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シロアリ到来


 会議を行っているその時、来ると予想されていたシロアリはまだ巣穴の中に引きこもり地面から少しずつ吸収している栄養を蓄えていた。

 前回から100年は軽く経過しているシロアリである。

 土から取る栄養は既に足りず栄養失調状態であった。

 空腹は抑えきれず、元は丸々と太っていたはずの胴体も今ではぺちゃんことなっている。


 ドラムストから遠く離れた場所に巨大な巣穴を作るシロアリの女王は雄叫びを上げて地面を震わせ地鳴りを起こした。

 バリバリと地が割れ、その隙間から兵隊蟻が1匹、1匹、と溢れるように出てくる。

 その地方にある貝殻を引き詰めて作られた白やピンク、薄青の広い道は一瞬で兵隊蟻に埋め尽くされガリガリと噛む音を立てる。


 その表れ方はまるで、あの封筒からぞろぞろと溢れてきた時のように道の割れ目から溢れていて、すぐ近くの街の警備兵はまるで白波の様だと話していた。

 

 美しい貝殻の道は見るも無惨に食い尽くされ欠片さえ残されてはいなかった。

 貝に付着していた川底の土を狙い食らいついたようなのだが、警備兵は勿論わからずぞわりと体を震わせる。


 街からかなり離れた場所であるため、この黒い波がなんなのか警備兵には分からないのだが、物凄いスピードで街に来ているのだけは理解出来た。

 夕闇にせまる時間帯に街に響く警報が地獄の始まりとなったのだった。





「………………だいたい、いいかなぁ」


 会議が終わったあと、芽依達はすぐさま庭に引き返した。

 庭の設備を整えるのだが、それ以上にあの場に居たくなかったのが1番の理由だろう。

 アリステアは申し訳なさそうにしてはいたが、言い訳はしなかった。

 彼は領主なのだ。1人の意見より多数の命を守るのも彼の大切な仕事。

 分かっているからこそ、小さく笑みを返しただけで静かに離れたのだった。


 そして2日がたち、シロアリ対策の強化をしていると、ピンポーンと気の抜ける訪問の知らせを受けた。

 芽依は静かに出入口を見ると直ぐにメディトークが対応してくれた。

 そのまま新しく出来た作物の収穫をしていた芽依は箱庭を出し備蓄部屋のある空間へと一人移動した。


 豊かな作物が実り青々と茂っている庭。

 その土は湿り気がありあのやせ細った土はここには無い。

 土を好む害獣であるシロアリはこの場所を見つけられないのか分からないが、今の所なんの変化も見られていないのだ。

 一応アリステアに頼みこちらの庭での害獣対策に必要な物も一式用意して貰い薬の散布やシロアリよけのネット、嫌いな香りのお香を炊くなど対応は昨日のうちに終わらせた。


「ここの被害はどうなるんだろうな」


 向こうには無い栗などの木の実や、ニアの好きなぶどうも多く育てているのだが、何よりじゃがいもの量が尋常では無い。

 ないよりは絶対いいのは確かだが、飽きそうだな……と思わず考えてしまう。

 

 後に芽依はこの時の自分を殴ってやりたいと思うのだが、今まだ食糧危機とはいえ食べ物に困らない芽依には軽い考えしか出来なかった。





 小さな地響きを感じたのは翌日の早朝の事だった。

 前日メディトークが対応した人物は領主館に居る騎士の1人で、どうやらシロアリの行進情報が国から届いたとの事だった。

 まだかなり遠いのだが、既に大きめの街の庭は壊滅状態で、対処ができなかったその街の移民の民は、守ろうとした伴侶ごと総勢16人の犠牲が出たとの事だった。


 小さな村や街を飲み込み栄養を蓄えるシロアリは確実にスピードを早めながら進軍している様だ。

 まだ離れているにも関わず眠る芽依が振動を感じるくらい強く、早くなっている。


 まだ辺りは暗いが起き上がる芽依は体に感じる振動が不安を煽る。

 暖かいはずなのに寒気を感じる違和感を抱きながらも、用意されている服に袖を通した。

 萌葱色のセパレートで、珍しくガウチョパンツだった。

 珍しい色の服を選んだなぁ……と思いながら、鮮やかな萌葱色のズボンを触り、同じ色のパーカーのような上着を着る。

 中は白の無地で、伸縮する生地が動きを遮ることなくスムーズに腕を動かすことが出来そうだ。


「…………メイ」


「セルジオさん、おはようございます」


 寝室から出ると、デニッシュと紅茶を用意しているセルジオが芽依を見る。


「……ああ、おはよう。ここに座れ」


 椅子を示したセルジオに従い静かに座ると、以前より格段に柔らかく手触りの良くなった髪を後ろから持ち上げられた。

 そして首筋に優しく暖かな口付けが落とされる。


「ん!?」


 ちょうどパンを千切り1口食べたところだった為、濁った声が出てきたのだが、セルジオは気にせず芽依の首に腕を巻き緩く抱きしめた。


「………………今日にでもシロアリがドラムストに到着するだろうと知らせが入った。庭は時間が掛かるがいくらでも再生する。だが、お前はそうではない。………………いいか、必ず生き残れよ。決して死ぬな、死んだら許さないからな」


