第10話:白へと過ち
「この家さ……ずっと思ってたけど広すぎるよね」
アヤとベッドルームで向かい合う時間。冷静に考えれば、不思議なものである。
「そうか……?いや、アヤがそう思うならそうなのかもしれないけど……」
俺は、俺を殺す人と密着して眠ろうとしているのだから。何故、こんな状況を俺は許しているのか?許せてしまえるのか?
──いや、そんなことを考えても仕方がない。許せるのなら、許した方がいい。アヤと共に在れるのなら、それに越したことはない。そうだろう?
はてさて。この家が、他の家と比べて明らかに広くて大きいのは事実だろう。これで敢えての一人暮らし、二人暮らし前提設計だとしたら中々に豪華だ。いや、家族暮らしでも広すぎる、か……?
「こうやって密着してると、他のだだっぴろいスペースが全部無駄だと感じてしまうんだ。ベッドルームなんて特にそうだ。天井も高ければ床も広い。僕は君と一緒にいられたらそれで十分なのにな」
俺は……無駄だとは感じないけれど、でもアヤと一緒にいるからこそ価値が生じているのは事実だろう。この大きい家も、アヤが住んでなければ、俺たち二人で過ごす場所でないのなら、ただのデカい箱にすぎない。その点で言えば、アヤ以外の全てが無駄……ともとらえることができるかもしれない。
しかし、ちょっと気になるところがあるな。聞いてみるか。
「……でも、この家はアヤが持ってるんだろう。持ち主なら、いくらでも権利があるんじゃないのか。そもそも、最初に建てた時には何も言わなかったのか?」
この家は、アヤ名義の新築だと聞いている。ともすればアヤに何かしらの裁量があったんではないかと思うのだが。
アヤは露骨に視線を逸らした。
「……いいじゃないか別に」
「いいも悪いもない、けど……」
「……むぅ…………」
拗ねた…………
しかし、アヤの手は俺の服の裾を小さくつまんでいて。
「……でも、いいことも一つあるんだ。どんなに世界が広くて冷たくても、君が隣にいればどうだっていいということに毎回気づくんだよ」
裾を小さくつまむ仕草から、手が這い上がってきて、アヤがぐいと距離を詰めてきて。アヤの瞳が──この世でもっともうつくしいものが俺の眼前へと迫る。
ああ、綺麗だな、と。そんなことを改めて思う。
「君さえいればいいんだ。何だって」
アヤが微笑む様に、俺もそっと微笑み返した。
それは、俺も一緒なんだよ。アヤさえいれば何だっていいんだ。アヤを支えて、アヤと共に生きていけるなら、俺は他に何もいらないんだ。
なあ、アヤ。この際、俺はアヤに殺されたこと自体はどうでもいいと思っているのかもしれないよ。だからこうして、ループした後もアヤと一緒の時間を分かち合おうとしてるんだろう。
でもこれだけは分からなくて。知りたくて。何でアヤは俺を殺したんだ?こればかりは『今日』の俺の行動が結びついた結果だとは考えにくい。アヤは俺を殺害するにたる理由を何かしら持っているはずなのだ。
しかし現状はどうだ。呑気にゲームを遊んで、目の前で無防備に水を飲んで、挙句俺さえいればいいとのたまう人間が、俺を殺すものか。
殺したら、いなくなってしまうのだから。何がどうして……
今だっていつも通り、俺の頭を撫でては笑っているというのに。
聞くべきか、そうでないか。これは重要な選択なのかもしれない。何故ならかかっているのは……俺の命もあるけれど、それ以上にアヤと迎える明日というもっとも重要なものだからだ。アヤとの日々が失われることを俺は恐れているのだ。
だから、俺は迷いなく聞くべきだと考える。何もしなかったら、失われてしまう。
行動を起こさなければ、未来は変わらない────
『────考え直すべきではないか?』
……?なんか、聞こえたような。
まあいい、聞こう。聞いて返ってきた答えが全てだ。何事も。
「もしお前が俺を殺すとしたら、それはどんな時だ?」
アヤの撫でる手がぴたりと止まった。
「…………」
幾許かの沈黙。選択を間違えた可能性に思い至って、俺は慌てて否定した。
「いや、殺すという選択肢があり得ないならいいんだ。それこそ気のせいにするべき話だ、そうだろう?」
そうだなあ、とぼやきながらアヤは俺から手を離した。微笑みはそのままに、するり、と俺の髪から手がほどけていく感覚。
「朝にしてくれた話だね?世界が壊れる、僕が君を殺す……」
「……ああ」
「……そんな、心底冗談であってほしい未来の話をさ」
……アヤ?
