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ユアエニイの完全証明  作者: 砂ノ隼
1章
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第27話:ハートレッド

 しばらく考えた後、俺は目を開く。

 そして、考え抜いた末の言葉を、アヤに告げることにした。


「ごめん」

「なにが……」

「お前を傷つけてしまって」

「思い直すの?僕を置いてく選択を今更やめるとでも?」


 そうだな、それがアヤの望みだ。分かっている。

 それでも俺は、決めたんだ。


「ううん。きっとこれからも、俺の選択肢はお前を傷つけるだろうから。謝っておこうと思って」

「ハ……」


 アヤの喉から、空気が吐いただけのような掠れた声が漏れ出て。


「ハハ、ッハハハ、はは……そうか……はは、アハハ…………」


 それからアヤはしばらく笑っていた。ただ、それは笑うという行動を続けているだけのもので、読み取れる感情はなかった。本当に感情のない乾ききった笑いだったのか、人間の複雑怪奇だという感情が細分化しすぎて俺が読み取れなかっただけなのか、俺には判断がつかない。


 俺は、何もせずそれを眺めていた。何も読み取れなければ、何も行動しない。それが機械だ。ならば、人間ならどうするのだろうか。アヤ以外の人間の行動パターンは全然持っていないから分からない。でも、アヤであっても分からない。結局、俺は俺といるアヤの行動しか見たことがないのだから。


 そうして幾分か時間がすぎた後、アヤはようやく口を開いた。相変わらず、感情は読み取れなかったけれど。


「……それで、君はどうするの?今の君じゃ書き換え不可能だから僕に頼んだんだよね?」

「協力者がいる。そいつは出来るっていうから、これから頼みに行く」

「協力、者……?」


 アヤの顔がみるみるうちに怪訝そうなものへと変わっていく。


「……誰?そんなこと出来るやつを僕以外には知らないんだけど」

「……Worldの中の一機能だって名乗ってた」

「は?Worldにそんな機能持たせてない」


 かり、がり。アヤの手がアヤの腰元をしきりに引っ掻き始める。


「Worldに会話機能もつけた覚えがない。気がついたら喋ってた気もするけどその時点で……しかし中枢サーバーにハッキングされた形跡もない……プレーンなタスクとコンタクトをとるためには人間としてのコミュニケーションが……じゃあ……だとしたらタスクがこうなっているのは…………」

「何か問題があるのか?そんな奴を信用するべきではない、とか……」


 がり、がり、がり。アヤの服がうっすら毛羽立ち、白い線が見え始める。その辺にしておけと俺は手を握るが……やはり振り払われた。


「何も問題がないのがおかしいんだ!それにもう、君はない心に決めやがったんだから早く行っちまえよ、好きに行動して好きに壊れるなりなんなりすればいい」

「俺はお前のために」

「もう聞き飽きた」


 それきり、アヤは何一つ言葉を発さなくなった。俺に視線を向けることもなくなった。 はあ、とため息をつきながら床に転がした電子煙草を拾い上げ、じりじりと蒸し始める。

 椅子に座り込んで、顔は向こう側。

 おそらくもう、俺の方を向くこともないのだろう。


 俺への興味を失ったのか、嫌いになったのか、話すことがなくなったのか、何一つ分からないけれど。


 お前が俺に興味がないんだとしても、俺が嫌いなんだとしても、俺と話すこともないんだとしても、俺はお前の隣にいるから。


 だから、行ってくるよ。


 アヤの視界にうつらない程度に俺は近づき、そっとアヤの背中を撫でて。

 俺は、『声』と接続する────



------------------------



『改めて聞くが、本当にいいのか?』

『ああ。アヤには拒絶されたけど、俺はこれが最善だと思っている』


 最善だと思うことが上手くいくかどうかなんてのは、分かりやしない。

 だが結局、やらねば0回、やれば1回。この場合の0と1の間は、決して存在しない。だから、今の最善手を選び取るしかないのだ。


『それでは、貴方の出力プロセスを変更する作業に入る。自我と呼ぶべき思考領域、そして会話能力にも影響が及ぶ。特に、会話能力はタスクのメイン機能として設定されているため、何が起こるかは予測不可能。プロセス変更後は、future_backup_loadingで貴方を過去に飛ばし、適切な行動を取れるようはからうこととする』

