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暴力しか振るわない探偵奇譚  作者: QueenRosé
4/8

Rusgaria DA Pro.

PM. 2:08



名峰スカーレット山脈は、言葉を失うほどの透明性を誇る三日月湖を一望できる避暑地だ。

同山脈の側面を統べるように栄えている街の名を略称でスウィリス、もとい スウィートブリス(sweetbliss)といい、屈指の高級住宅街でも知られている。


春になればたむけ花、夏になれば緑を乗せたあいの風。

秋には冴え冴えとした清月が、冬に移ろえば斑雪(はだれゆき)へ。

空想画を超える雪月風花が爛漫(らんまん)(わら)う、神々の寵愛に守られた桃源郷がここにはある。


自然と人間が絶妙に調和し合う、曇りなき緑の街―――をも()()()()()()設計された一棟。


天すら穿つその大豪邸は、千九百五年に建築されたリバティ様式の巨大な洋館。

()()()()()()によって大規模な改修が行なわれ、従来の様式の魅力を残しつつ、現代の生活に適するモダニズムをまとった一棟となった。



黒い薔薇の紋様があしらわれた大きな門、専属の庭師たちによって管理される景勝地のごとき大庭園、舞踏会が始まりそうな悠然たるモーターコート。

そんなあらゆるステータスシンボルに囲まれた漆黒の居城を拠点とする、小さくも大きな組織がこの時代に存在した。



BlackRosette DA Pro. - ブラックロゼット探偵事務所


この国エリシア、もといエリートガーデン王国では、政府が発行する特別な探偵のライセンスを持つ者には、社名の末尾に「Pro.」という言葉を走らせられる権利が与えられ、きわめて優れた敏腕の探偵が経営していることを示す最大のステータスシンボルとなる。



クラシックシャンデリアに目を細くする塑像や地球儀。

財力を証明する骨董品や知性を証明する書物が敷き詰められた書架。

吹き抜け構造の明窓浄机。


五十畳の中央に置かれたソファに、猫背の少年が座ってノンフィクションの本を読んでいた。

暗い色調の書斎には、色白の肌がよく映える。



ラ・モカ

特殊外交(とくしゅがいこう)補佐



表情がどこか虚ろなのは、一時間前に起床したばかりだからだろう。

警察として一生を捧げた誰かのドキュメンタリーを諸手で持って、連なる英文を読み進める。

全てがどうでも良くなるほどの美貌は、読書というワンシーンを切り取っても、あらゆる名画が無価値になるほど様になる。

そして、彼が何気なく欠伸を打とうとしたとき。


像の群れが逃げ惑っているかのような大きな足音が、壁を隔てて近づいてきたと思えば、


「このクソ庶民どもうわああああ―――!!」


エインスが親子扉を開け放って突入してきた。

平衡感覚を失い、そのまま彼は流星のように部屋の奥へと墜落していく。

衝撃で立てかけてあった絵画とイヤープレート2枚が落ち、間を置いてスノードームも落下した。


「あっ、()()()が可哀想ですよ……」


スノードームの持ち主のことを心配するモカに、


「聞くんだモカのすけ!!」


「誰がモカのすけですか」


勢いよく立ち上がりモカのすけに物申す。

拍子に小さなトロフィーも落ちた。


「私には人脈という武器がある!これからもそのネットワークは広く深くしていくつもりだ。そのために一環として探偵とかいうそこまで楽しくもない仕事をしている。しかし!」


探偵は全身全霊で力説した。

聴衆は護衛一人で、その護衛も、探偵が落とした骨董を片付けていて聞いていない。


「社会的地位の高い者どもから依頼が殺到するせいで、庶民どもからの依頼が著しく減ってきている!」


激しい動きで身振り手振り説明するため、棚から壺が転がってきた。

持ち前の反射神経で間一髪のキャッチを成功させるモカを前に、一枚のパネルを取り出すエインス。


「見たまえこの悲しすぎる統計を!」


ラップトップほどの大きさのパネルには、折れ線グラフが描かれていた。


「これは中流階級以下の依頼の増減を表した統計だ!一昨年からなんとなく兆しは見えていたが、去年の春頃から、見たことがないくらい鮮やかで美しい右肩下がりではないか!ふざけんな!」


