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閑話 寄り添って欲しい時間


「アシュリニア……かぁ」


 真っ黒なワンピースを脱ぎ、入浴を終えた芽依はポスリとソファに座った。

 丸テーブルにはシュワシュワと炭酸が爽やかな音を立てるワインと、オツマミのチーズが置いてある。

 その向かいには、白のシャツの腕を丁寧に巻くったセルジオが長い足を組んで座っていた。


「………………どうした、急に呼んで」


「どうもしないですよ……ただ、ちょっと甘えたくなっただけです」


「甘える?……メディトーク達じゃなくてか?」


「違います……言えばあの人達は私をドロドロに甘やかしてくれるだろうけど……今は寄り添って側にいて貰いたいんです」


 甘やかすでもなく、静かに寄り添って貰いたい。

 芽依の中で、明確にではないがこの人にはどれくらい寄りかかっていいのか、どうやって甘えていいのかを把握しつつある。

 その中でセルジオは、甘やかして欲しいけど全て寄りかかるのではなく寄り添ってもらいたい人になってきていた。

 どんな時も静かに話を聞き答えをくれる。

 そして、辛い時も寄り添ってくれる人。

 良く芽依を見てくれる人。

 常に傍にいるのでは無いけれど、大切な人に変わりは無い人。


「…………まあいい」


 微妙な顔をしつつも頷きチーズを口にする。

 そして芽依を見た。

 アメジストの様な紫色の瞳が黒縁メガネの奥から芽依を射抜く。


「………………まだ濡れているな」


 パチリと指を鳴らすと、髪がふわりと揺れ湿っていた髪を乾かした。

 入浴後の濡れた髪で異性を自室に招き入れるのは一夜を共にするお誘いになるこの世界。

 だが、魔術を使えない芽依の為に、訪問の度に髪を乾かしてくれるセルジオ。

 お母さん感満載ではあるが、立派な男性である。

 深いため息を吐き出してしまうのも仕方がないだろう。


「ありがとうございます……セルジオさん」


「なんだ?」


「大飢饉……?が終わったら皆でお出かけとか行きませんか」


「…………出かける?」


 酒を口に含んだセルジオは、眉を寄せて芽依を見る。

 

「アリステア様達もメディさん達も皆で。私達、仕事での繋がりが大半でプライベートを一緒に過ごしたことないんですよ」


「…………まあ、そうだな」


「お仕事が忙しいのは分かりるのですけど……たまにはどうかなと……」


「…………調整が出来たらな」


 まだまだこれから先の事。

 シロアリ被害が落ち着かない今、計画を立てる気は芽依にもない。

 ただ、そんな楽しみを夢見て頑張っても良いのではと、思ったのだ。

 

「……楽しみですね」


「どうだかな」 


 ふっ……と笑ったセルジオは髪をかきあげる。

 いつも隠される紫の瞳が芽依を捉えると、ゆっくり立ち上がり頬に口付けを落とした。


「………………はい?」


「移民の民であるお前が死ぬ可能性はあった……良く生きてたな」


 くしゃりと頭を撫でられた芽依は、またじんわりと涙を貯める。


「やめてくださいよ、やっと落ち着いてきたんですから…………」


 セルジオは涙を人差し指で優しく拭うと、ギュッと抱きしめた。


「側にいて守れない歯がゆさは堪らないな……メイに何が起きているのかすらわからないのだから」


「………………死ぬと思いました。皆が喰われるのを見て、女王蟻に捕まって死ぬんだと……今生きているのが奇跡のようです」


「争い事は何時でも起きるし、巻き込まれる。死の恐怖を人間は抱きやすいから……怖かったな」


「………………はい、はい……怖かった」


 ポロポロと枯れない涙を流してセルジオの肩に額を押し当てる。

 沢山泣いたし、甘やかされた。

 それが過ぎ去り心が少し穏やかになった今、こうして怖かった心ごと寄り添って貰いたかった。

 静かに受け止めてくれるから、芽依は甘えてしまう。


 アシュリニアの祝詞のように、悲しみを抱えて飛散してくれる気がしてしまうのだ。


「………………領民の皆さんも、私と同じように抱えた悲しみや苦しみとかを上手く消化出来たら良いですね」


「出来るだろう、その為のアシュリニアだし、祝詞があるんだ」


「………………そうですね」



 カシュベルから響くアリステア達の祝詞は、ドラムスト領地に作られた祭壇に届き、ガヤやシャリダン、ペントランにしっかりと届いているらしい。

 実際に催事が行われたのはカシュベルだが、アシュリニアはドラムスト全てで行われた事に相当する。

 領民全員の悲しみや苦しみ、憤りは祝詞によって消化されるのだが、その際ドラムストの上空を祝詞によって輝くドーム状になり大気中に飛散されたのだった。






 

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