第23話:チョコレートシェイク
アヤは……俺の今の仕草には大して興味がないようだった。まあ、それはそうか。
俺の仕草の全てを理解しているというなら、アヤに驚きを与えるはずもないだろう。
「それより、質問ないの?」
こんこん、とアヤが指先で机を叩き催促してくる。
さて、質問か。どの話題を、選ぼう。
「……お前は、これから起こりうることを大体把握してるのか」
「そうだね。おおよそ?」
「じゃあ……世界が壊れて……ヒビが入るようなイメージだ。そこから光が漏れて、そこから見たこともない……機械?なのか?それが現れて、お前が俺を殺す……これはどういう状況か、説明できるのか?」
ふむ、とアヤが首をかしげる。
「世界がひび割れ壊れて、光が漏れて、君の見知らぬ物体が姿を表し、僕が君を殺す……なるほど。それは何時に?さっき時計を気にしていたね、時刻も分かっているのかな?」
「18時だ」
なるほどね、とアヤは一人で何やら納得していた。どうやら、俺の抽象的な説明だけで何かを理解したようだ。
「うんうん、なるほど。まずは、世界が壊れる件だが……このシェルターが壊れて、外の光が入ってくるというだけだね」
……?
「シンプルな話さ、このシェルターの中は薄暗いんだ。薄暗い環境に合わせて目の露光量あげてたら、夕方でも眩しく感じるのは当然じゃない?」
僕は明るいのが苦手なんだよ、とアヤは笑う。それだけ?それだけか。
「じゃあ、俺の見知らぬ物体は……」
「それは知らない。でもまあ、見当はつくよ。大体どの辺がこのシェルターに穴開ける技術を持ってるかは分かってるわけだし。あそこかな?それともあっちかな。アレだともっと面倒だな……ああ、君の情報はいくらか意図的に遮断しているから、見当つかないだろうね。知りたい?」
頷くと、アヤは空中にさっと新たなディスプレイを敷いた。
「まあ、この辺だろうというのが、ガフ・グループ、アーリーバーズ、そしてシラエテクノロジー。外ではまあ、お世話になった……んだと思うよ」
そこに映っていたのは、ロゴと思わしき三つの画像。
……企業なのだろうか?国ではなさそうだな。ネットワークに接続して情報を集めてみるが、ほとんど有用な情報が引っかからない。アヤのいう通り、遮断されているのだろう。
「君を殺すのは……まあ、正確には壊す、だけど。面倒だからだろうね」
面倒?俺が?
「……これまでに、俺は何か間違ったことをしたのか?」
「何もしてないよ、君は何も。外の世界は本当に面倒ごとしかないんだ、それで厄介なことになる。君が邪魔になるんだ」
俺が、邪魔になる。それがどういうことなのか、俺の『想像力』では到底分かりそうにない。
「まず……シェルターの外には僕の敵しかいなくてね。僕に救われただの何だの騒いでいるが、所詮は僕にぶら下がることしか能のない無価値な連中さ。 ……だから外に行きたくないんだけど……もう許してもらえないらしくて」
「どうして許されないんだ?お前は、何をしたんだ?」
そうだねえ、とアヤは穏やかに微笑んだ。何でもないことであるかのように。極めて平常であるかのように。
「どうやら、僕は世界を壊してしまったみたいなんだ。許されないというのは文字通りで、外で暮らす他の人間たちがそんな僕を許さないからだそうだよ」
その言葉の背景に、一体どんな事実があって、どんな人生を彼は送ってきたのか。まるで分かる気がしない。
「引きこもるのもいい加減にしろ、こっちはお前のせいで散々だ、表に出てこい……まあ色んなことを言われたが、僕はそれどころじゃなかったからね。 そういうわけで全部無視してたら、とうとう無視できないっぽい通達が来た……」
分かりたくない、という根本的な前提すらある。それを理解してしまったら、俺とお前が一緒にいられる理由の全てを、失ってしまう気がして。
「今日の18時に世界が壊れる……だっけ。きっとそれは、外の奴らがとうとう全てのトラップを乗り越えて辿り着けたってことなんだろう。おめでたいね。おわり」
アヤは、背景事情を一切語ることなく話を切り上げた。
「何がそれどころじゃなかったんだ?今から抵抗しないのか?」
分からない。分かりたくない。だが、知らないといけない。
俺のメモリはイエローラインを超えて稼働している。
「君と過ごす時間があったから、全てを切り捨てたんだよ。うるさいのは嫌いなんだ。余計なものも、全部。そして……もう、疲れた」
