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暴力しか振るわない探偵奇譚  作者: QueenRosé
6/8

L.ネクター事務所

PM. 5:00






倚門(いもん)(ぼう)を帯びた音を鳴らすドアベル。

森林がテーマの装飾に身を包んだ扉を開けて、探偵とボディガードはカフェへ入店した。


陽気で美しいスウィートブリスの()に位置するグレースカクテル。

その一角に佇むカフェへ二人は足を運んでいた。

山稜に深山隠(みやまがく)る入り日を背景にした外観は、舞い散る木の葉と相まって爽秋の情味をまとっている。


「いらっしゃいませ~……あ、レヴィ先生!」


「どうも」


迎え入れてくれるのは、女性店員の柔らかな相好とアップライトピアノの軽やかな嬌声。

探偵は慣れた仕草でトップハットを脱いで一揖(いちゆう)する。

その店員の後ろから、気さくな挙措で姿を現した男性がエインスに声をかけた。


「やぁレヴィさん、久しぶりじゃないですか」


女性店員と同様、制服姿をした初老のアジア系男性。

温恭な心性が垣間見える面差しで、探偵のミドルネームを口にする。

尊敬する相手や親しい間側の人物をミドルネームで呼ぶ、この国特有の伝統がこの町にも根強く残っていた。


「どうもワイアットさん、相変わらず元気そうで」


エインスは、人に好かれるような笑顔で応対した。


彼は、探偵事務所兼本部があるスウィートブリスや、世界遺産の街 グレースカクテルをはじめ、周辺の街や近郊には顔が広い。

探偵としての浮気調査や人捜しを筆頭に傑出した大功を掲げ、中には()()()()()()()()()巨歩を残したものもあり、また、胸襟に寄り添う相談役としても英名を響かせている。

まさに(きり)嚢中(のうちゅう)()るが(ごと)しのように、その人柄の良さと出色の敏腕は自然と人口に膾炙(かいしゃ)していった。

そして、この街も彼の顔を知る街の一つであり、このCafé(カフェ) - meteor(ミーティア)も御多分に()れなかった。


この店のオーナーであるワイアットや、その他店員もエインスの温順な人格に魅せられた者たち。


「どの席になさいますか?」


「待ち合わせてる者がいるのでそちらへ。先にオーダー大丈夫かな?」


「もちろん!」


「ではラムレーズンの ※ポアオーバー を」


※ポアオーバー コーヒーの淹れ方の一種で、少しずつ丁寧に淹れるハンドドリップ


自分の注文を述べるエインスの肩を、後ろから誰かがぽんぽんと叩いた。

真摯な態度で体ごと振り返る探偵が認めたのは、モカの仔細顔。

片時の間、羞花閉月(しゅうかへいげつ)の美貌を見下ろしていたエインスだが、店員に向き直ると、短く付言した。


「あとロイヤルミルクティーを一つ」


「かしこまりました」


そしてエインスとモカは、カフェ店内を巡行した。

抽象的な仕切りがなく浩々としたオープンな内装に、植木鉢の舞台では飽き足らず柱や窓を郁々青々(いくいくせいせい)と侵食する植物が印象的なカフェだ。


スラブの天然石を敷いたカウンターには、仕事終わりのサラリーマンが。

しっとりとした高級感を孕む黒のレザーソファには、観光に来た淑女が。

どこかクラシックな妙趣が(かぐわ)しい店には、相応しい客人が小閑を埋めに足を運んでいる。

しかし、普段の長閑さが欠けており、その代役として店内を支配するのは()()()()()()だった。


異様な顔の持ち主がゆらりと立ち上がったのは、エインスとモカが店の端へ歩んでいった時だった。



「やぁMr(ミスター).レヴィ、待っていたよ」


シックな紫鳶(むらさきとび)のピークドラペルを着こなした壮年のロシア人だ。


手を差し伸べる男に、エインスは握手と辞儀、そして敬意を湛えた呼称で返した。


「どうも、よろしくお願いしますツァー・サーヴィチ」


ツァー・サーヴィチ・ヴァシーリエフ

L.ネクター事務所の長官を務めており、世襲制という珍しい体制を四代まで紡ぐ継承者で、当然ながら裏社会に通暁しているベテランだ。

名前と父称を連ねる呼び方は、彼の故郷(ロシア)において敬意を表した呼称である。


「よろしく。こうして会うのは初めてだ」


握手に力を()めるヴァシーリエフ。

気さくな人物で、親しみやすい人格者だが、一つだけ問題があった。


彫りの深い顔に、小さなワイルドツーブロックの髪。

反社会性を助長する、威圧感のあるティアドロップのサングラス。

しまいには、重厚感のあるピークドラペルのスーツ。

節々から放たれる憤怒や殺意のイカヅチは、店内の客たちを恐怖で縛り上げていた。


やはり、なにより犯罪組織側なのではと錯覚してしまうほどの強面が決め手である。


定期的にSMS(エスエムエス)等で連絡を取り合っていた友諠(ゆうぎ)であり、ヴァシーリエフの顔は情報として知っていたブラックロゼット。


(顔いかつー!!)


