?アイツは特殊だしなぁ』
特殊……と呟きながら手を伸ばしてハストゥーレの頭を撫でると、フェンネルがずるい……と呟く。
ハストゥーレはホワン……と笑みを浮かべている。
「…………私にもっと早く会いたかったって言われたけど……」
『 …………あー、なるほどな。あいつはな、以前移民の民の伴侶だった事があんだよ』
「え?」
『あいつもまた特殊な事をしたやつだからな、お前に会っていたら、またなんか違ったかもしれないな』
止まっていた足を動かし土をまた混ぜだしたメディトークを黙って見ている芽依。
「………………亡くなったの?」
『いや、そうじゃねぇよ。今も生きてる』
「そうなの?」
『詳しい事は知らねぇけどな。まぁ、誰でもなんか抱えてるもんだろ』
物知りなメディトークが答えなかったオルフェーヴルの事。
意図的になのか、どうかすら芽依を見ないメディトークから真実はわからない。
『………………いつか、話す時が来たら聞いてやってくれや』
「…………うん」
静かに呟くように話すメディトークを見ながら、まだそこまで触れ合いもないオルフェーヴルを思う。
今は確定でわかったと返事は出来ないが、オルフェーヴルが芽依に話すと決めた頃には今とは違う関係性になっているのだろう。
その時、オルフェーヴルが素直に話が出来る程の信頼を芽依に寄せてくれるのならば、それはきっと素敵な事なのだろう。