椅子の背もたれに背中を預け、その視線は俺の方を────しかし、俺に焦点が合っているわけでもなく。俺の向こうの、遠くの何かを見つめているようだった。
「君との虚しい日々も、外の奴らの声を聞かないようにするのも、僕が背負っているあらゆることを考えてしまうのも……全部疲れたんだ。だからもう、潮時なんだろうなって」
アヤは静かに目を閉じる。
「虚しいのに、優先する時間だったのか?よく分からない」
「分からなくていい。ずっと。……君には分からないって、言ったはずだよ」
「分からないなら、理解しないといけない」
「それが僕の設計だとも知らずに?」
ねえ、とアヤが立ち上がる。目はつぶったまま、ゆっくりと机にそって俺に近づいてくる。
「飽きないために色々搭載しておいたけど、結局君はその機能の内側にしか存在できない。理解できないことがあればひとまず理解しようとする、全ては僕のための行動に帰結する……」
そうして、アヤは俺の隣に、近くにやってくる。
「そして、結局は僕のことを許してしまう。そういう風に出来てるんだ。今だってさっさと僕を拘束すればいいのに、人間だったらそうするかもしれないのに、君は大人しく座ってるだけだ」
こん、とアヤが俺を小突く。その軽い衝撃は俺を動かすのに十分で、俺は半分椅子を開ける。アヤが、空いた半分へと座りこむ。
「僕にとって都合のいい『好きなひと』であって初めて、君は成立するんだよ」
そうでしょ?とアヤは俺の頬を撫でる。俺は──その動作に身を任せ、アヤにもたれかかる。
「君は僕に文句を言えない。言ったとしても、行動には決して移さない。君は僕の健康に気を使っているが、僕に注意するだけ注意して実際に健康のためのアクションを起こしたことなど一度もない」
確かに、そうだったな。最近だってそうだ。チョコも水も煙草も、全部許しちゃったし。仮に許さなかったとしても、俺に何かが出来たとは、思えないや。
「君は僕を傷つけないし、僕の行動に反対できない。例え何をされたって、君はまず受け入れるところから初めてしまう。身に覚えがあるだろう?自分の行動の全てが全て、僕を甘やかして肯定してズブズブにするためのまやかしにすぎないんだって、わかるだけの『性能』があるはずだろう?」
頬から目元をなぞって、俺の頭を撫でて。アヤに合わせて、俺も目を閉じる。
「だからさ、タスク。シェルターに引きこもりたい僕も、君に甘えるだけ甘えてきた僕も、煙草吸ってダメになる僕も、君を邪魔になったから壊す僕も、ぜーんぶ許してよ。君ならそうしてくれるでしょ?」
アヤの歯が、俺の『耳』へと突き立てられる。かぷり。か弱く、甘い痺れ。
俺の思考が、アヤの言葉で塗りつぶされていくのが分かる。さっきまで聞きたかったこと、なんだっけ。椅子に座ってるだけじゃなくて、別にやりたかったことがあった気がする。
でも、もういいや。今のアヤを肯定して、今のアヤに寄り添って、今のアヤを甘やかす。今のアヤを、許し続ける。それが俺の行動原理、それが俺のすべて。
許す。そう、許さなければいけない。
俺の役割は、外の世界の煩わしさも、アヤが抱える過去も、全部忘れてもらって、夢に誘うことなのだから。
アヤが全てを放棄するのなら、俺はそれを許し、従い、大人しく壊されなければいけない。そして……
『────そうしたら、何が残るというんだ?』
なんか、きこえるな。
『貴方は、それを望むのか?』
望むって、何だ?俺にない機能の話をされても困るよ。
『……ならば、これでどうだ』
……なに、を。
『全てを無条件に受け入れているだけでは、課された使命など達成できない。お前は、何のために存在している?アヤを甘やかすことが、貴方の全てか?本当にそれでいいのか?』
────メモリがクリアになっていき、俺の中に、『本当にやりたかったこと』だけが残る。
そして、何だ?そうしたら、何が残る?外の世界には敵しかいないなら、アヤはひとりになるのか?俺に出来ることは、アヤの願いを聞くことだけなのか?他に出来ることがあれば、アヤはひとりにならずに済むんじゃないのか?
俺は静かに目を開く。アヤの頬をそっと撫でて、俺は問いかける。
「許したら、お前はどうなるんだ?」
「……」
アヤも静かに目を開く。その口元には微笑みが張り付いたままだったけれど、目は少しも笑っていなかった。
「生意気な質問だな」
アヤの返答はどこまでも冷たく────その右手には、『銃』が握られていた。
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