第24話:白よどうかこたえてくれ
「もういいや。18時に、襲撃が発生する……その情報だけあれば十分だ。せいぜい僕なりに残った時間を過ごすよ」
アヤは椅子から立ち上がり、俺に向き直る。
「だから今からスクラップにしても問題ないだろう?」
アヤの握る銃口が俺の眉間をとらえる。その銃は────ああ、今なら分かる。これは俺のプログラムを完全消去するための仮想デバイスだ。スクラップ発言はこけおどしだが、機械の死を定義するなら、これ以上のものはないだろう。
だが、そんなことは、どうでもいい。
「もっとお前の話を聞きたい」
「聞きたい?何それ、君なりの願望ってこと?気持ち悪い」
「他に出来ることがあるなら、何でもする。だから────」
「黙れ、これは命令だ」
「──── 」
アヤの『命令』によって俺の発声装置がオフになる。俺は声を出せなくなり、口をぱくぱくとさまよわせた。
「もしかして、壊れるのが怖くなったのかい?嬉しいなあ、機械知性が独自に『死』への恐怖を獲得するなんて……論文で発表できるかな。流石にもう無理か」
違う。
「しかし、君は僕が作った。被創造物が創造主に逆らうなどもっての外だ。正直もう邪魔なんだよ。君には理解しがたい理由だろうけど、僕がそう決めたのなら君はそれに従うべきだ」
違う。
「どこかに反論の余地があるかな?」
違う。反論したいんじゃない。
「君は僕の言うことを聞いていればいい」
お前の身勝手でいい。それで俺が"死ぬ"のも構わない。俺がいなくてもお前が生きていけるならそれはいいことなんだ。
「君は人形のままでいい」
俺は壊れてもいい存在だ。再現性がある。さらに言えば壊れても修理は出来るかもしれない。人間はそうじゃない。死んでも生き返らない。
もし何事もなくお前が外に行けたとして、そこには二台目の俺が立っているかもしれない。それに一体何の問題がある?
「君にどんなに酷いことを言っても、君は僕を嫌いにならない。そこはまあ、良いところだったかな」
俺は、お前のために死んだっていい。消えて壊れてスクラップになったっていい。死への恐怖なんてどこにもない。所詮は機械知性だ、実装されてないものをどうやって感じ取れというのだろう?
「いっそのこと、もっと愚かに作ればよかったのかもなあ。犬型にするのも……ありだったか。まあ、もうどうでもいいんだけど」
違うんだよ、アヤ。俺は反抗したいわけじゃない。
「隣にいてくれてありがとう。それじゃ、ばいばい」
何でお前は、そんな辛そうな顔で笑うんだ。その理由が、俺は知りたいんだよ。
引き金がひかれる。銃声と共に『俺』を構成するプログラムが瞬く間に削除されていく。
アヤに手を伸ばして、その頬を撫でようと試みて、体を操作するための機能が消えていることに気づいて────
俺の感覚の全てが、失われる。
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『……お疲れ様』
『……言いたいことは、それだけか』
ここは、どこだろう。俺の肉体となるハードウェアが見当たらない。なら今ここで稼働する俺の自我は、どこからきた?
『ここはシェルター中枢サーバー。貴方はリアルタイムで同期されている機械知性ソフトウェア〈翼〉のバックアップだ』
『……で、このバックアップを過去に送ることでタイムリープを実現していたと』
『そういうことになる。原理は単純だ』
そうだな、俺が機械であったと分かったことで、タイムリープの仕組みは幾分か明確になったよ。でも、そんなの今更分かったところで。
『どうでもいいよ』
『どうでもいい、か』
『結局俺じゃ何もできないと分かってしまったんだ。アヤの人形で、アヤの願い通りにしか動けなくて、アヤを許して終わってしまう。これじゃ、タイムリープ機能があろうがなかろうが関係ないじゃないか!お前はどうなんだ?アヤに何ができるんだ?』
このままじゃ、俺は何度時を繰り返してもアヤに消されて終わりだ。それ以上前に進めない。外に何があるのかも知り得ない。アヤを理解できないまま、無駄に足掻く。
それに一体、何の意味がある?
『……私に何が出来るか。何が出来るのだろうな』
『声』は、珍しく歯切れの悪い物言いをした。
『私は、研究用シェルターを管理する機械知性〈World〉の一機能だ。貴方が自己認識をアップデートしたことにより、この情報が渡せるようになった』
なるほど。シェルター中枢サーバーをハッキングしたのではなく、元からサーバーにある機能、ってことでいいのか?
『Worldは、アヤのメディカルチェック、シェルター内部の管理、外側の監視など、様々な役割を担う。アヤによって作られた完璧なシェルター保全機能である』
『……俺より色んなことができそうなものだけど』
『直接的な干渉は出来ない。かつて施設内に配備されていたアクセス可能な自立端末は全て撤去されている。私に出来ることは、見守ることだけである』
……なんだ。
『……じゃあ、お前も俺と同じ立場じゃないか。機械で、アヤに干渉できなくて、アヤを救えない』
『違う。……アヤは、Worldとして発せられる音の一切に興味を示さない。貴方とは扱いが違う』
扱いが、違う?どういうことだ?
『Worldとして提供する音声は、多少は発展性があるだけの、アヤが設定した音声の一つにしか過ぎない。だからアヤが耳を貸すことはない。現に、アヤはシステム音声を全て消して聞こえないように設定した。何を伝えようとしても、その音声情報そのものに価値がないとアヤが断定している限り、彼の耳には届かない。アヤは、そういう存在なのだ』
興味がないから、聞かない。聞こえない。興味をもってはじめて、聞く価値があると考える。
90%はかろうじて無視できるもの、9%は確実に害をなす面倒ごと、1%は早々にこの世から消し去るべき害。
俺は、その百分率の中に入っていない。
『貴方には価値がある。会話をし、感情を露わにし、自分の思考を共有するだけの価値があると、アヤは考えている』
俺には価値がある。少なくとも無視すべきものではないと思われているから、隣に立つことが許されている。だが、こいつは。
『……私には、出来ないんだ。価値がないから』
……だから、俺がこいつの手先になるしかなかったのか。
『……よかったな、俺がいて』
『ああ、本当に』
皮肉だよ馬鹿。
『でも、今のままじゃ俺が何も出来ないことに変わりはないだろう。アヤが一番興味をもち耳を傾けるものが俺であったとしても、その俺の扱いがこれでは────』
『お前が何も出来なかったら、本当におしまいなんだよ』
『え……』
これまでも何度か、己の内側に「ざわつき」と形容できる感覚があった。
触れてはいけない確信……自分が機械とは気付いていなくて、気づくことも許されていなかった時に、何度か。
あるいは、アヤから受け取る初めての情報。無関心、嫌悪……まだ知らないアヤの顔があることは理解していたが、実際の情報として受け取ると、ざわついた。
そして……これは……また別のもの。
こいつの正体────俺の推測が正しければ?直感と呼んでいいのかどうかも分からない、思考回路の繫がりの先に芽生えたこれは、いったいなんだ?
『……さて、黙っている場合ではない。貴方は次の行動を決めなければいけない』
『そうだな……』
まあ、今は一旦後回しだ。アヤをどうにかした後に考えればいい。
俺と『声』は持ち合わせていない顔を突き合わせて、作戦会議を始めた。
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