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ユアエニイの完全証明  作者: 砂ノ隼
1章
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第3話:サンドタワー

 ざあ、と寄せては、さあ、と返す波。

 俺たち以外の何ものもいない、白い砂の浜辺。だが、その白い砂の輝きは、アヤの白さに比べたらくすんでいるように見えてしまう。


 「……ここの砂浜、来たことなかったんだよね」


 確かに、と思い返してみる。俺の記憶でも、ここに来た覚えはない。

 ゆるやかな海風が、アヤの髪を揺らしている。


 「アヤが行こうって言わなければわざわざ来る場所でもないだろう」

 「それもそうか。人工的に埋めた砂でリゾート気分を醸し出そうとしたのだろうが明らかに失敗している謎の空間だしね。何でこんな場所があるんだろう?」


 なおさら来る理由がなくなる言い方である。

 ……確かに謎の空間ではあるのだが。さして広いわけでもなく、ここから海に泳ぎにいくには……おそらくワクワク感と呼ばれるものが足りない。かといって砂場には広すぎる、何とも評価し難い悲しみの砂浜である。


 「何で来ようと思ったんだ?」

 「そうだなあ……」


 ざあ、と寄せては、さあ、と返す波。

 俺たちの日々を彩るものが会話なら、その会話がなくなった一瞬はアヤがいなくなったような感覚すら覚える。視界を動かせば、アヤはちゃんとそこにいて、いつも通り指先を顎に当てながら、答えを紡いでいるというのに。


 ちょうど1分が経った頃、アヤは口を開いた。


 「ひみつ」


 秘密、か。


 「秘密なら仕方ないな」

 「理解の早い同居人で助かるよ」


 しばらく俺たちは、波が寄せては返す様をぼんやりと眺め続けていた。

 時折アヤの方を見れば、遥か遠くを見つめていることが分かる。


 視線の先を見やれば、そこには何もなく……いや、こういう場合は水平線の向こうというやつを見ているのだろうか。



 水平線の向こう。それは別の国だとか、別の世界だとか、そういうものを暗に示す言葉。

 こういう時にアヤが何を見ているのかは、俺には分からない。だって、水平線の向こうのことなんて考えたって、意味がないだろう?そこにアヤはいないのに。アヤは隣にいて、それだけが全てなのに。


 でも、こういうことを言うとアヤは決まって笑うのだ。


 『いいと思うよ、そういうの』と。


 ……いいのなら、いいんだろうけど。そう言う時のアヤからは、時折表情が欠けている。何を考えているのかが分からなくて……いや、元からよく分からないか。


 アヤは、おそらく何を考えているか分からない方の人間だ。単純かと思えば複雑で、無邪気に見えてタチが悪い。そんな彼が、世間からズレていることは理解しているつもりだ。しかし、俺から見ればただの気ままで好奇心旺盛で寂しがり屋な一人の人間でしかない。俺は、そんな彼のことを分かっている方、だと思う。

 だから隣にいられるのかな。こんなことを聞いてもアヤははぐらかして答えてくれないから、俺なりにずっと考えていることでもある。


 でも、いつか聞けたらいいな。なあ、アヤ。お前はどう思ってるんだ?


 問いかけるでもなく、アヤに視線を戻すと……そこにもうアヤはいなかった。

……どこに行った?


 すぐに見つかりはした。波打ち際の近くに座り込んでいる。何かあったのか!?と慌てて駆け寄ると……


 「何作ってるんだ?」


 何かを作っていた。ぺたぺたと泥をこねている。砂の城?山?何だ、何、これは、なに……?


 「そもそも、海を見るのは……?」

 「飽きちゃった。どの角度から見ても海は海だし、視界の占有率があがったところで大した海でもないし。そもそも波の動きって変化がなくてつまらないよね。前触れなく水柱があがったら面白いけど」


 前触れなく水柱があがるのはかなり良くないんじゃないか?ていうか……


 「海に大したも何もあるか」

 「大西洋。太平洋はレギュレーション違反かな?」

 「確かに……?うん、たしかに……?」


 さっきまでの自負があっさりと吹き飛んだ。やっぱり分からないことが多いな。でも、分からないなりに隣にいるというのも大事なことなんじゃないか。人間関係は相互理解努力、だ。



