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もしも奈落の底まで落ちそうな程に暗い令嬢だったら


「シモーヌ嬢! 君との婚約は破棄させてもらう!」


 学園主催の披露宴でのそれに、場に集まる人々はざわめきの声を上げた。

 そんな中、王子は最愛の令嬢を抱くようにして、相手を睨め付けている。


「今まで彼女へ行ったその狼藉、すでに調べはついている! これ以上、無様な姿を晒すのならば……」

「……無様? 何を言っているの、ダーリン」


 シモーヌ嬢……猫背で顔を前髪で隠している女は、クツクツと肩を揺らして笑った。


「私、何もしてないわ……少し虫を潰しただけよ。ただのお遊びだわ」

「虫だと……!? 君にとってカミソリを入れた手紙を送りつけたり、椅子に画鋲を仕掛けるのがお遊びだとでも言うのか!?」

「ええそうよ」


 開き直るようなそれに、聴衆はざわざわとざわめく。流石にそれは洒落になっていない。

 しかしシモーヌは躙り寄るように、王子へと囁く。


「だって彼女、貴方へ色目を使ってたじゃない……」

「色目……? まさか、僕が剣の練習で怪我を負った時、彼女が治してくれたことを言っているのか? それは彼女の善意で」

「駄目よ。貴方を治すのは私。私だったら貴方の傷を舐めて優しく手当してあげたのにぃ……!」

「し、シモーヌ……!」

「どうして貴方はわかってくれないの……? 私は貴方を愛しているわ、愛して愛して愛して気が狂いそうなほどに愛しているのに貴方は見向きもしてくれない……なのに!! あまつさえそんな女と一緒に街へ出てっ!! 貴方は私を愛してないって言うのぉ!?」

「き、き、君の行動は不気味すぎて理解できないんだ!? だいたい、君の部屋には僕の似顔絵ばかりじゃないか!? なんであんな壁いっぱいに……!! あと手紙に君の毛髪が入っていたし、あと就寝時のベッドに人形が」

「あれは私の愛情表現よっ!!!!」

「そんな愛情はいらないよっ!?!?」


 いろいろと死んだ目をしたシモーヌ、息荒く懐から王子そっくりの人形を取り出し、もう片方の手で包丁を取り出した。


「どうして? どうして私の愛情を受け取ってくれないの? 今だって貴方のことが好きで好きでたまらないのに、貴方はその女を選ぶっていうのね。それってどういうこと? 私を捨てるの? こんなに貴方を愛しているのに、世界でこんなにも貴方を愛しているのは私だけなのに! 私を選ばないのなら私を選ぶようにさせてあげるっ!! 貴方の周囲の女を全部排除して私だけが貴方の周りに居るようにしてあげるわっ!!」

「な、何をするんだ!?」

「離してっ!! その女を殺せないじゃないっ!! 離して! 離しなさいっ!!」

「やめろっ!? 彼女に手を出すなっ!!」

「貴方が悪いのよ浮気なんかしてっ!! 私と婚約しておきながら別の女を侍らせて、私がいらなくなったら捨てるなんてどういうことよっ!?」

「それは親同士の取り決めで……!」


「お~ほっほっほ!! お話はすべて聞かせていただきましたわぁ!!」


 混乱の場の中でドドンッ! と現れ出でたるのは、下僕を侍らせる王妃様。

 高笑いしながら王妃様は宣われた。


「よろしいっ! では王子、貴方はまず謝罪なさい!」

「え」

「地に頭を擦りつけて謝罪なさいっ! 家を理由に女へ恥をかかせて良いと思っている時点で貴方は王子として、いいえ! 男として失格ですわ!! さあ頭を垂れて謝りなさいませっ!! これは母の命ですわよっ!!」


 王子はとっさに王様を見た。

 美形な王様は無言で首を振った。諦めろ。

 王子は、凄まじく不服そうな、しかし我の強い母を怒らせることは得策ではないと思い直し、頭を下げた。


「……………………、す、す、すまなかった」

「よろしい!! では次っ!! シモーヌ嬢!!」

「え、ええ……王妃、様」

「貴方のお気持ちは心の底からよくわかりますわっ!! ワタクシもかつて、故国であった国で婚約破棄された覚えがありますからっ!!」


 何の因果かこの国へ高笑いしてやってきて、美形の王様と電撃結婚するという経歴を持つ王妃は、シモーヌの手を取ってしみじみと言った。


「ええ、捨てられる女の気持ち、よくわかります! ワタクシの婚約者は自ら身を引いた殊勝な男でしたけど、今ではより良き夫に恵まれ、国母として下民共の頂点に立っているのです! 人生、何事も悪いことばかりではありません!!」

「そう、なんですか……?」

「ええそうです! 貴方にはまだまだ未来がある……コレ(・・)のことなど過去のことと忘れて、新しい運命の人を見つけに行くべきなのですわぁっ!!」

「……そう、ね。思えば私、コレ(・・)との出会いで顔に一目惚れしたのだけれど、性格はわりと馬鹿っぽいなと思ってたのよね……王妃様の言う通り、もっとレベルの高い男を探したほうが良い気がしてきたわ」

「ええそう! 女を捨てるコレ(・・)の事など過去の男として捨ててしまいなさいっ!! 貴方には今、自由な未来が待っているのですからぁ!!」


 王妃と手に手を取って、シモーヌは涙を拭う。

 そして王子へ顔を向け、言った。


「そういうことだから……ごめんなさい、王子様。貴方はもう過去の男なのよ……」

「いや、なんで君が振った感じになって……」

「王妃様! 私、新しい恋を見つける旅に出ますっ……! 今度こそ、私の運命の王子様を永遠に捕まえてみせますっ……!」

「ええ! 頑張って! 女に涙は似合いませんわよっ!!」


 親指立てる王妃。

 頷くシモーヌ。


 そんな茶番劇を見ながら、王様は明後日の方向を向いて現実逃避していた。


「……明日の夕飯ってなんだっけなぁ」


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