エインスとモカは、改めてそう感じた。

龍虎のような威厳(いげん)がある目元こそサングラスで隠れているが、そのサングラスの影響で別の威圧感を増幅させている。


(今時のなにしてくるかわからない不気味なタイプの怖さじゃなくて、昔気質むかしかたぎの殺戮の限りを尽くすガチの暴力的なベクトルの怖さだぁー!犬小屋の前で歯茎剥き出しにして唸ってるブルドッグ!一時間遅刻して向かったバイト先でイライラしながらずっと腕時計をこづいてこっちを見てる店長!)


崩壊しそうになる涙腺をキュッと堪えて、平素の穏やかな表情を保つエインス。


そこで、ヴァシーリエフの背後にいたもう一人の人物が顔を出した。

優しいスパイラルパーマをかけたウルフカットの紺鼠色の髪。

スクエア型の眼鏡の奥からにこやかに微笑む、艶やかな細目。

三十路にして依然瑞々しい肌が特徴的な男だった。


「ネクターのオフィサーで、情報分析次官を務めているサイラス・ヘイワードと申します」


内側に黒色のワイシャツ。

その上から羽織った白色の外套。

顎まで隠れる大きな立てられた襟が印象深く、外套を胸元の金色の金具で留めている。


行儀のいい姿勢に、エインスも半ば満足そうな様子で応対。


「よろしくヘイワードさん」


エインスとサイラスが握手を交わしたあと、ヴァシーリエフが身を乗り出して言った。


「えっと……お子さんかい?」


強面が指したのは、エインスの背後に無愛想に佇むモカのことであった。


青みがかる銀と黒のインナーが入った髪の少年は、十八の(よわい)を余す低身長がゆえ、高校生と早合点を打たれてしまうことが多い。

そして本人は―――子供扱いされるのがこの世でなによりも嫌いであった。


「だとこら」


「落ち着いてモッさん、穏便に行きましょう」


「誰がモッさんですか」


口調が変わり、見境なく大暴れするところだったモッさんを、探偵のスムーズな対応が制した。


「我がブラックロゼットでは、トップの一人である私を筆頭に他の要人を警護する "クイーンナイツ" という役職を導入しておりまして、彼がそうですね。さ、立ち話はやめにして、座談を広げましょう」


「へぇ〜そうなのか。まだ小さい子供なのに、すごいなぁ」


「ぶち殺して核融合の材料にしてやろうかこの野郎」


「モッさん」


「だから誰がモッさんですか」


学習しない長官に暴力の権化となるところであったモッさんを食い止める探偵。

彼はボディガードと、L.ネクター事務所の二人を、指定の席まで案内しながら―――事も無げに口にした。


「まぁ、『悪魔』と言えば、わかりやすいですかね」



のんびりと、それでいて余裕めいた笑みを貼り付けたままそう言った。

何気ないそのセリフには、ACTらが震えを成す一言が組み込まれていた。


―――悪魔


幼気残る凛々しき姿

されど戦場のかなめとなりて、血戯に震える狂気の威風


悪魔の威名を背負う者がブラックロゼットに在籍していることは周知の事実。

しかし、あまり活動を表沙汰にしないどころか、金にならないチンケな仕事を漏れなく却下しているブラックロゼットに所属しているので、悪魔の存在は一部で都市伝説となっていることもある。

本人であるモカの専門任務自体も特殊なため、ACTとして活動(攻撃・殺戮)している彼を視認した者はすでにこの世にいないからだ。


不動明王のような顔のヴァシーリエフや、微笑みを絶やさなかったヘイワードでさえ、特徴的な第一印象を押し除けて狼狽の色を浮かべ、二人してモカを見下ろした。

当の本人はさっさとボックス席の奥へ座りに行く。

それを機に三名は、ブラックロゼット側とL.ネクター事務所側に分かれて腰掛けた。

自身の目の前に坐ったヴァシーリエフを一瞥(いちべつ)して、探偵は微笑みを貼り付けながら確信するように感得する。


(いや顔いかつー!深淵の最奥部であぐら掻いて待ち構えてるタイプのラスボス!なにをどうすればそんな深い皺がそこまで恐ろしい走り方をするんだ!ルーツを知りたい!図書館に行けばわかるのか!図解付きだと嬉しい!)


「早速なんだが」


ティアドロップサングラスを整えながら切り出すヴァシーリエフ。

ピアノソロが醸し出す優しい世界観に冴える陰惨な話題だ。


「連絡したとおり、エージェントの一人の遺体の一部が発見された。現状、本人の親族を保護している状態にある」


ひとひらの沈黙が翻り、ロシア人は続けた。


「そして、その敵となる組織についての話だ」


肘をテーブルに突きながら、ヴァシーリエフは―――今回、ブラックロゼットのターゲットとなる組織の名を口にした。



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