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暴力しか振るわない探偵奇譚  作者: QueenRosé
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天資英明の才媛

「情報機関とか謳ってるが腹の底からコーヒー豆逆流するくらいどうでもいいわ!あんな脆弱集団など金にならん」


エインス・ローゼンタール

人呼んで妖怪『金の亡者』


「いや誰が妖怪金の亡者だ」


自分の財布に金色の架け橋がかかりそうな話になると、その貪欲制に拍車がかかる。

如何なる手段を使ってでも、もっとも金が手に入る結末を望み、毎度のごとく有言実行を遂げてきた男だ。


「それじゃあますます分かりません。金にならないのになんで、」


「ネクターと敵対しているそのカルテル紛いを壊滅させることで―――()()()()()が発生することに気がついたのだよ私は。それもかなりの額さ」


「……じゃあネクターに肩入れすることなく、普通に我々単独で壊滅させればいいじゃないですか」


「ふっ、お子ちゃまの考えなど甘いな!」


「だとこら」


「貰えるならネクターからも貰っといた方がプラスだろう?だからネクターには真の報酬源を明かさずに、『救護要請を受理して手助けする素敵な組織』のフリをして援護し、陰では我々が主軸となって敵を壊滅させ、真の報酬源とネクターの双方からがっぽがっぽと金をいただくわけだよめっふぉっふぉっふぉ」


恩を売ることもできるしね、と気持ち悪く笑うエインス。


「金の亡者が……」


モカとヴィオラは声を合わせてエインスを罵倒した。

だが大金を追う海賊の前では、罵詈雑言の刃も(なまくら)同然。


「とは言い条、今回も任務に当たるという事実は変わらない。気を引き締めていこう」


「そのネクタイはどこを標的にしてるんですか?救護要請を出さなきゃいけないくらい追いやられてるってことなら……相当デカいところとか?」


「ネクターね。彼らが相手しているのは、ここ最近……流れに(さお)さすように勢いを強めている組織だ。軍事的統制力が非常に強く、また、かつての ※マーダーインク のような()()()()()()が内部にあるというゴシップまで回ってる」


※マーダーインク 1930年代に存在した、殺人株式会社とも名乗る犯罪組織。組織のビジネスに害を成す人物を対象とした暗殺を行っていた


「治安の優れた我が国にも活動範囲を拡げようと企んでいるようだが、まだまだ滄海(そうかい)一粟(いちぞく)に過ぎない端くれも端くれさ。ただ、その軍事力と武闘派っぷりは本物で、コカイン市場の一部をめぐって戦争になった敵対勢力が一方的に酷く衰退している。あのザマはなかなか類を見ないほどだよ」


「まさか、初代ですか?」


「前身組織はメキシコの国際同胞解放戦線 - LiF(リフ)。この組織は前触れもなく鳴りを潜めたかと思えば突如名を変えて暴力的な組織に豹変したのだ。LiF時代に運用していた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()も引き継いでかなりの儲けを出している始末」


「もともとがテロリズム関わってそうだなぁ……」


「政治絡みは嫌いなんですよ」と静かに項垂れるモカ。


年頃のモカが持つ辛気はいたって正常な情緒。

中高生が政界の暗部に首を突っ込みたいと嬉々として語る様は誰だって見たくないし、あまり健全とは言い難い。


「銃器密造サプライチェーンを危険視したメキシコ政府傘下の機関が失敗したおかげで規模も拡大。米政府から怒号が飛んでくるのを避けるために隠ぺいに走る動きも見られるし、規模が米国に及びつつあることも加味して同国のインテリジェンス・コミュニティーが近いうちに動くだろうと私は読んでいる」


機嫌を悪くするボディガードを置いて、探偵は足を組み直す。


「組織の構成がしっかりしているとこほど面倒くさいものはないよ。テロ組織らしい軍事力とカルテルのような経済力、まだ未熟とはいえ双方の同時進行に成功している」


※カルテル ここでいうカルテルとは、麻薬カルテルの意。麻薬の売買によって利益を得ている犯罪組織


困り眉を作るエインスの横で、紅茶を傾けるモカ。

ラズベリーの酸味を孕んだ香りに色気の富んだ瞳を細める。

と同時に、エインスのはた迷惑な話に呆れた様子も見せた。


「そんな組織を叩くと……いつにもまして無茶な―――」


すぐに口を(つぐ)むモカ。

(いぶか)しげな視線で探偵の成れの果てみたいな男を射た。


「もしかして……既に策を」


「もちろん!生憎私は優秀なものでね。さっきも言ったが……彼らを潰す価値(金になる可能性)()()()()浮上していたんだ。ゆえに前もっていくつか線を張っていたのだよ」


