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女王蟻の跡地


 芽依が繰り出したごぼうという新たな新兵器は、大根と同じく自我があるようで、かなり好戦的なごぼう様らしい。

 腹を必死に守るシロアリの女王は、凄まじい速さで槍のように突き、時には植物の蔓で女王蟻を拘束して、まるでいたぶるようにブルンブルンと身ををくねらせ楽しそうだ。

 その瞬間を見逃さず攻撃態勢に入る騎士たちをごぼう様は威嚇し、ごぼう様無双を続ける紳士的な大根様と違って血気盛んらしい。


 これ以上の栄養補給は難しいと感じたのか女王蟻は数を減らした隊長蟻と兵隊蟻を連れて、大事な子がいる腹を守りながら庭から一目散に逃げ帰って行った。

 なおも追いかけようとする激しめごぼう様を、紳士な大根が場外ホームランをしてやっと静まり返り、庭の平穏が帰ってきたと、芽依は力無く座り込んだのだった。













 パチン!!


 それは、やっと落ち着いた庭で起きた突然の事だった。

 頬に走った痛みに手を当てながら、真っ赤な顔で芽依を叩いたメロディアを見ると、怒りに染った顔をしていた。

 怒っていた、とても。

 かと思ったら、すぐに大粒の涙を流した。


「………………メロディアさん」


「バカ!バカバカバカ!!なんて危ない真似をするの!このおバカ!!」


「え、でもユキヒラさんが……」


「ええわかってるわ!ユキヒラが危なかった事!ユキヒラが死んだら私生きていけない、自信もって言えるわ!でもだからって、貴方が変わっていいわけじゃないのよ!私と同じ悲しみや苦しみを皆にさせる所だったのよ!!」


 指を指した先にはフェンネル達がいた。

 呆然と佇むハストゥーレに、泣き崩れるフェンネル。

 芽依のすぐ隣には疲れた様子のメディトークが芽依を見下ろしていた。


「…………だって……」


「だってじゃないの!貴方は彼らにとって唯一無二なのよ!貴方を守る為に彼らは居るのだし、貴方がいないと生きていけない存在になっているの!少なからずあの二人は!奴隷紋を嬉しそうに体に刻んでいるあの二人には貴方が居なくてはいけないのよ!だから、必死に守っていたでしょ!?それを自分から危険に飛び込むなんて愚の骨頂だわ!!戦えないなら大人しく守られなさいよ!!」


「…………あ」


 必死になって守ってくれていたフェンネルは泣き崩れ、意識が遠のいた芽依を温めてくれたハストゥーレは体の力が抜けたように佇んでいる。

 いつもそばに居てくれる理解者となったメディトークは芽依の危機を目の前で見て脱力していた。

 離れた場所には青ざめたブランシェットも地面に座り込んでしまっている。


「私だって貴方を気に入っているの……移民の民だからじゃなくて貴方だから気に入ってるのよ。無闇に命を散らすような事しないで!じゃないと……私もユキヒラも、自分の事を許せなくなるわ……ユキヒラを助けてくれたのはとても、とても!感謝してるわ……でも、貴方の無事も大切な事よ」


「ご………………ごめんなさい……私……」


『メイ』


「はい!」


『お前のユキヒラを守りたい気持ちも分かるがな、俺らは何よりもお前という存在を大切にしてきたんだ。それはわかってんだろ』


「………………うん、わかってる」


『なら、2度はねぇぞ。次したらてめぇは魔術の鎖に繋いでどこにも行かせねぇ。わかったな』


「ヤンデ…………いや、わかりました。ごめんなさい」


 あの時、ユキヒラを助けられなかったら確実に喰われていただろう。

 その選択に後悔はないが、芽依は、自分で自分を守れるほど強くは無い。

 あの突然変異の大根や、ごぼうも、芽依の意思で出ては来ても芽依の意思で動かないのだ。


 事実、あの時大根は芽依よりもミチルを優先したし、ごぼうは戦闘狂になっていた。

 守ってくれるフェンネル達の状況も鑑みずに自分の意思で動いて、その尻拭いも出来ない。


 メロディアにギュッと抱きしめられ震えた手が芽依を包む。


「………………ごめん、ごめんね僕のせいで」


「ユキヒラさんのせいじゃないから。無事でよかった……でも、周りに迷惑かけちゃったのは、私が悪かったなぁ……」


『俺も、守りきれなくて……悪かったよ』


 切れた頬を優しく撫でたメディトークを見上げて小さく笑った。


 そして、しゃがみこみ泣きじゃくるフェンネルと立ち尽くすハストゥーレを見た。

 ブランシェットは安心したように笑ってから他の仕事に向かったので、芽依はメディトークと共にフェンネル達の元へと向う。


「ハス君」


「………………ご主人様……」


「怖い思いさせてごめんね、守ってくれてありがとう」


「…………ご主人様……守れなくてごめんなさい……ごめんなさい…………」


 やっと泣き出したハストゥーレはヒックヒックと静かに涙を流した。

 瞼に着く涙が次第に大きくなり大粒の涙を流すのだ。

 両手で顔を覆い泣くハストゥーレを優しく撫でると、まるで祈るかのようにその手を両手で握ったハストゥーレが額に付ける。

 そして芽依は座り込んで泣くフェンネルを見た。

 頭を地面に付けて泣くフェンネル、芽依の恐怖に反応して心臓も強い痛みを受けたのだろう。


「……………………私こそ、不安にさせてごめんね」


 ハストゥーレの手を強く握り締めて目の前にあるハストゥーレの頭に頬を寄せた。


 顔を上げ、涙に濡れた目が芽依を捉える。


「ご主人様を失うのは……とても、怖いのです……」


「うん」


 ハストゥーレの頭を抱きしめ撫でてから、フェンネルの前に膝を着いた。

 心臓の痛みに胸を抑えていたのだろう、芽依がフェンネルの濡れている頬に手を当てると体を起こしたフェンネルの胸元にはきつくシワが寄っていた。


「………………フェンネルさん」


「メイちゃん…………お願い、無理しないで……君に死んで欲しくないんだ。僕、メイちゃんが死んじゃったら生きていけないよ……メイちゃんのいない世界で今更……生きていけない」


 透明な涙がハラハラと落ちる。

 涙が地面に落ちる度にキィン……と音を鳴らして虹色の氷花が咲き、割れていく。

 特に高価なフェンネルの涙から生まれる氷花に息を飲む数人の人外者や騎士達だったが、髪が崩れ服がはだけているフェンネルから溢れ出すフェロモンに、直ぐに顔を逸らした。

 魂が抜き取られそうだ。


 脇腹から流れていた血液は既に止血されたようで止まってはいるが、薄いシャツを着ていたフェンネルのわき腹は血で染っている。

 わき腹に手を当てて撫でると、その手をフェンネルに抑えられた。


「………………汚れちゃう」


「そんなのいいの。ごめんね、私のせいで怪我をさせた。私のせいで怖い思いをさせた。主人として、安心させてあげられなかった」


「………………そういう所だよ……」


 芽依の肩に頭を乗せて力無く寄りかかるフェンネルをギュッと抱きしめた。


「…………僕の隣にずっといてよ、君は笑ってるだけでいいから」


「…………………」


 泣きながらじっと見てくるフェンネルにへにゃりと眉を下げる。


『………………はぁ、とりあえずシロアリはこれで大丈夫だろ』


 ポンと芽依の頭に足を置き寄りかかるメディトーク。

 ズン……と重みが増し、ぐぇ……と潰れたカエルの様な声が出たが、終わったのか、と芽依は息を吐き出した。

 




 

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