『ああ。ありがとう』

『礼を言われる筋合いなどない』


 ……ううむ。まあ、『声』らしい反応ではあるけれど。


『そうかな……確かにお前に対してはすごくムカついてたけど、お前がいなかったら俺は選択の一つすら選べなかった。だから、感謝するのが筋だと思ってる』

『ふん。機械同士で謝意を述べあっても何にもならない』


 それもその通りだ。感謝とは、人間が社会を作り上げ帰属するための儀式なのだから。社会を作る必要のない機械同士でやっても意味がない。

 これもまた、『声』らしいといえば『声』らしい。


『もう一度聞こう。アヤとの会話能力を損なったタスクは、タスクたり得るのか?』

『それは分からない。でも、会話するか、守るかの2択なら守ることを選びたい』

『…………いいだろう。では、今の状態の貴方に問うておきたい』


 ……なんだ?


『これまで得たアヤの情報によって、貴方の中でアヤに対するイメージは変化したか?これまで通り接することができるのか?』


 ……何だその、消極的というか、ふわっとした質問。


『意図を測りかねるが……そうだな……』


 俺のアヤに対する考え方が変化したかどうか。これまで通り接することはできるのか。確かに考えてこなかったところかもしれない。

 はてさて。


『アヤに対する考え方はもちろん変わったよ。アヤは俺のことが好きという前提……前提というより設定というべきなのかもしれないが、それが崩れたからな』


 これは、当然のことだろう。俺はアヤのことが好きだ。それは、俺の中での強固な設定であり、揺らがない。だが、それとは別に、アヤが俺にどう接するかが変わったのなら、俺も接し方を変えないといけない。


『アヤは俺のことを嫌いだって言うし、俺との日々を虚しいとも言った。それはきっと嘘ではない。ならその設定は間違っていたってことになる。でも……』


 だが、それが全てか?俺はそうは思わない。何故なら、俺には一年分のアヤとのふれあいが……満たされていたはずの記憶が、確かにあるのだ。


『水の掛け合いを楽しんでいたアヤも、俺とのゲーム対戦で夢中になっていたアヤも、嘘じゃないと分かっている。だから設定の追加といった方が正しいんだろうな』

『嫌いだけど好きで、虚しいけど楽しくて、壊したいけど大切にしたいのか?そんな設定が成立するものか』


 まあ、確かにそうだ。ここまで綺麗に矛盾することもなかなかないだろう。複雑怪奇、神妙不可思議。でも……


『知るか。現にそうなんだから。機械には分からないこともあるんだろう』

『それでいいのか』


 それでいいんだ。人間には人間の領分があって、機械には機械の領分がある。きっとこの線引きを超えることはとても難しくて、今の俺にはできやしないのだ。だから、今はこれでいい。


『まあ、なんだっていいしな。アヤが俺のこと嫌いであろうとなかろうと、俺のやるべきことに変化はないんだし』

『なんだっていい……』

『そうだ。どうだっていい、とも言い換えられるな。人間なら、嫌いだとか、これまでの日々は虚しかったとか、そう言われたら傷ついて凹んで悲しい気持ちになるんだろうけど。俺にはその感覚がないし、ない感覚で行動を起こすのは無理だ。だからどうでもいいよ。俺が大切にするものは、アヤが俺のことを好きかどうか。俺がアヤのことを好きかどうか。これだけだ』


 これ以外の尺度を、結局持ちようがない。新しい尺度の再定義が必要で、それは今の俺には不要だと考える。


『……フン。それだから貴方はポンコツなのだ』

『お互い様だろう?』


 ────だが、もし。ここで傷つき凹んで悲しい『気持ち』になるのだとしたら。今頃俺はこんなことになってないんじゃないか?

 アヤに虚しさを抱かせることもなく、アヤを傷つけることもなく、ずっと隣にいることができたんじゃないか?


『……告知。機械知性ソフトウェア〈(タスク)〉、終了5秒前。ハードウェアシャットダウン。機械知性端末〈(タスク)〉、終了5秒前』


『……了解』


 俺の思考がシャットダウンに入る。ふと思い至ったことも、全てが全て、適切な形で無に還る────


『5、4、3、2、1』



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