第22話:マシーナリーブルー
「ふう……まあいい。互いに理解できない感覚をぶつけ合っていても不毛なだけだ。次は僕から質問しようか」
アヤが両手の指先を合わせて座り直す。
「本当に侵入者の正体を知らないの?」
言いながらアヤは、電子煙草とは別のポケットから手袋を取り出してはめて────アヤの瞳に似て綺麗な赤をしていた────手先で空中を撫で……そこに空中ディスプレイを出す。
そこには、あらゆる俺のステータスが並べられていた。各部位の稼働率、電力消費量、メモリ消費量……
本当にアヤが俺の作者なのだと実感する。
さて、問題はアヤの質問についてだ。ううむ。
あのムカつく声が侵入者なのかどうか?それすら俺には分からないから、本当にどう答えるべきものか……
自分の中の、『声』と会話した時の感覚────つまりアクセス記録から、『声』の居場所を探ってみる。
『どうなんだ?素性明かせるのか?』
声を送ってみたものの、何も返ってこない。
「なるほど、シェルター中枢サーバーにアクセスして何も応答がなかったと」
アヤは空中ディスプレイを操作しながら眉をひそめる。聞き慣れない単語だ。
「……シェルター中枢サーバーって、何だ?」
「このシェルターに関係する色んなものが集まってる場所。……中枢サーバーにハッキングかけられるやつって誰だよ……まったく……中身見てみるか……」
「……」
アヤは空中ディスプレイをあれやこれやと配置変えしながら、シェルター中枢サーバーとやらの中身を確認するための準備をしている。
ひょっとして、マズイことをしたのでは?シェルター中枢サーバー、ということはつまり何かしらのサーバーなわけだけど、そこにいるというあいつはつまり、サーバーにおける異物。異物は排除されるのがよくある流れで……あいつのことは……そこまで無事じゃなくていいけど……ていうか殴られろとは思っているけど……まあ……声しかないものを殴りようがないんだけど……タイムリープの方がちょっと心配だ。今はあれを頼りにここまで来ているのだから。
「次は、俺からの質問でいいか」
そういうわけで、俺から質問を投げかけることでちょっとでもアヤの意識を逸らす作戦に出る。
「うん、どうぞ?」
「ここはどこなんだ?」
前回のループでは、結局ここがどこなのか分からず、脱出経路を構築できなかった。現在地の情報は必要だ。
「難しい質問だな。何?と聞かれたら、シェルターと答えるしかないけれど」
シェルター……避難所にしてはあらゆる施設が揃ってないか?少なくとも、シェルターの中に海やら港やら家まで揃ってるケースを俺は知らない。俺のサーチしうる避難所の情報が古いのだろうか。それとも、アヤが便宜上の呼称としてシェルターと呼んでいるだけの別の施設か……
「どこと聞かれると……トウキョウ……じゃなくて名前変わったんだっけ……なんだっけ……まあいいや、なんかその辺から……ちょっと東の方……?」
えらくふわっとした回答だった。
「何で分からないんだ」
「……設計、全部他人に投げたしどこに作るかも一任したんだ。だから興味なくて……」
……なんというか、まあ。
「……だから覚えてないと……」
アヤらしいといえば、アヤらしい。
「いいじゃないか別に!興味ないもんはないんだから!」
「悪いとは言ってないだろう」
「……むぅ」
拗ねた……
アヤが無言でディスプレイをスワイプし続ける。次はアヤの質問の番だと思って待ち続けていると、アヤはゆるく首を傾げた。
「……何、この無言」
「え、お前の質問待ちだけど」
アヤが大きくため息を吐く。
「……僕からの質問はもうないよ。後は好きに聞くといい」
その視線は俺に向けられてはいなくて、ずっとディスプレイへと落とされたままだった。
「ないのか?聞きたいこと。俺なりに色々考えてみるけど……」
アヤの指先の動きが止まる。視線は落ちたまま、指先も机へと。机の上でかり、かり、と苛立たしげに────今なら彼の感情を少しは読み取れる気がした。これは、怒りだ。
「あったら逆におかしくない?僕は君の製作者だ、君以上に君のことを知っている。製造年月日、ハードウェア性能、思考アルゴリズム、学習とアップデートの方針……どの単語、どの表情、どの状況に応じて君が言葉を選び、行動を起こすのか」
よく見ると、手袋の人差し指の先だけがやけに傷だらけで。どれほどこの手袋で机を引っ掻いたのか、どれほど……アヤがその怒りや苛立ちを人差し指一本の先に乗せていたのか。
「大体全部分かるんだ。ああ、今君は僕用に構築したコミュニケーションデータベースを参照して、僕の突き放す態度に応じて歩み寄る姿勢が必要と判断し、そして僕が好みそうな優しい言葉を選び発するべきだと結論づけたのだな、とか」
だが、俺は推測はできても、同情はできない。アヤが苛立ちと共に手袋の指先をダメにしていることは分かっても、苛立ちを受け入れて優しい言葉をかけることはできても……今アヤが抱えている苛立ちの理由を俺は知らないのだ。ならば────
「『俺なりに考えてみる』……うん、いい言葉だ。僕が欲しい言葉の筆頭だよ。考えてくれる人は好きだけど、君の考えは僕の想像の域を出ない。だから意味ないよ」
アヤの言葉が、俺のストレージへと蓄積されていく。
────なるほど。確かに、意味はないのかもしれない。俺は、アヤの隣にいても、アヤにとって意味のある存在ではなかったのかもしれない。
そうか、と納得する。納得する以外の道がないから、納得することにする。
本当の人間だったら、ここで悲しみや怒りを表明するのだろうか。そんな無意味な仮定を考えながら、俺はわずかに俯いた。
俯いたところで、機械だから何の意味も、ありはしないのに。それが人間の同情を誘う仕草だと分かっているから、やるだけで。その本質を理解することは出来やしないというのに。
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