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踊り子エルフ、タチアナが舞う

 たまたま立ち寄ったアクセサリーショップの店主にお似合いと言われたアリシアとミューアは、互いを意識しながらも懸命に平静を装う。しかし速まる鼓動を抑えることはできず、視線は軽く泳いでいた。


「そんなアンタらにはコレをオススメするよ。お揃いの一品を付けると、より一層距離も近づくってもんさ」


 と言って店主が差し出すのは指輪だ。桃色の光沢を持ちながらもシンプルなデザインで、若年層が好む派手な物とは真逆である。


「コレは親愛なる相手と共に付ける指輪だよ。ペアルック専用のアクセサリーで、”私達は特別な関係です”と対外的にアピールすることもできる」


「でもサイズが合わなきゃ意味ないしな……」


「試してみなされ」


 手渡された指輪をミューアは右手の薬指にはめてみる。すると、事前に計っていたかのようにサイズがピタリと一致した。


「うおっ! 調整せずともはまったぞ」


「私もです。キレイにスポッと入りました」


 アリシアもミューアと同じ位置に指輪を装着し、何の違和感も無いようだ。測定も無しに二人共に完全に適合しているとは偶然にもホドがあるが、事実、こうして合っているのだ。


「その指輪は二人に付けてもらうために存在していたんだよ。もう運命とも言えるね、これは」


「確かに、かなりの偶然ではあるけど」


「アンタ達の末永い幸福が約束されたも同然だね。さ、購入するだろ?」


「買わせるセールストークが上手いな。まあいいや、値段はいくらなの?」


「特別に金の小判一枚にしておくよ」


「高っ!!」


 金貨ならともかく、金の小判の価値はかなり高い。贅沢をしなければ一ヵ月間の食材確保には困らないレベルである。

 そんな小判一枚分に匹敵する価値が桃色の指輪にあるとはミューアは思えなかったが、場の雰囲気もあってか支払うことを承諾してウエストバッグから小判を取り出した。


「たまたま小判を持っていたけど、アタシが貧乏だったらどうしたんだ?」


「あたしゃ慧眼持ちでね。アンタが金の小判を所持しているのは、そのウエストバッグの膨らみで分かったのさ」


 ミューアが腰に巻く小さなウエストバッグは魔結晶なども入っていてパンパンになっていた。その端部分が楕円形に膨らんでいて、目ざとい店主は小判が入っていることを見抜いたらしい。

 そんなバカなとミューアは思うも、この相手にこれ以上突っ込むのは無駄だと小判一枚をカウンターの上に置く。


「へへ、どうも。これで暫くは生活に困らないよ。酒も上質なのが買えそうだ」


「いや、そういうんは客がいる前で言うなよ……でも悪い買い物ではなかった」


 アリシアの右手に対し、ミューアは自分の右手を添える。互いの薬指を彩る装飾品に頬が緩むが、続いて店主が口にした話に多少表情が硬くなった。


「そういえばエルフで思い出したんだがね、夜に現れるタチアナというダークエルフがいてな。アンタ達は知っているかい?」


「タチアナ? いや、知らないな。どういうエルフなんだ?」


「いやぁコイツが厄介なエルフでねぇ。職業は踊り子で、夜の酒場なんかで舞っているのよ。それだけなら別に普通なんだけど、気に入った女の子を片っ端から持ち帰る悪癖があるのさ」


「なるほど、ラミーの言っていたエルフか」


 ソトバ村を解放した後、ラミーから教えてもらった事を想起する。ディガーマで女漁りをするエルフがいて、気に入った相手を抱き込んで堕落させてしまう困った人物であるとの噂であった。

 

「でも、なんで出禁にならないんだ? そんな厄介なダークエルフなら入店拒否するだろう?」


「それがねぇ…タチアナは悪評を掻き消すほどに人気があるんだよ。なんせ美人だし、人当たりが良いんだ。需要があるからヘタに出禁にできんのさ」


「表向きは美人エルフの踊り子で通っているんだな。でも裏の顔を知る者は嫌厭していると」


「ってこと。ああいう奴のせいでディガーマの治安が悪くなるし、外の街にも尾ひれが付いて噂が広がれば来客が少なくなる。酒場は盛り上がるだろうけど、ここいらで商売している連中は迷惑がっているんだよねぇ。もし同じエルフのアンタ達が知り合いだってんなら止めて欲しかったんだんだけど……すまんね、今のは忘れてくれな」