いいカモになりそうだと気づいた少し後に、偶然同業者からカモを相手とした要請が来たのだ。

要請受理を前提に、すでにエインスはカモから金を巻き上げる準備を進めていたのである。


探偵は切れ長の瞳をヴィアラへと差し向けた。

アイコンタクトともとれる視線に、モカも視線を動かす。


純潔な大理石の台に()()()()()()()を大きく広げ、大きな瞳に強い目力を宿して単語や固有名詞を、視線で()し潰すように眺めているヴィアラ。


「いやはや、ほかの生徒が三舎(さんしゃ)()くほどの天才肌だね君は」


もはや唖然失笑に付すことしかできない金字塔。

そんな()()をこなした少女に、エインスは身震いを覚えるほどだった。


「英語とドイツ語は似通っているとは言え、二週間強の勉強で、ゲーテC2を合格した時は正直引いたよ。おそらく自慢しても信じてもらえないんじゃないかな。今でも気持ち悪さを感じています」



Goethe

通称 ゲーテ

ドイツ語の応用技術があることを証明するための、国際的に通用する検定試験。

ゲーテの試験に設けられたレベルのうち、C2というレベルは最高峰の位であり、C2合格というのは無上の栄冠なのである。

この試験を合格するにあたり、最低でも八百時間を机との対話に捧げなければならない。一睡もせず勉強し続けても一ヶ月は超す。

博覧強記の秀才だろうと二週間の猛勉強で突破できることは確実にない。そもそも成人向けの試験と称すのが妥当である。


「気持ち悪い……気持ち悪いって言われた……」


「え」


―――ギフテッド

超人的な天賦の才を擁している子供は得てしてそう呼ばれる。

このヴィアラという少女は、一つあるだけでも常識を転覆させる才能を()()()()()()()()()

