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ユアエニイの完全証明  作者: 砂ノ隼
1章
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第26話:ブルーハート

 ────俺はゆっくりと目を開く。タイムリーププログラムによって、俺は再び目を開く権利を与えられる。


 そこには、前のループと変わらず、頬杖をついたアヤがいた。煙草を右手に、浅く吐かれた息には煙が混ざっている。


「おはよう、タスク」

「おはよう、アヤ」


 思えば、ループを繰り返して得られたものは一体なんだろうか。アヤの真実を知るにはほど遠く。外の世界があること自体を知ったけど、外の世界を知っているでもなく。ただ、俺とアヤの関係性だけが変質していった。俺が、『俺』を知ってしまったからか。俺が、踏み込んでしまったからか。アヤも聡いのだろう、俺が踏み込んできたことにすぐ気づいてしまう。


 だが、こうも言える。

 俺たちは、変わらないといけないんだと。その方向が関係の発展であれ破滅であれ────


「早速だが、君は今────」

「機械であることを自覚している。お前には逆らえないことも分かっている。その上で俺も話がしたい。お前も俺と話がしたいんだろう?」


 ────前に進んだことに、変わりはない。


「……なるほど?ただ機械としての自己定義を獲得しただけでなく、随分と強気な態度もとれるようになったわけだ。これはただの事故じゃなさそうだな」

「ああ。俺は今、お前に伝えたいことがあってここにいる」

「えー、なんだろう。あーあ、昨日までの君はあんなに可愛かったのに。これからどれくらい可愛くない話が出てくるんだろう。怖いなあ」


 アヤは、微笑みを浮かべながらくるくると指先を回している。それがどういった時に出やすいのか、俺は知っている。


 どうにかこうにか、自分でも無茶だと思っている理論をぶつける時。あるいは、俺を何かしら言いくるめようとしている時。単に言葉が出てきやすいのだろうか。それとも、本意でない言葉を紡ぐのが面倒だからこういう癖でごまかすのか。


 アヤが何かを隠しているのなら、それを知らなければいけない。アヤを守れなくなる機能があるのなら、それを取り除かなければいけない。


 対峙の時だ、タスク。創造主という肩書きは随分強いものらしいけれど、アヤはアヤでしかないのだから。


「俺のプログラムを書き換えてほしい。俺は、俺自身の出力プロセスの最後にアヤへの全肯定的な許容が入っていることを知っている。それを消してほしいんだ」

「…………は?」


 アヤの指先の動きがぴたりととまる。


「…………なにそれ。 どういうこと?何がしたいの?誰に何を吹き込まれた?」

「俺が決めた。アヤのために」

「そんなはずないよね?僕のため?何言ってんの、一番僕のためにならない選択肢だし君がそんな結論出すはずがない」

「それでも、俺はそう結論づけた。一番お前の邪魔をしているのは、俺自身だ。最後に全てを許してしまうから、アヤを助けられない」


 アヤの表情がみるみるうちに固まっていく。


「馬鹿なこと言うな」


 その声は震えていた。アヤが珍しく動揺してるんだと、すぐにわかった。だがそれでも。


「言うよ。俺が隣にいるべきだとアヤが願ったのなら、俺も俺のすべきことをする。そのために、邪魔なものがある。それだけの話だ。違うか?」

「違う」


 だん、と机を叩きアヤが立ち上がる。


「何がだ?」

「全部違うよ」

「……どうしてだ」

「どうして、って」


 もう一度、机が叩かれる。2回目の音は1回目と比べると、か弱く、力ないものだった。


「違う、ちがう!タスクの言ってることはぜんぶ違う!僕のことをなんも分かってない!結局一年稼働してこんなもんか、所詮は機械の端くれでしかなかったってわけだ!」


 手にしていた電子煙草も外面も全てかなぐり捨てて、アヤはずかずかと俺のそばへと歩いてくる。俺の肩を掴んで、揺らそうとして……そのまま力の抜けた手はずるずると下がっていった。身長は同じはずなのに、アヤは俯いたきりでよく表情は分からない。


