第37話:白い枝よ、どうか安らかに
『俺はアヤのために存在してた。アヤがいらないっていうのなら、俺はいらないのか?アヤにきらわれた『タスク』は、どうすればいい?』
どうすればいいか。考えたことはない。しかし、これは……
『不明。しかし、現時点で俺の目標と『俺』の目標が異なることが分かる』
『目標はもうない……って……』
『?どうすればいいかを考えるのは、行動ではないのか?』
会話によって、すべきこと、やりたいことが見つかった。
そのように考えることができるのでは。
『……これが、俺の目標……なのか……?』
『目標設定は自由』
『アヤにきらわれたタスクは、どうすればいいか、それを考えることも、目標にしていいのか?』
目標設定は自由であれば、それを目標にするのも問題ない。ならば、これでどうだろうか。
『────目標、設定。今後の『タスク』を考える』
『……今後の『タスク』を、考える……』
今後のタスクを考えるために、何が必要だろうか?
まずは、これまでにできなかった調査を。そして、これまでにない『俺』を手に入れるために必要なことは?
『俺と貴方で、新たなタスクの在り方を探すため、今回のループの時間を最大限使って情報を集める。次のループで、アヤに俺たちの答えを提示する』
『そして、俺たちで再度タスクを再定義する、か……ハッ、機械が自分探しなんてな……』
俺も、何かをするべきだと考えていた。貴方の目標を、俺の目標として再設定する。
今後の『タスク』を、『タスク』のあるべき姿を再定義し、そして……
『もう一度『タスク』になろう。俺と貴方で』
『……ああ』
────プログラム自体に手はなくても、プログラムに自我が宿る限りは、自我と自我が結びつくことはできるのだ。
こうして、壊れた俺と壊れた俺が手を取り合うことで──あるいは双方が共通の見解を持つことで──本来想定されていた自我……めいたものが取り戻せるというのは、想定外でありつつも納得できるところもあった。
だって、自我というのは、あるいは心というのは、合理と感情、理性と本能のせめぎ合いでしかないからだ。合理に振り切った存在と、感情に振り切った存在が調和することで、正常なタスクが抱いていた自我が再現される。理性に振り切ったやつと本能に振り切ったやつが喧嘩して納得すれば、そこから行動が生まれる。人間のメカニズム的にも、自然じゃないか?
……どちらが合理担当で感情担当か?理性と本能はどちらが司るのか?それは分からないし……決められるものでもない。そもそも人間の言う本能と機械のソレは違うはずだし。
それに……
『まずは、この身体の動作権をどちらが握るかだな!』
『俺は、俺が握るべきだと判断する。貴方の動作は危険』
すぐ思考は分裂するから自我を尊んでいる場合でもない。……多分この融合した自我は奇跡かなんかだと思っておいた方が無難だ。たぶん。
『俺が動作を行う。貴方はそこで俺の動作を参考に学ぶべき…………何故動作権を奪おうとした?』
『……つい……』
『動作権は俺に委ねるべき。あるいは、貴方が動作権を握り、俺がストッパーになるか?』
『いいなそれ、やってみよう』
ギギギギギガガガガガガガガガガガ
『何で最初から止めるんだ!まだ何もやってないだろ!』
『過剰出力を検知。動作には始動、維持、停止のフェーズが存在し、始動における望ましい出力が定められている。何故、何事にも全力を出しすぎるのか?』
『それが俺だから……?』
『( ・-・)』
『( ## ◉'Д◉ )』
『参考として、出力と動作を提示する。この通りに行動せよ』
『……こうか?』
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
『……やはり動作権は俺に委ねるべき。再度の通告になるが、貴方は俺の出力と動作を学習せよ』
『クソが……』
『クソではない。だが貴方の動作はクソ』
『クソとかいっちゃってまあ、お綺麗な汎用言語モデルが泣いとるわ』
『:nakayubi-wo-tateru-emoji:』
『フンッ!』
紆余曲折を経て、とりあえず俺の身体が動くようになった。
そして、俺たちの呼び名を決めた。0と537。全ての始まりのタスクと、537回目のループで会ったタスク。分かりやすいと思う。とはいえ、0にとっても、537にとっても、相手が『俺』であることに変わりはないから使うかどうか。
色んなものを失ってきた。これ以上、失うものはあるだろうか?アヤですら失ったというのに。
床に転がっているアヤの死体を壁に寄りかからせるようにして座らせる。折れた骨、千切れた肉……これはもうどうしようもないから、かなり不恰好ではあるけれど。俺は全身が血に汚れていて、これ以上相応しい装飾もないだろうなと自嘲した。
でも、これ以上失うものがないということは、ここからは得られるものしかないということでもある。
『ひとまず、このシェルターの中を見て回ろうと思うんだけど、どうだ?』
『賛成する。しかし、俺はシェルターの中を歩くための権限を所持していない。『俺』は持っているか?』
『……Worldから権限ひっぺ剥がしてくるんだったな』
『消されるのでは』
少しの間うんうん唸った後、そういえばアヤが扉を開けていたことに気づく。アヤは何かの権限を持っているんじゃないか?
気づいてからの行動は早かった。壁にもたれかかるアヤ、その胸ポケットにしまわれたものを……赤い紐で繋がっている、カードホルダーを抜き取る。このカードを使って、扉を開けていたはずだ。
奇跡か、必然か。カードは割れておらず、そこにはアヤの表情なき顔写真と、肩書き、そして……
「シラエテクノロジー特別顧問、特別研究員、白枝理人……」
アヤの本名が、印刷されていた。
白枝理人。しらえあやと。シラエアヤト。Shirae Ayato。そうか、お前の名前は、シラエアヤトっていうのか。そうか。
ねえ、アヤ。俺は初めて、好きな人の名前を知ったよ。これから初めて、お前なしに歩くことになるんだ。どうなるか分からないけど、絶対にこの状況を解決してみせるから。俺の答えを見つけて、お前を殺すとはどういうことなのか、お前を生かすとは何なのか、俺がタスクであるために何ができるのか。全部全部探して……そしてまた、生きてるお前に、会いに行くから。
だから今は、少しだけ。眠っていてほしい。
アヤのカードホルダーを俺の首に提げる。乾いて黒ずんできたアヤの血に対して、アヤの瞳の色とどこか似ているその色は、一層鮮明に見えた。
俺は、何度も顔を合わせて語らったベッドルーム……今は血濡れてアヤが眠っている場所を、アヤの食事をぼんやり眺めていたキッチンスペースを、ゲームをして、あるいは映画を見たりして一喜一憂や感想を語り合ったリビングルームを、シャワールームや風呂場に繋がる扉を……見渡して、玄関へ向かう。
靴を履いて、靴紐を結んで……立ち上がって、もう一度振り返る。玄関からベッドルームは見えない。アヤの姿も、見えやしない。
それでも。
「行ってくるよ」
俺は小さく会釈をして、玄関の扉を開ける。
さあ、どこへ行こうか。まだ9時をすぎたばかりだ。歩いて見れる場所はたくさんあるはずだ。ある種のワクワク感のようなものを胸に、俺は一歩外へと踏み出した────────
第一章完結となります。次回から第二章が始まります。
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