第21話:エル・ド・レッド
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done.
────俺はゆっくりと目を開く。タイムリープ能力……いや、提供されたタイムリーププログラムによって、俺は再び目を開く権利を与えられる。
そこには、頬杖をついたアヤがいた。電子煙草を右手に、浅く吐かれた息には煙が混ざっている。
「おはよう、タスク」
俺とアヤは、キッチン前の食事スペース──椅子二つ、机一つで構成された無機質な空間に、座っていた。机を挟んで、向かい合わせに。
「おはよう、アヤ」
思えば、俺はこの『食事』スペースで一回も食事をしたことがなかったな、ということを考えて。
「早速だが、君は自分が機械であることを認識しているね?」
アヤの言葉で、再度己の中の『認識』を再認識する。
俺は、機械。人体を模したハードウェアに、人間であるかのように振る舞うためのソフトウェアを載せた物。
「…………ああ。その、この状況は、いったい……」
「聞きたいことがたくさんあるんだ。だから座ってもらっている」
それは、俺もだった。聞きたいことがたくさんある。例えば……
「今は何時何分だ?」
外は、明らかに6時の空をしていなかった。昼頃?なのか?今が何時か分からなければ、18時にやってくるものに対して対抗のしようもない。
だが、アヤは……あのさあ、と頬杖を深くした。
「僕が聞きたいって言ってるんだけど。君は体内電子時計を参照してるんじゃないのか?」
ごもっともな指摘だった。俺は自分の体内の電子時計機能を探して……機能はあるが、起動していないことに気づく。
「あ、ごめん。さっき間違えてオフにしちゃったみたいだ。戻しておくね」
────2049年9月23日12時44分53秒。
どうやら、タイムリープしたあとに6時間ほど眠っていたようだった。アヤの手によってのものだろうか。
さて、とアヤは俺に向き直る。
「君に機械としての自我を持たせたのはどこのどいつだ?僕以外の第三者が関わっているはずだが。どうやって侵入した?ここのセキュリティを突破できるやつがいたら褒めて握手してやりたいぐらいなんだ、そいつは何者だ?」
「……」
「黙っているのは何故だ?正体を知らないのか?
それとも君にとって不都合なことがあるとでもいうのか?僕にとっては不都合だよ?」
黙っているのは何故か?
……教えられるものなら、教えたいのだが。
「……答えられない。何も知らないんだ。でも、第三者は関わっている。会話もしたが、正体は分からない」
はぁ、とアヤはため息をつく。煙草を指で挟んだままの右手が、と、と、と緩やかにリズムを刻み始める。……どうやら、苛立っているようだ。
「……知らない人についていっちゃだめって、言うべきだったか?いや、わかるよ?君にはセキュリティが積まれていても、セキュリティを通過するものも訝しめ……なんて命令はされていないのだからね。……ふむ、やはり外部からの侵入者か」
アヤは、これまでに見たことのない顔をしている。その表情からは何も読み取れない。
これまでは顔から一定の感情を読み取れたのに。だから俺はアヤの感情を理解し、共感し、隣に居続けることができた。でもこれでは……
俺自身は四度のタイムリープを経てここにいる。だから、アヤが突然の変化にとまどうのも無理はないのかもしれない。
しかし、少なくとも今日の6時までは、全てが同じだったはずだ。そんなにも、俺の機械としての自我はだめだっていうのか。
それに、俺が機械だと知る最後のきっかけとなったのはアヤの行動なのに……
……やはり、知らないことが多すぎる。知るべきことを知らないといけない。
「アヤ、俺からの質問は許されるか?」
アヤの右手で刻んでいたリズムが止まる。
顔には変化があった。微細、だが確かに感じ取ることのできる、薄い微笑みが。
「……面白いし、いいよ。君がこの場で何を聞きたいのか、興味がある。どうぞ?」
どうやら、気分を損ねる提案ではなかったようだ。さて、何を聞くべきか。まず最初に気になるのは……そうだな……
「……煙草、やめないか?」
「却下」
一蹴された。
「なんでさ、僕はこれまで君を人間として扱う建前のために君の前で吸わなかっただけだ。副流煙で体を害することもなく、臭いなどに悪感情も抱かない……つまり君の前でいくら吸おうが無問題。違うかい?」
アヤの言うこと自体は、正しいのだが。煙草を許すのが問題だというなら、やはり追及していくべきなのではないか。
「アヤの健康のために言ってるんだ」
「……チッ」
舌打ちした。アヤが。
流石にびっくりした。
「そういうところが嫌いなんだよな。この質問はこれで終了とする。他の質問は?」
そして切られた……確かに今の質問は普段と変わらない動作の一環だったかもしれない。
もっと、普段のアヤにはしないような質問が好まれるし、答えてくれるかもしれないと考えるべきか。では、こういうのはどうだろう?