 「日本語の話者としては、大西洋ではなく太平洋を大きな海と表現したいところはあるんだけど、太平洋ほどの大きさになると、それはもう大きいかどうかなんて関係がないのかもしれないね……ビッグな人間は自分がビッグであることをひけらかさないのと同じように……」

 「そういうものか?ていうか何の話だ?」

 「大いなるものは大いなるものであるからして、より大いなるものしか見えてないということさ」

 「そういう話だったか……?」


 アヤが口で謎の理論をこねている間にも、指先は泥をこねている。

 会話をしながらの並行作業なのに、指先の動作は決して鈍ることはなく、てきぱきと泥を組み合わせ続けているのだ。なんかどんどんすごいものになってる。


 「なんだっけそれ。多分……バベルの塔だと思うんだけど……」


 俺は、一枚の絵を思い浮かべながら、アヤが作るものとそれを比較していた。

 ピーテル・ブリューゲル作。最も有名だと思われる、バベルの塔をモチーフにした絵画だ。


 「お、よく分かったね。有名な絵画に描かれたものを参考にして作ったワクワクバベルのドキドキタワーだよ」


 バベルの塔って、そんな軽い言葉で形容していい寓話だっただろうか……


 「崩壊と死のワクワクドキドキスリルを楽しもうってか…」

 「違うよ。バベルの塔を建設する愚かな人間とそれを滅ぼす神のどちらも体験できる、大変にお得なパックツアーだね」

 「何を言ってるんだ何を」


 何を言ってるのかはちょっと良く分からないが、喋りながらもアヤはてきぱきと塔を作っていった。

 海水と砂を混ぜて、盛って、指で削っていく。それだけのシンプルな行動がここまでのものを生み出しているのは、驚くべきことなんじゃないか。

 アヤは、手先が器用というか、俺には到底作れない手芸作品を作ることがたまにある。


 「うん、こんなものかな」


 アヤお手製のバベルの砂塔ができた。

 うーん……俺は芸術がとんと分からないが、造形の再現率という点においてはかなり得点が高いと断言できる……


 「本当に壊すのか?」

 「壊すよ。だってとっておいても意味ないし。ていうか壊すために作ったんだし」


 えいっ、と気の抜けた掛け声。アヤの一蹴りで、バベルの砂塔はあっという間に崩れ去った。しっかり固めて作っていた土台も、こだわっているように見えた細かいディティールも、全てが全て、ただの砂へ逆戻り。


 「……保存しておこうとは思わないのか?こういう特技、生かす道もあるかもしれないのに」


 アヤが壊すと決めたのなら異論はないが、それとは別に、アヤの作ったものが世に知られるのは素晴らしいことなのでは、という考えも湧いてくるのだ。


 「……もったいないと感じてくれているのかい?嬉しいけど、それは嫌だな」

 「それは、どうしてだ?」

 「所詮はただの砂だしね。僕はもったいないとは思わないし、価値があるとも思えない。どんなに素敵な形をしていたって、元が砂でしかない以上は住むことも大切にすることも叶わない」


 じゃあ、砂ではなく、模型を作るためのセットを用意した場合はどうなのか?あるいは……極端な話だが、1/1スケールのものを砂で作ったらどうなるのか。そういった質問をすることもできたかもしれない。

 しかし、その質問を俺は胸の奥にしまった。多分、アヤは今目の前で砂の塔を崩したこと自体の話をしているはずだからだ。


 「また見たくなったら作ればいいんだ。そもそも、道を見出し、技を生かすことはとても面倒だしね。わずらわしいことは考えない方がいいのさ」


 その道を仕事にして稼ぐこともできるだろうが、今は療養に専念する以上は興味がない……ということなのだろうか。


 「そういうものか」

 「そういうものなんだよ。僕の中ではね」


 ……なら、そうなのかもしれない。


 「でも、どうせ壊すなら壊すことに意味を見出したいという気持ちも、なくはない。だからバベルの塔を作ることにしたんだ」

 「壊すことに、意味を見出す……」

 「どんなものもいつかは壊れる、なくなる。絶対などない。だから意味があると信じたい……そういう考え方もあるということだね」


 喋りがてら、アヤはもう一度砂の塊を蹴り崩す。そんなに執拗に蹴ることもないだろうとは思ったが、とやかく言うものでもないので黙っておいた。


 崩れ飛んだ砂が、波にさらわれていく────


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