天からの賜物とは時に、奇跡の結晶を生み出すものだ。


エインスの遠回しな礼賛にヴィアラは噓泣きを始めてしまった。

どこで培ったのか妙に演技力が高い。


「はっはっは、私は泣き真似など簡単に暴けるからな。子供騙しに引っかけようなんざ五ヶ月早いわ」


「意外と短いな」


モカの呟きのあとも、ヴィアラは清冽な水のごとき声質を余すことなく使い、歔欷(きょき)霧雨(きりさめ)を降らせた。

解説なしに絵面だけ目の当たりにすれば、エインスが泣かせたと考えつくのが妥当なシチュエーションだった。


「えっこれ私が悪いの?」


「はい」


なんとモカまで反エインス派に回ってしまった。

そんな掛け合いを前にヴィアラは、電源が落ちたかのように偽りの涕泣(ていきゅう)を止めた。

コーヒーメーカーが置いてある漆黒のワークトップに身を預け、ジト目でエインスを睨む。


「ふっ、や、やはり嘘泣きではないか」


「いや、()()()だし……おかしい」


焦燥が滲み出た探偵の声は歯牙にもかけず、少女は()()()()に対して懸念を抱いていた。

不可思議な空気感が漂うが、新たな話題でモカが切り出す。


「話は変わるんですけど、アメリカからのヘリは届きましたか?」


彼が尋ねたのは、目下の机上に突っ伏す書類のことだ。

軍でも重宝される多用途ヘリコプターが、探偵事務所の皮をかぶった梁山泊(りょうざんぱく)に届くという。


「依然到着が遅れている。しかし今月中には来るよ」


今週辺りに来ると期待していたモカは探偵の返事にしゅんとする。

漬物石のような重量を誇る辞典を閉じる重たい音を皮切りに、ヴィアラがやってきた。

高身長と低身長の前に歩み寄ると、モカの眼下にある書類を見下ろして、


「てかさ、飛行中のヘリの中でエッチなことしたら青姦になるのかな」


とんでもない発言で部屋を吹き飛ばす。

彼女の素朴で予期せぬ問いに対する、エインスとモカの反応はさまざまだった。


「あぁ、確かに。興味深いね」


「な˝っ……!」


上等なレストランで今後の世界情勢について語る富裕層のような面持ちでヴィアラの爆弾命題を考察する。隣で顔を真っ赤にする少年には目もくれず。

一人、下ネタに耐性がない者がいようがいまいが、彼女の火炎放射を止めるバリケードにはならない。


「これ、乗り物内部の定義が問われるわね。そもそも青姦って屋外でする必要があるから、乗り物内でヤったら青姦とは言わないのか。それに、車とかも別の名前があったわ。カーセッ―――」


「お嬢様ァ!!」


耳に手で蓋をし、制止の声を(とどろ)かせるモカ。

そう、ヴィアラは黙っていれば絵になるほどの愛嬌を持った少女。

だが、ひとたび口をひらけば、大人も止めずにはいられないほどのディープな下ネタを喋り出す恐ろしい存在。

それは自宅だろうと、祝宴の場だろうと、冠婚葬祭の最中だろうと、公序良俗を問われる格式高い場所だろうと関係ない。


「しかし、天空でそういうことをするのは得も言われぬ爽快感があってユニークだと思うな私は。いずれエクストリームスポーツの一端を担う魅力的な分野になると予想しておこう」


「先生!ぶっ殺すよ!」


「待ってくれ君の「ぶっ殺す」は洒落にならないんだ」


特殊外交補佐という()()()()()()()()()に就く人間は、言葉の選択に気を利かせなければならない。

第一級殺人犯が「クビにしてきた上司の首でも持ってきてやろうか」とジョークを飛ばして誰も笑えないのと同じである。


すると、ヴィアラは碧眼に鋭さを与えて、エインスを見据えた。

やはりなにか引っかかっていたようで再び眉根を寄せる。


「やっぱりおかしい。ねぇなんなの?」


「うん?」


ヴィアラの声は、いつも以上に氷のように冷たい声色を呈していた。


「日頃の恨みを返そうと思って『カロライナの死神』を入れておいたのに」


「おやおや、それは残念ヴィアラちゃん。このコーヒーの中に頑張れば勝訴できそうな物質が入っていることは、君がなぜか従順にコーヒーを用意してくれたときから勘づいていたさ」


それなりに鬼畜な罠を踏み抜いたのにもかかわらず悠揚に笑みを湛えると、カロライナの死神―――キャロライナ・リーパーと呼ばれる、口内や咽頭いんとうを激痛に苛ませる香辛料を含んだコーヒーをがぶ飲みし、からになったコーヒーカップを振り子のように振って見せた。


「私には度を越した香辛料や調味料は効かないのだよ」


「安心して。次はリシンで眠らせてやるわ」


「私くらいになると裁判所に圧力をかけていろいろできる。なんと逮捕状で往復ビンタができてしまうのだぬはははは」


仕掛けた憂さ晴らしが、犀利(さいり)の先読みと練磨された体質を前に徒爾(とじ)に終わってしまったヴィアラは、不貞腐(ふてくさ)れながら辞書を回収し、部屋を後にした。


一人の少女が姿を消したことで、落ち着いた静寂(しじま)がダークアカデミアな室内を満たしてゆく。

彼女が部屋を離れてから数秒後。

脚を組んで静淑(せいしゅく)たる品を放っていたエインスが、足元から鳥が立つように飛び上がり、つながっているキッチンへ転がるように駆け込んだ。


吐いた。


「あの薄情者-ッ!人殺しぃ!!」


ヴィアラが部屋を去って時間が経ったのをいいことに、思いつく限りの悪口を発する。

唐辛子が効かない体質なんて探偵にはない。

空嘔(からえずき)に喘ぎながらも、ヴィアラが去るまで辛さに耐えていた自分に誇りを感じて一人笑った。


「へっ……キャロライナ・リーパーも、こんなもんか……ゲホッ」


ヴィアラの部屋にはシュールストレミングを投げ込もう、と企み始めるエインスとキッチンを、できる限り見ないようにしながら、モカは閉眼した。


「俺には入れないでくれたんだ……優しい」

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