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暴力しか振るわない探偵奇譚  作者: QueenRosé
8/8

荊の包囲網



L.ネクター事務所を含む複数のアクトが、シアン・ド・ギャルドとの戦争に突入して、アクト側が()()()()()()()()()()()時、映画でも見ないような大反撃で状況を瞬時に転覆させ、マフィアを顔色なしに蹂躙し壊滅させた国士無双の組織―――黒薔薇のエインスが闇に潜んでいたのだ。


その(みぎり)、エインスは、ネクターを主とする連合を拍手喝采のレッドカーペットに立たせた。

真の栄光に眩しさを感じるべきなのはエインスだった。彼の援護を受けたACTの者たちも当然エインスを胴上げする気持ちだった。

しかし、不思議なことに彼は()()()()()()()()()()()()()()()


このゆめまぼろしのような凱旋奇譚は、またいつか―――



「きっと君のことだ。今回こうして我々との会議の場を設けてくれたということは……既にアクションプログラムが隅々まで行き渡っていることだろう」


ヴァシーリエフによる嘆賞の一幕を、エインスは感傷的なクラシカル音楽を堪能するかのように目を閉じて聞いていた。

彼の反応を待つよりも、そのままロシア人は重たく謹告する。


「率直に言う。我々ネクターの救護要請を受理してほしい」


微睡みへいざなうピアノのクラシカルな声。

井戸端会議に喋々喃々(ちょうちょうなんなん)と声を弾ませる客。

結び結ばれ織り成される寧日の注連縄(しめなわ)

ほかの客に興味がないのと同様、彼らのコンファレンスなど誰の関心も誘わない。


ゆっくりと(まぶた)を開けた探偵は、黄金の瞳をヴァシーリエフとヘイワードへ向けた。


「……本日、私が待ち合わせ場所を指定したのには理由があります」


いつになく神妙で、いつにもまして余裕を宿す。

郊外を散歩する幼稚舎(ようちしゃ)の生徒をのんびりと眺めるような、穏やかで泰然自若な様相をまとって。


「実はこのカフェ含め、この街 グレースカクテルは―――ハートマンのシマなんですよ」


さらりと告げた。

探偵のこの情報は、L.ネクター事務所には入っていないらしく、二人は瞠目(どうもく)した。


「なに……?」


「そうだったんですか!?」


「こちら側のネットワークで確認したのですが、活動範囲をこの国にも拡大し、グレースカクテルおよびNoble(ノーブル)west(ウェスト)Empress(エンプレス)shrine(シュライン)等近郊が今後の拠点になってくると思われます。待ち合わせ場所をこのカフェにした理由は、舞台の視察のためです。どうせなら()()()()()()と兼ねて視察した方が効率的かと思っていたので」


さらりと耳寄り情報を語るエインスを前に驚く二人。

就中(なかんずく)、情報の管理・分析を専門とする部門に属するヘイワードにとって、ブラックロゼットのステータスシンボルとも(たと)えられる上質な情報収集能力は憧憬(どうけい)(まと)に値する。

そんな中でヴァシーリエフは、エインスの発言の中にあった一言に注目する。


「合議の、前段階……というと」


L.ネクター事務所の二人は、深いミーティングをこのカフェだけで行うと想定していた。

けれど探偵は、合議の『前段階』と述べていた。


「場所を変えたいと思っておりまして。救護要請については前向きに検討しており、それについての深い合議を改めて催したいと考えておりました。ゆえに、今回の話し合いを、合議の前段階と称させてもらったのです。まぁ、おっしゃったとおり―――現在、既に()()()()()()()が同時進行している状態ですがね」


「本当か!君たちがいれば一騎当千の勁兵(けいへい)をつけたも同然だ」


「おっと、待ってください。前向きではありますし作戦も進んでいますが……救護要請の受理についてはいまだ検討中ですよ」


悠々舒々(ゆうゆうじょじょ)たる姿勢を崩さず、エインスは花笑みを見せた。


「そのことも含めて、このあと……正式な会議を交わしたいと思っています」


そうエインスが言うと、ヴァシーリエフは胸ポケットから黒色の手帳とスマホを取り出した。

スケジュール管理を担っている秘書に予定の報告や調整を連絡するためのスマホを持ちながら、手帳をパラパラと捲る。


「了解した。なんとしてでも君らには味方についてほしいからな。……とは言ったが、このあとすぐに別の案件が入っている。夜になってしまうが大丈夫だろうか。希望があったら言ってくれ」


「ネクター側にとって最もコンディションの整ったタイミングでかまいませんよ」


エインスが承諾すると、強面のロシア人は紙面に英字をさらさらと編綴(へんてつ)してゆく。

慣れた仕草で紙を切り離すと、一邸の住所が記された一枚の紙を、エインスの手前に差し出した。


「助かるよ。では今夜の二十時に、第二本部へ来てくれ」


「承知しました」


「じゃあまたあとで」


ヴァシーリエフとヘイワードは席を立ち、そしてカフェをあとにした。



ピアノの穏やかな音色を片耳に、探偵は脚を組む。

真横に置いたトップハットの(頭裏)に手を突っ込んだ。

仕掛けが組み込まれたトップハットから取り出したのは一枚のトランプ。ダイヤの8を示したその一枚は、紙製やプラスチック製の()()()()()()()()()


「ここでミーティングをしても問題はないんじゃないですか?」


傾いた日によって、積雲が恥ずかしそうに頰を染めた。

思わず一息漏れそうな空模様を瞳に宿したモカの問いに、エインスは答える。


「一応、敵のナワバリと言えばナワバリだ。盗聴器やヒューミントの類が鳴りを潜めていないとは限らない。それゆえトップシークレットの話は控えなきゃいけないんだ。なによりこれからは―――()()()になるからね」


「あぁ……金、ですか」


「貰える金は貰っておくべきだ。それに、貧相な額を提示してきたら椅子とか振り回して大暴れする予定だから、店先で暴行を働いたらよくないだろう」


「店先に限る話じゃないですけどね」


万年筆を出して、トランプの表面に文字を走らせると、裏面へ裏返してモカに渡す。

無言で受け取ったモカは、簡易的に綴られた英字を見てひと言返す。


「知ってます」


「やっぱり?」


二人が短く言葉を交わしている時。


ドアベルを嚠喨(りゅうりょう)に奏でながら、二つの足音が跫然と参る。

白と黒のアーガイル模様のフロアタイルとスニーカーが鳴らす足音は、瀟酒な出入口付近で泥んだ。


エインスとモカを迎えた女の店員が、奥から歩を進める。

片手には黒色のトレーを持っており、コーヒーカップとティーカップが並んでいる。

客へ運ぶ最中にあった弱冠の手弱女は、


「いらっしゃいませ」


そう、普段通り、愛嬌に富んだ笑顔で応対する。

その笑顔が漸々と引き()っていく未来を、女は予測できなかった。


「お姉さんかわいいねぇ~!」


黒いシャツと黄金色のレオンチェーンネックレス、サングラスを装着した様相。

悪声で舐め回しながら、店員の肩に腕を回し、他の男が(はや)し立てる。

パーソナルスペースを侵害する肉薄と俗臭芬々の態度に迫られ、店員の女は身震いした。


やめてください


絞り出した声はあまりに小さく、風前の灯火とも形容できるか細さだった。

そしてその一縷(いちる)の声は―――男の上々たる気分を台無しにしてしまっていた。

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