ミカ③ シロアリ到来前
シロアリが現れたとの連絡が来たのはミカがマール公国に来てから数日後の事だった。
勿論ミカはシロアリを知らないが、アウローラはシロアリを知っている。
アウローラはすぐにアリステアに連絡をする事にした。
与えられている一軒家は小さめではあるが、2人で暮らすには十分な広さだった。
新しい訳でもない、むしろかなりの築年数を感じられる年季の入った家で隙間風もある。
しかし、豊かでは無いマール公国ではこれは普通であった。
むしろ、まだ住み良い家なのである。
そんな場所で暮らし出して、まだマール公国に慣れていない時、シロアリ事件である。
よく分かっていないミカは、アウローラに言われるままに話を必死に理解しようと勤めていた。
「…………えっと、シロアリは土の栄養を吸い取る害獣……庭が使えなるなる……んだね?」
「その通りよ、そして、庭で育てることが出来ないからその後飢饉が起きるのよ」
「…………飢饉」
それは、はるか昔の教科書に乗っているような内容だった。
飢饉と言われても、ミカはいまいちピンと来ていない。
アウローラはそんなミカに話しかけつつ、手鏡を取り出し椅子に座る。
美しい飾り細工のされた手鏡で、まん丸い形をしている。
小さなサイズのそれは、二枚貝のように蓋が出来る仕様で表は青い星屑と砂が入っていて動かす度にサラサラと様々な形を見せてくれる。
裏は銀色の飾り気ないものだが、光の反射で美しい花が浮かび上がる、なかなかに高価なものであった。
これは、芽依達の世界で言う携帯電話に近い通信機器である。
形は様々あり手鏡だけではないのだが、通信するために必要な魔術を重ねているその精密さが大きな物に刻むことが出来ず大体は手のひらサイズの物となっている。
手鏡の良いところは相手の顔を映し出し、言葉で連絡をする事が出来ることだろう。
ただし、負荷がかかる為1日3回まで、長時間は難しい。
決められた回数はないのだが、通信機器に負荷が掛かり過ぎた場合、つまり何度も使い続けていると壊れるので大変高価な割に使い勝手はあまり良くないのだった。
しかし、一番の価値は時間のズレが無く連絡が出来ることだろう。
文章での通信機器には、気付くところからはじまるからだ。
「………………アリステア様!」
[アウローラか?]
「お忙しい時に申し訳ございません、シロアリが現れたとお聞きしましたが……」
[ああ、もう既に近くの街がシロアリの被害を受けていると連絡が来ている。ドラムストにも時期に来るだろうな……マール公国の土はどうなっているかわかるか?]
手鏡に写ったアリステアは、仕事の合間に通信を受けたのだろう。
後ろでは慌ただしく走り回る人達が映し出されていて、ミカは眉を寄せた。
何が起きているかわからないが、バタバタと余裕なく動く姿に不安が募る。
「昨日庭を見ておりましたが、特に変化はございません」
「今土の変化がないならマール公国にはシロアリは行かないかもしれんな……だが、注意はしておいてくれ、危ないのはミカとマール公国にいる移民の民になってしまう」
「………………わかりましたわ」
「すまん、時間がない。切るぞ」
「あ…………」
端に見えたセルジオに反応したミカだったが、話し掛ける事も出来ずに通信が切れ眉を下げた。
忙しそうなセルジオに話し掛けたとしても、きっと杜撰に見られ終わる事くらい分かっていたのだが、やはり悲しいものがあった。
そんなミカに珍しく反応しなかったアウローラは、家の前で作り出した庭の土を見に行った。
アリステアが言ったように、マール公国にシロアリは訪れなかった。
ドラムストから動くシロアリの行動範囲から外れていたマール公国は庭に一切の被害は無かったのだが、マール公国は他国からの輸入により食料事情がギリギリ安定している国である。
だが、その近隣諸国はシロアリによって庭は広範囲に汚染された。
「………………ミカ、アリステア様から言われていた庭の改善、今すぐ取り掛からなくては私達も餓死してしまうわ」
「…………餓死……そんなまさか」
「笑い事ではありませんよ!世は大飢饉になります……備蓄と共に、早急な改善が必要です」
そんな危機的状況についていけないミカは乾いた笑みを浮かべるだけだった。




