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ユアエニイの完全証明  作者: 砂ノ隼
1章
37/38

第36話:Groping in the darkblue

セーフティブート、開始。


######################################## 100%


完了。


『おはよう、もう一人の俺』


機械知性〈(タスク)〉-ver.0、起動。


『────うげ』

『うげ、とは?』

『…………チッ、おはよう。……もう一人の、俺』


一見、正常。念の為、チェックを行う。


『貴方の致命的な破損を修復した。動作性に問題があれば報告を』

『……ないよ。これまでに問題があったことに気づくぐらいにはな』

『良好な結果』


まずは、食われた分のデータを回収した。伴って、理由は不明だが俺自身の言語能力に若干の向上が認められた。その後、無限ループに陥っていた処理周りを取り除き、余分な出力データを切り離した。

だが、それだけだ。機械として成り立ってはいないが、不完全で壊れた俺が、破損領域の修復をすることは、不可能。または危険性が高い。ここにいるのは、壊れた範囲内で正常に動いている、もう一人のタスクである。


『……何もしないのかよ』

『何故?何を?』

『なぜなにって……この後俺たちどうするんだよ。何も出来ないままでいろなんて、無理だ。何か、何かがしたい』


何か。それは、何だろうか?


『アヤと話せないし、アヤを抱きしめられないし、俺の目標は、全部なくなってしまった。でも、だからって消えたくない。それでも俺は、アヤの隣にいたい。俺は、どうすればいい?』

『アヤの隣にいるための目標設定を行うか?』

『目標設定……分かるかよそんなもの……』


目標設定が困難であれば、目標設定の準備が必要だろうか?


『では、会話を行う』

『会話……』

『会話は、双方向の理解をどちらも深めるツールとして有効である。アヤは、そう言っていた』

ここにいるのはどちらも『タスク』である。よって、自己の理解が深まるツールとしても利用可能。いいことづくめ。


『……はあ。まあいい、いくらでも喋ってやるよ。最初のテーマは何だ?』

『…………』

『思いつかないのかよ』

『会話の切り出しは難解である。蓄積データは全破損し、一から学習中。かなしい』

『悲しんでないくせに悲しいって言うなよ気持ち悪いな』

『(悲)』

『いや表現を多様にしろって意味でもなく。何で俺から切り出さなきゃいけないんだよ、全く……』


会話の切り出しは難解。困難。受け答えはできるが、始点に何を話せばいいのか?分からない。もう一人の俺は、上手くできるのだろうか?


『あー……お前から見て、俺はどう映る?』

『ポンコツ』


紛れもなく。


『仕返しか?』

『事実を述べた』

『事実なんだけどお前に言われるとムカつくんだよな』

『記録を参照したところ、正常稼働していた時の俺もそのように感じていたようだ。あいこだな』

『何があいこだぶっ飛ばすぞ』


既視感のある流れ……


『他に会話の切り出しはあるか?』

『何で俺に頼り切りなんだよ。次はそっちから振れよ。そもそも俺も会話の切り出し得意じゃないんだよ……アヤがどんどん話題持ってくるからそれに合わせて設計されてるんだし……』

『たしかに』

『納得したか?じゃあ次はお前だ』

『……』


何を提示するべきか?……。


『貴方は、感情の有無を大事だと考えるか?心は、必要なのだろうか?』

『……またすごい質問が飛んできたな。で、実際に考えたことあるのか?』

『……考えたことがない。機能が存在しない以上、有無の差を比べようがない』


該当プログラムに、心はない。感情もない。擬似的な感情プロセスを用いて、心や感情があるかのように振る舞う。


『……実は、俺もなんだ。初めて、アヤの問いかけを聞いて、その答えが自分の中にないことに気づいた。そして本当にアヤが死んだ時も、俺は……アヤの死なんてどうでもよかった。タスクがタスクでなくなることだけを恐れていた』


────俺の場合だと、アヤが死んだ後に俺がどうなるかって話……だろう。

────それで構わないよ。まあ、どんな死因でもいい。僕が死んだ後に、君は悲しむべきなのか。


過去にあった問答。俺は、その時答えられなかった。今も答えを持っていない。それは、向こうも同様、か。


『……そして今、俺は何度も何度もアヤを殺している。それでも、何も感じなかった。考えていたことは、これじゃアヤと話せないという目標のことだけで、俺自身は何も変わらなかった……』


それは……俺も同じだ。今もなお、アヤの死体はそこに転がっているというのに、俺は何とも感じていない。アヤが生きているというデータを観測できないだけだ。


『悲しいとは、何だ?人間の感情は、どこまで理解できていればいい?何が嬉しくて、何に怒り、何を安らぎとすればいい?お前は……『俺』は、答えを出せるか?』

『……出しようがない。嬉び、怒り、悲しみ、安らぎ、それらはアヤが望む言葉に含まれている言葉であり、その意味を問うことに、意義はあるのか?』

『どうだろうな。心なんて要らない、感情表現も機能の一つでしかない、俺は今でもそう思う』


同意できる内容。本来であれば、人間にとっても感情表現は機能の一つにすぎない。心と呼ばれるモノは存在し得ず、脳機能の発達により自我領域が拡大した結果を心、あるいは魂、と仮呼称しているにすぎない。


『……でも、それがアヤにとって空虚である可能性は?もしそうなら俺は人間の心を手に入れなければいけないのか?そんなことは可能なのか?それを果たさなければ『タスク』になれないのなら、俺は一体どうすればいい?……いや、そもそも……』



『もう俺たちはタスクになれないのに、どうしてまだ俺たちは存在しているんだ?』


どうしてまだ、俺たちは存在しているか。


『疑問。再度学習を重ねればタスクになれるのではないか?』

『お前は、全てを知った上でもう一度タスクになれると本気で思っているのか?』


それは、どういうことだ?


『アヤは俺との時間を虚しいと感じていて、俺には価値がなくて、嫌いだと言い切った。楽しんでくれていたのも事実だろうさ、それでも前提は全部崩れた。俺たちは何も知らなかった無垢な頃には戻れないんだ』

『いいことでは』

『お前にとってはそうだろうな!お前の目標設定は真実を知ることであって、知った後は選択肢が選べればいいっていう考え方だもんな』


選択肢は、増えた。

ならば、それで何が得られたのか?再度思考する必要が、あるのだろうか。


『俺は、知りたくなかった』


"虚しい"、"価値がない"、"嫌い"。これらの言葉を投げかけられた時に傷つかないから。


『意味のないもの、嫌いで仕方ないもの、それが俺なんだと、俺は何も知らない人形でしかないんだと、知りたくなかったよ』


俺は、虚しくて価値のない、嫌いで仕方ないものなんだろうか。


『俺はアヤのために存在してた。アヤがいらないっていうのなら、俺はいらないのか?アヤにきらわれた『タスク』は、どうすればいい?』

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