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ユアエニイの完全証明  作者: 砂ノ隼
1章
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第16話:ホワイトフォギングラス

 『なんだあのハグは。許されるものではない』

 『何でお前まで怒ってるんだ』


 アヤが、さっぱりしたいからという理由でシャワールームに飛び込んだ後。

他にやることがないので洗濯物を干していたら突然「声」に絡まれた。怖すぎる。元から意味わからん上にムカつくのにさらに意味不明になるなよ……


 『怒っている?何故。私は怒りを表明しない。アヤがあれだけ不機嫌になる行為を、私は許容しない』

 『いや怒ってるだろうそれ……』

 『そして何だあのしりとりは。馬鹿なのか?』

 『それは申し開きのしようがないけど!いいじゃないか別に!』


 気づいたことがある。この謎の声と喋っていると、全てを論破して打ち勝たねばならないという謎の意志が湧いてくるということだ。アヤと楽しく喋ることができたら十分というか、こんなやつと無駄で無益な争いをしている場合ではないのだが……


 アヤ……早く帰ってきてくれないだろうか。

 いつシャワーから戻るのだろう……


 はて、と俺は気づく。シャワーの時間長くないか……?


 いつもなら15分ぐらいで出てくるところを30分以上入りっぱなしだ。倒れているのか?それとも死んでいるのか?あるいは別の問題と直面しているのか?


 「アヤ、ちゃんと生きてるか?アヤー?」


 これから干す予定だった洗濯物をいったんカゴに戻して、俺は風呂場へと声をかけた。

 風呂場からは何も返ってこない。この手の声かけには返事をしようという約束だったのだが、まさか本当に倒れていたりするのでは……


 『アヤの体温、脈拍、共に正常範囲。シャワールームで大事が起こっているわけではない。しかし、様子は見た方が良いだろう』

 『何でそんなこと分かるんだ……お前ってもしかして、アヤのストーカーなのか……?』

 『私がストーカーなら貴方はネグレクトだな口だけは大層で何もできない無能め』

 『せめてストーカーであることを否定しろ。あと俺はアヤの親じゃない』


 風呂場は、怖い。水が溜まっている場所、暑い場所は、どうしても嫌だ。何で?と聞かれても説明しようのない、根っこからくる感覚だ。しかし、だからといってアヤの安全安心を守れないのはもっと嫌だ。


 ……様子を見て戻るだけなら、沈むことも暑すぎてダメになることも、ないはず…………よし……


 俺は、意を決して風呂場へ繋がる扉を開けた────





 シャワーの音が、ガラス越しに聞こえる。ガラスは完全にくもっていて、中でどうなっているかの判別は見た目だけでつきそうにない。


 「アヤー、生きてるかー?」


 再度の声かけ。シャワーの音、変化なし。返事、なし。成果、なし。


 「シャワーや風呂の時には返事をするって、決めておいただろう?」


 もう少しだけ、シャワールームへと近づく。自分の周りの温度と湿度が上がったのを感じて、一瞬頭がくらりとした。


 「……アヤー、シャワールーム開けて生存確認したくはないんだけど……」


 同居しているとはいえ……さらに言えば、互いに裸を見せ合うことに忌避感があるわけでもないけれど。シャワーに入っているアヤを邪魔するというのは、俺としては気が引けるものだ。だから、どうか────


 「すればいいじゃないか。確認。扉を開けてさ」


 声だ。アヤの声。ガラス一枚を隔てて、水音で幾分か遮られているけれど。くぐもっていてもアヤの声はアヤのものだとわかる。


 「……喋れるなら安心だな」


 そう結論づけてリビングに戻ろうとすると、後ろから声が飛んできた。

 争うことのできない、振り向くべき声が。


 「本当にそう思うかい?これが録音されたデータにすぎず、僕はとうに死んでいるかもしれないと考えたことはないのか?」


 考えたことは……なかったな。そうだったら、確かに問題だけれど。


 「ない。だって生きてるのは分かる」

 「……ないならないで構わない。これ自体は、どのような観測によってどのような結論を出すかという個々人の違いでしかないのだからね」


 何が。何が言いたいんだ?


 「今の君は、曇ったガラスの扉をこじ開けるような存在なのかな。あるいは、向こうに何かがあるのは分かっていて、そのシルエットもぼんやりと見えていて、でもそれが何なのかを確定させることには価値を見出さず放っておくようなやつなのかい?」

 「……開けろという意味なのか?」

 「違うよ。これでタスクが開けるのかそうでないのか、確かめようとしているだけだ」


 ならば、開けるべきじゃないか。俺はそのように結論づけた。


 開けないということは、これまで通りでいいということ。

 開けるということは、新しく何かを知ること。よって俺は扉を開ける。


 今の俺は、アヤを知り、真実を知り、選択肢を獲得しなければいけないのだから。


 ゆっくりと近づいていき、シャワールームの取っ手に指をかける。

 ああ、湿度が高い。温度が高い。不快指数なんてものではない、根本的な恐怖が俺を包んでいる。


 それでも、俺は開ける。開けるのだ。

 取手を掴み、水漏れ防止の吸着抵抗を受けながらも、これを引き剥がして。


 ────そうして開けた瞬間、俺の腕は掴まれて……シャワールームの中へと引き摺り込まれた。


 ぱたん、と無慈悲に扉が閉まる。


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