「………………難しいことを言われました。出来る限り邪魔にならないように頑張って生き残ります……私だって死にたくないですからね」


「………………ああ、また落ち着いたら酒を飲むぞ」


「美味しお酒……準備しましょうね」


 あの会議でも、アリステアは勿論セルジオやシャルドネ、ブランシェットは芽依の怒りを知っていても寄り添うことはなかった。

 立場の違い、庭を作るのに特価した芽依達と国からの目線で動かなくては行けないアリステア達。

 

 セルジオだって、シャルドネ達だってあの時の芽依を痛々しく見ていたのだ。

 表だって芽依を庇うと、それだけ亀裂を産む。

 さらにこの非常時である。


 セルジオは仕方なく芽依から顔を逸らした事で、なかなか部屋に訪れることは無かった。

 変わらず身の回りの世話を気付かれないようにしていただけ。

 だが、このシロアリ到来にいてもたっても居られなくなったセルジオは、静かに芽依の部屋へとやってきたのだった。

 それは悲しみか、贖罪か。はたまたこの先の不安にか。

 珍しく芽依に触れたいと、セルジオは素直に行動を移した。









「メイちゃん!」


 庭にやってきた芽依を見つけたフェンネルが一目散に走りよってきた。

 一拍遅れてハストゥーレも駆け出し、美しい緑の髪が靡いている。

 既に数人の移民の民とその伴侶は芽依の庭に来ていて、予想よりも広い庭に目を丸くしていた。


 当初言われていたように、フェンネルの庭に移民の民を集めて伴侶たちや短期契約した人外者、領主館の人々や騎士が集まり護衛をしている。

 芽依は今まで見た事の無い自分の庭の雰囲気に息を吐き出す。


 まるで別の場所のようだ。

 たった4人ではあるが、様々な幻獣の鳴き声が響き時には悲鳴が聞こえるなか、甘い香りや爽やかな香りを感じながら皆で作業するこの庭が。

 知らない人達が無遠慮に野菜を植えている庭を踏み荒らしている。

 仕方ないのは分かるが、危ないと家畜にしている幻獣も避難させているから余計に殺伐とした雰囲気をしているのだ。


「………………2人とも、今日からシロアリが居なくなるまで、よろしくね」


「大丈夫、絶対守ってみせるから。安心してね」


「ご主人様、メディトーク様とフェンネル様と貴方を守ります。ですから、暫く堪えて下さい」


 2人の見目麗しい奴隷達に手を握られる芽依は微笑んだ。

 そんな芽依を羨ましい……と見る沢山の目を感じながらもまだ見ぬ恐怖にそれ程の危機感を感じていなかった。


 数分後、最後の1組メロディアとユキヒラが到着した。

 ギリギリまで庭の守備を厚くしていた2人は芽依の庭を始めて見て顔をひきつらせる。


「……………………いや、広すぎ!」


「これは2日に一回のカテリーデンを可能にする理由が分かるわね……でも、いくらなんでも料理とかも入れて4人は難しいのではないかしら……」


 既に収穫を終わらせ残っているのは成長途中のものや、はげ山と化した痩せた土だけなのだが、さすが庭持ち、理解が早い。


 気楽に話してはいるが、足元からくる振動にメロディアのユキヒラを掴む手に力が入る。

 そんな手を握り返したユキヒラは、にこりと笑った。


「ちゃんと生きて帰ろう。庭の復興しないとね」


「……………………そうね」


 弱々しく笑ったメロディアは不安を押し殺して移民の民が集まるフェンネルの庭に向かっていった。

 守るものを集めて分散させない作戦らしいのだが、それは逆に言えば入れ食いにもなりかねない。

 それを考えながら芽依もフェンネルの冷たい土がある庭へと向かったのだった。



 ズシン……ズシン……ズズズ………………

 振動が響き立ってられないほどになったのは正午になるかならないかの時間だった。

 ドラムストの一番端、ガヤとシャリダンを同時にシロアリが飲み込む勢いで襲いかかったのだった。







 

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