小さな上下を繰り返していた赤い折れ線は、去年の五月上旬から折れることなく綺麗な一直線で下がっていた。


「庶民派探偵としてのイメージを定着させてこの州一帯のコミュニティを確実に掌握する予定が、今ではお堅い上流階級向けの探偵事務所になっている!これも地球温暖化の影響か!」


「多分……我が家兼探偵事務所として構えているこの館が大きいのも、気軽に相談しにくい要因の一つなんじゃないですか?」


「ふはははは!確かに我が家はデカいからなぁ!そこら辺の有象無象には入ってこれないわ!雑魚どもが身の程を弁えたようだな!」


気持ち悪い首の動きを見せ喜びを示すエインス。


「だがここはスウィリスだぞ!この館までとは行かずとも、そこそこデカい豪邸が腐るほどあるではないか!これくらい慣れろ!」


世界でも指折りの高級住宅街が広がることで有名なスウィリス。

指を咥えて見ることしかできないような豪邸が、大自然を調和しながらそこかしこに散らばっている。

とは言い条、あからさまにこの館は別格である。

それもそのはず、エインスはかつてに建立されたこの洋館を買収し、他の邸宅を見下ろせるような増築や改修を行なったのだ。


「というか、そんなに人脈って大切なんですか……?」


スノードームに傷がついていないかを確認するとワードローブへ戻すモカ。


「当然さ。我々 A()C()T() の世界、そして特に私にとってはね」


片付けに協力することなく、モカが座っていたソファに足を組んで座り込む。


「―――()()()()において動かせる手駒が多いに越したことはない」


エインスは不敵に笑んだまま、自分が招いた混乱の片付けを終えるモカを眺めた。


「そうだモカ、このあとミーティングがあるんだ。カフェでね」


「ミーティング?どことですか?」


「とあるアメリカ人とさ。興味深いことになぜかACTを名乗っている」



ACT


とある活動に従事する者もしくは秘密結社、それらの総称である。

一般市民どころか闇深い世界に携わる者さえ知る由もない存在であり、ACTという名称すら霞の向こうの話。

ところが件の男は、自らをACTと称しているようだった。



「えっなんでACTを知ってるんですか……!?」


「安心したまえ。軍部関係者だった男で、国防の深部に携わっていた人物だ。かつて別の作戦中に私が直々に接触した人物でもある。その際に別のチャネルでACTという言葉を知ったことも把握済みだ」


おもむろに札束を取り出して自分を仰ぐ紳士のツラを被った輩。


「だが、ACTという言葉を表面的にのみ知ってしまったようでね。ACTという存在を義賊かなにかだと勘違いして正義の捜査官めいたことをしているんだ」


「なんでそんな訳の分からない人とミーティングなんて……」


「気づいたのだよ。一時的に彼らの援助をすることによって、私に金が入るということにね」


王座に姿勢を崩す怠惰な王者のように振る舞い、足を組んでコーヒーを(すす)る。

ウェールズから仕入れたセンシュアルなティーカップを片手に、またか、とモカは思った。


「……援助?」


「正義と称して迂闊な行動を取り、見事に過激思想集団の尻尾を踏んだんだ。背広組としての経験のみだったゆえ、本物の組織犯罪に触れたことがなかったんだろう。テロリズムを逆撫でするような言動の数々で相手は柳眉が逆立ちすぎて数字の一みたいになっている」


さぞ愉快そうに語るエインス。


「その白いテロ組織を解体につなげることによって金が私のもとへ舞い込んでくることが判った。その一つが、件の男の懐からだ」


「本人からですか?」



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