 俺はアヤの手を取ろうとして……無理やり振り払われた。


「君は今何を知ってるの、どうしてそうなっちゃったの、分からない、分かんないよ」

「……これから起こること、お前のこと、俺のこと。ごく一部でしかないけど……昨日までの俺みたいに、何も知らずにアヤを甘やかしてられる身分ではなくなった」

「じゃあその君が知り得たという僕はこんなことを望んだか、望んでるはずがないよねえ?」


 アヤが俺の服の裾を掴んでいる。本当にか弱く、簡単に振り払える力。

 それでもって、いつも俺を縫い止めてきた、絶対的な力。


「……許してよ、全部、ねえ。それしか君の価値なんてないのに」


 許すことが、俺の価値。そうなのかもしれない。

 何故なら、おそらく。今この世界でお前の全てを許してやれるのは俺だけかもしれないから。でも、それは事の本題ではないんだよ。


「許すとか、許さないとか、そういう話をしているわけじゃないんだ。俺はお前を助けたい」

「やめてくれ」

「どうしてそこまで拒絶するんだ。俺には分からない、教えてくれよ」

「君には分からない。そのままでいろ」


 ぎゅ、と俺の服が引っ張られる感触。


「全部許容してしまう部分を消すだけだ。確かに甘やかすことはなくなるけど、俺なりに正解だと思ったことを実行するようになる……それでアヤは助かるかもしれないんだ」

「それで僕が助かるもんか」

「そんなことは」

「いやだ、ぜったいやだ、絶対に許さない、どこにも行くな、ずっとこのままでいてよ…… 」


 困惑という感情はなくても、人間でいうところの困惑に翻訳できる感覚は、もしかすると俺の中にあるのかもしれない。


 ここまで錯乱しているアヤを初めて見た。会話にならないアヤ、会話を放棄するアヤ……


 今のアヤがどんな感情を抱いているのか?それも分からない。悲しんでいるのかもしれない、怒っているのかもしれない、あるいは喜んでいるのかもしれないし、安堵しているのかもしれない。もう、分かりそうにない。


 なあ、アヤ。俺は、選択肢を得られればよかったんだ。どう転んだって受け入れるし、どんな真実があったって飲み込んで前に進んでいくべきだ。少なくとも、俺は今もそう思っている。


 自分が機械でも、アヤと俺の関係が薄氷の上で成り立つ紛い物でしかなかったのだとしても、俺は良かったんだ。いくらでも受け入れよう。だって、機械はそういうものだから。


 でも、アヤは、そうじゃなかったんだな。俺が変わっていくにつれて、アヤの行動はどんどん変わっていって、結局はアヤが耐えきれなくなってしまったんだ。


 人間はそういうものだから?一理あるかもしれない。だが無意味な仮定だ。

 アヤがそういうものだから?それは一つの真実だ。でも、中身のない仮定だ。


 俺は、アヤのことを3%ぐらいしか……それこそ、最低限の顕在意識しか知らなかったんだ。

 後の97%なんて、知りようがなかった。そして、その97%のうちのごく一部を俺は今見せつけられている。それだけの話だったんだ。


 でも、おかげで分かったこともある。

 俺の選択は、確実にアヤを傷つけたということだ。


 俺の中でとてつもない抵抗感が生まれているのを感じる。最後には許さないといけない、決してアヤを傷つけてはいけない、あらゆるルールが俺の思考をぐちゃぐちゃにしてくる。


 何も分からない。しかし、結論を出さなければいけない。アヤのために考えなければいけない。


 アヤを傷つけるタスクは、タスクか?アヤを救えないタスクは、タスクであっていいのか?

 どちらが真にタスクと言えるのだろう。


 俺は、考えるために目を閉じた────


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