無題
おっとすまない、お怪我はないかい?
そうだ、君に一つ訊きたいことがあるんだ
私の名前?
ふむ……そうだね
善、とでも濁そうか
なに、難しい話はよそう
君は今、どんなものを望んでいるんだい?
潤いし富か、崇拝のための名誉か、はたまた天下泰平の瑞光か
君を貶めたあの人への不幸か、命に替えても守りたい大切な人の幸福か
燃ゆる恋草に一輪のストックを咲かせることか、美学の窮理たる桃源郷への革命か
人の野望というのは千差万別
誰かの野心を邪魔するのも咎めるのもある種、自由なのかもしれない
ふふ、ジョークはこの辺にして、本題に入ろうか
君は―――善を望むかい?
光があるから影がある、という思想は有名だ
光が失われれば影も姿を消す
はたまた影がない光というのも存在せず、その場合それは光の偽装を施した謀の傀儡さ
勧善懲悪とは善が悪を討ち倒すシナリオのことを指す
多くの観客の拍手を誘う素晴らしいテンプレート
その勧善懲悪のストーリーは不思議なことに、ある方程式に則って進んでいくんだ
一つの悪を吊るすのに十の善が戦没するという方程式は燻し銀であり、今日も尚、悪の血より正義の血の方が多く流れている
なぜか?
答えは簡単
彼らは手段を選ばないから
聖人君子の善と違い、悪は人道主義を知らない
これはプロパガンダではない
私のイデオロギーを植えた花壇のプレゼントキャンペーンでもないよ
ただ、君の考えが気になるんだ
善は悪を滅するのが目的
その悪は手段を選ばないゆえ、善の遺影の美術館が出来上がる
これ以上、善の犠牲を払わないようにし、そして悪を滅するのにはどうしたらいいか
善も手段を問わなければいい
善も人道を捨て、卑劣な蛮行に及ぶことが唯一のソリューションであると
私はそう考える
君は、どう思った
善を望み、悪を殺すかい?
さて、私の独り言はこれでおしまい
本編の物語を思う存分楽しんでくれたまえ
ん、結局私は誰かって?
善だよ