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暴力しか振るわない探偵奇譚  作者: QueenRosé
2/8

The devil




AM. 1:04




大麻の香りが肌を焼いた。



廃墟の涙がポツリと響く。

無味乾燥な鉄のにおい、肩を寄せ合う蘚苔(せんたい)のにおい、(かす)かに泳ぐ排気のにおい、鼻腔を刺す()()()()()


「……一仕事終えたあとの一服は、どんな贅沢にも代えがたい至福だな」


つつ闇へ嫋々(じょうじょう)に伸びてゆく男声と紫煙。

電子タバコを通じて吸引する大麻リキッドの芳烈な香りは、その場に居合わせる者たちを微醺(びくん)の境地へと誘い込む。


「ってか聞いた?今日の報酬」


「ねーヤバくない?」


ハイウェイの支柱に阻まれた、月の絹地も拒む暗闇。


コンクリートには俗臭芬々(ぞくしゅうふんぷん)なスプレーアートを、廃れた道端にはゴミのブーケを。

低俗な装飾に彩られた伏魔殿(ふくまでん)で、三人の男と二人の女が()していた。


場を執る男は、深紅のオールバックを整えながら、馬手(めて)に持つ小袋を揺らした。

透明な袋の中で転がるのは、色彩豊かな()()

(すわ)り直し、タバコを(くわ)えると虚空を見つめた。

事有り気に酔いゆくも、特別考え事をしている訳でもなく、ただ大麻がもたらす多幸感に浸っているだけだ。


吐息のひとつでも木霊(こだま)するこの場所は、喋々喃々の談笑さえも冴え冴えと聞こえる。



―――誰かに背中を押されたように、四人は卒然と顔を上げた。


その四人が、自分の後方を覗いていることに気が付いたオールバックの男は、面倒くさそうに振り返る。



「……スマホ?」


暗闇の中で、青色光を主張するスマートフォンが倒れている。

電子タバコの仄かな灯りさえも存在感を放つような常闇では、スマホのブルーライトは異界への入り口を彷彿とさせるほど異質だった。


五人がスマホの存在を感知したのは、ブルーライトのおかげではない。

無機質かつ淡々と語るニュースキャスターのような音声が、小鳥の(さえ)りのような音量で流れているからだった。


五人は顔を見合わせた。


―――お前のスマホか?


―――今ここに持ってんじゃん


―――じゃああれ誰のスマホだよ


不文律に沿って、年下である二人の男が確認することとなった。

廃墟内に爍々(しゃくしゃく)と照るスマホへ赴く二つの背中を、オールバックの男や二人の女は立ち上がって(うかが)う。


この国の公用語は英語である。

英語圏人の彼らでも聞き取れないほどに音量が小さい。

スマホの前で二人が振り返ると、オールバックの男はスマホを手に取るよう(あご)でコンタクトを送った。


二人のうち一人が、スマホを手に取って、スピーカーに耳を(あて)がう。



―――please!!



最大音量105decibel(百五デシベル)

前触れなく急上昇した音声が廃墟の隅々まで響き渡り  、二人は思わず声を上げて地に背中をつけた。

後方に立っていた三人も、廃墟中に広がる音声に肩を上下させて吃驚する。


大音量になったのは一念の刻であったが、五人の心臓は平静を欠いた。


「うるっさ……!なにしてんだ!!」


繰り返す大麻吸引にも耐性が現れ始め、効きが悪くなってきたのもあり、滞留する状況に苛立ちを募らせたオールバックの男が声を荒げた時だった。



男の背後で身を小さくしていた仲間の女が、か細いを悲鳴を漏らしたのだ。


耳の裏で聞こえた声に、脊髄(せきずい)へ波打つように振り向く。

今の今まで正常だった女が、コンクリートの上で倒れている。

そして、彼女の首が、異常な曲がり方をしていることに気がつき男は息を呑む。



―――と、別の隻影。眼前だ。


男が人影を認めるのと同時に、人間に出せるような音ではない―――虚空を斬る音が眼前で鳴った。


異音に首をかしげるよりも先に、男は塗炭の苦しみに喘いだ。

顎の先から発された鈍い骨折音が全身に響き渡る。

右の顎関節から左のこめかみへ、()()()()()()()()が走る。

視界が一閃によって消滅した。


一息で馳せる激痛に、男の意識は曖昧模糊(あいまいもこ)の大海へ落ちかける。

気を失う寸前に理解したのは―――()()()()で蹴り上げられたということだけだった。



リーダーがコンクリートの上に倒れた音は廃墟全域に木霊する。

その音に呼応するように、三人いたうちの一人が叫ぶ。

主将が倒れ、麦秀(ばくしゅう)の嘆に暮れる暇もないまま、()()()()()()()()と応戦せざるを得ないのだ。



それからは、光芒一閃の狂気が走るのみだった。


「いや!いやぁ!!」


その女は、弓手を防御に構えつつ、馬手をホットパンツのポケットに突っ込む。

小型のボウィナイフが収納されていたはずのポケットの中を荒々しく探す間に、夜闇に扮した()()()()がその女の馬手を―――右腕を掴んだ。

上腕をものすごい膂力(りょりょく)で引き寄せた悪魔は、もう一方の手をピースに構え、キツツキのごとき速度で眼窩(がんか)をえぐるような刺突を放つ。

目潰しをもろに受けた女はなおも解放されることなく、右腕を捕らえられたまま。


「だれだてめこらァ゛!」


嚇怒(かくど)(たぎ)らせながら、二人のうちの一人が駆けてきた。

姿の見えぬ悪魔の左腕に捕らえられている女は、この男の恋人だ。


間に合わない歩調、脚を捨てるような蹴り、手持無沙汰な両手。

格闘技?違う。ストリートファイトですら生き残れないような烏滸(おこ)(きわ)まりないローキック。

男が繰り出した愚かな右脚を、悪魔は右手で絡め込むように捕らえると、慣れた挙措でグシャリと(ひね)った。

聞くに堪えない音を鳴らして悶える男は冷や汗を掻くような自由も許されず、螺旋(らせん)骨折した右脚を引き寄せられる。


そのまま目を失った女の上肢を男に絡ませると―――信じられない力で、悪魔は二人もろとも持ち上げ、コンクリートの大地に叩きつけた。

二メートルほどの位置からだろうか。

男は後頭部から、女は首元を折る形で、コンクリートの上にて永々無窮の微睡(まどろ)みに()ちた。


残る最後の行尸走肉(こうしそうにく)も、躍起になった拳を振るいに来る。


悪魔と恐れられた人心洶々の青年は、その男へ向けて脚を振るった。


独特な進退の回し蹴り。

顔面を袈裟(けさ)に斬り裂く恐怖の一撃。




そして、廃墟には静寂の帳が下りた。

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