「僕が君を殺す理由は、一つに限らないがまあまあたくさんあるよ。それは例えば……」
アヤは上体を起こして、指を折り数え始める。
「君が知るはずのないことを知っている時。僕に揺さぶりをかけてくるような質問をしてくる時。君がこれまでと違う行動を見せた時……」
「!」
「そうして、僕の安寧を脅かす時だよ。気のせいじゃなくて残念だ」
気がつけばアヤの手には銃が握られていた。いつ取り出したのか?どこにしまっていたのか?何がアヤの逆鱗に触れたのか。?何一つとして分からない。
だが、ただ一つ分かることがある────
「君さえいればいいのは本当なのにねえ」
俺は、これから死ぬということだ。
銃が俺の頭部に向けられる。ゆっくりと引き金がひかれていく。
「余計な真似をしやがって」
引き金が完全にひかれる。銃声。
ブラックアウト。無。そして、何かに掴まれ、急激に引き戻される感覚────
-??- ---?- ???- ?? --?-? ?? ??? ?- -?-? ??-?? --??- ?? ---- ??-?- ?-- ?-?? ?? -? ?-? ---- ?? ??-?- ?-?? ??
そして目が覚める。寝起きはやっぱりピントがあっていなくて、視界を調整しながらアヤの姿を探す。
「おはよう、タスク」
アヤはやはりそこにいた。アヤの顔を再び見ることができたおかげで、俺の中の思考がようやく巡り出す。
また戻れるのか……良かった。何がダメだったんだろうか。
……いや、どう考えてもアヤに突っ込んでった俺が悪い。アヤが俺を殺すのなら、俺はアヤを警戒するべきだったのだ。当たり前の話ではあるが、俺としてはそれを実行すること自体が苦痛だった。
俺の周りにはアヤしかいないんだ。
そのアヤが頼れないのだとしたら俺はどうすればいいのか分からない……
「なあ、アヤ……」
「えっ、あっ、うん。どうしたの?」
「……何でもないよ」
「……あれか。名前呼びたかっただけ〜みたいな」
「うん、そういうことにしといてくれ」
「……」
アヤ、俺は何をすればいい?どうすれば選択肢を得ることができる?どうしたら、お前と一緒にいられるんだろう?
「まあいいや。今日はチョコが届いてるんだって。一緒にもらいに行こうよタスク」
「……そうだな、行こうか。髪縛るから座りなよ」
結局、俺ができるのはある程度日常をなぞることで。
アヤと会話して、アヤと過ごして、アヤと眠って──そしてアヤに殺されるまでを、繰り返すしかないのだろうか。
そうしていつか、俺は答えに辿り着けるのだろうか。それすらも不明瞭だ。
アヤを見ると、うきうきで椅子を引いて俺の動作を待っていた。俺もベッドから起き上がって、ドレッサーの前へ──俺もアヤもろくに見た目に気を使わないし同じ服ばかりだから、俺がアヤの髪を縛る以外の用途で使われたことのない鏡の前へと。
静電気に気を使った櫛を手に、俺はアヤの頭をそっと撫でた。
「……うん、いつもありがとう」
「こちらこそ、今日もありがとう」
お前に2回殺されてる、けど……
でもまあ、痛くはなかったし、今生きてるからいいってことにしとくか。
『慎重に行動せよ。今の貴方は、何もわかっていないのだから』
また何か、聞こえたような……?
だが幻聴の類を気にしていても仕方がない。俺は櫛をアヤの髪へと通した。
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