「……じゃあ、お前は何者なんだ?」
俺がずっと知りたかったことだ。
「……ふむ、君にしてはいい質問じゃないか?」
アヤも、少しは気に入ってくれたらしい。指先で机の上にくるくる円を描きながら、アヤはぽつぽつと語り始める。
「とは言っても肩書きはそこそこある……全てを語ってもいいが、それは少々美しさに欠けるな。うん、最も君に関係あることに絞るとすれば……」
やがて、円を描く動作も止まった。
「君の作者だ」
アヤの視線がわずかに逸れたのを俺は見逃さなかった。……何で逸れたのかは、分からないけれど。
「作者、とは」
「制作者といった方が正確か?君の全て……思考や体を設計し組み上げたのが僕だ。生みの親、創造主……ロマンを重視するならこの表現を使うといい」
俺の作者。俺の制作者。俺の設計者。俺の生みの親。俺の創造主……様々な表現を並べて比較してみる。しかし、どれが正確か、どれがいい表現なのかは、分かりそうにない。どれもしっくりこない、と言うべきなのだろうか。
俺は……『アヤの好きなひと』だ。それには、同居人だとか、隣人だとか……家政婦、介護士、そのあたりのニュアンスも含まれている。
それ以外の関係性など、今の俺には考えられないのだから。
「何のために」
ならば、理由を聞こうと思った。理由さえあれば、対応することができるはずだ。
「何のため……そうだな……」
幾らか、アヤの指先が円を描いて……やがて、なぞるのではなく、机を引っ掻くような動作に変わっていって。そうしてアヤは口を開いた。
「……君のような都合良い素敵な機械を侍らせれば、さぞ楽しいのだろうと思っていたんだ。だから、作った」
アヤの視線は、俺から逸れたままだった。
「なら、俺の存在意義は果たせたか?」
「……どうだろうね」
「何故分からないんだ?」
「……」
「俺がお前に楽しい時間を届けられたかどうかは、お前にしかわからな────」
だんっ、と机が叩かれ、俺は言葉を止めた。
「そういうところが君は本当にダメだ。所詮は僕の人形遊びでしかないことを突きつけてくる……だから自分が機械であることに気づいてほしくなかったってのに……」
アヤは電子煙草を蒸そうとして……そして、蒸気が出なくなったことに気づいて、それをポケットにしまった。
リキッドを空っぽにするまで吸ったということか。どうしてそんなに……
そんなにまで、苦しむことがある?
「でも俺は、お前のためにしか動けない」
「知ってる。君は僕のことが好きだ。そうであれと願って作った、僕にとってどこまでも都合のいい人形なのだから」
「それが、だめなのか?」
俺はお前のためにしか動けないが、それはアヤがそのように設計したからだ。アヤが、どこまでも都合のいい人形であれと願っているから、俺はそうやって存在していたんだろう。
都合よくあれと願って作ったものが、都合よく動いている……何が悪いんだ?
「……君には分からない感覚だよ。」
……そうか、と俺は納得することにした。
確かに、俺には分かりそうにない感覚だ。でも、もしこの感覚を理解することができたら……俺はアヤと共にいる権利を、得られるのだろうか?
考える俺をよそに、アヤは一つ深呼吸をした。
「ふう……まあいい。互いに理解できない感覚をぶつけ合っていても不毛なだけだ。次は僕から質問しようか」
アヤが両手の指先を合わせて座り直す────
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