 店主はニコやかに謝り、金の勘定に戻る。

 まさかここで情報を得られるとは思ってもみなかったが、確かにディガーマの夜を荒らすダークエルフは存在しているようだ。


「街の人も困っているようですね。いずれエルフ族自体が煙たがれる事になる可能性もありますし、タチアナさんの悪行を止められればいいのですが」


 タチアナ一人のせいでエルフ族全体の評判が落ちるのは避けたい。今はまだニュートラルに接してくれているが、いつかはエルフというだけでディガーマの商店を利用できなくなる日が来てもおかしくない状況なのだ。


「そうだな……どうせ夜になったら酒を呑みに出向こうと思ってたし、目に付いた酒場に入って聞き込みをしてみるか」


「ですね。エルフが相手なら私達の話を聞いてくれるかもしれませんし。でも、まずは食事にしませんか? お腹が空いてしまって……」


 当初ミューアは乗り気ではなかったが、アリシアの気合に押されるようにタチアナ捜索について考える。

 商店の立ち並ぶエリアを抜けた二人は、アリシアの腹を満たすべく少し早めの夕食を取るのであった。






 腹ごしらえを終えた頃には太陽は沈み、昼とは違った夜の賑わいを見せ始める。接待を伴う飲食業や、豪勢な酒場などが次々と店を開けていき、仕事終わりの住人や観光客達が陽気なテンションで入って行く。


「さてと、この中からタチアナというダークエルフを見つけるのか。なかなかに骨の折れる捜索だな」


「ですねぇ。この周囲だけでも、ざっと二十軒近いお店がありますし……二手に別れて探しますか?」


「うーん、その方が効率的だけど心配なんだよなぁ。アリシアを一人にするのは」


「むー。私だって子供ではないのですから大丈夫ですよ!」


 むくれながら抗議するアリシア。しかしミューアにしてみれば、ほんわかとして隙の多いアリシアを夜の街で一人で行動させるのは不安でしかない。


「私はアッチの方角の店から調査してみます」


「無理はするんじゃないよ? 軽く聞き込みをしたらココに集合ってことにしよう」


「はい。客引きをしている人にも訊いてみますね」


「ああ。でも軽々しく付いて行くなよ? 客引きに妙な店に案内されてボッタクリに遭う事案も多いから。例えお菓子をくれるって言われてもダメだかんね?」


「もうっ! だから私は子供じゃないです!」


 頬を膨らませて腕をブンブンと振るアリシアは子供にしか見えない。これでよく自信満々に調査するなどと言えたものである。


「それじゃあまた後で。タチアナを発見しても手は出すな。アタシを呼んでからにしてな」


「分かりました」


 飲食店街の入口でアリシアとミューアは別行動することになり、それぞれタチアナが立ち寄っていそうな店を探る。


「タチアナさんは踊り子を職業としているようですし、ダンスステージのありそうな大きな所にいる可能性が高いですね」


 酒の席を盛り上げる要員として踊り子は重宝されている。そのため、ダンス用のステージを店内に設置している大型店舗は人気があるようだ。

 そうした店ならタチアナが居るかもしれず、アリシアはひとまず近くにあった大きな酒場に赴く。


「まずはココで調査をしてみましょう」


 入店すると従業員がアリシアを笑顔で出迎える。エルフ村には存在しない活気に満ち溢れた店内の雰囲気は慣れそうになかった。


「いらっしゃいませ! お一人様でよろしいでしょうか?」


「あ、はい。あの、タチアナさんという踊り子のエルフはコチラにいらっしゃいますか?」


「お客さん、タチアナさん目当てとはツウですね! 今日のステージはもうすぐ始まりますよ」


「えっ、タチアナさんいるんですか!?」


「ええ。昨日から明日までの三日間はウチでショーをしてもらう契約をしたんです。商店街には彼女を悪く言う人もいますが、お客さんからは人気がありますからねぇ。引っ張りだこで声を掛けるのも一苦労なんですよ」


 どうやら夜の業界では引く手数多らしく、彼女の悪癖は見て見ぬフリをされてるようだ。

 アリシアは店員に促されるまま席の一つに案内され、とりあえずお茶を注文してタチアナが出てくるのを待つことにした。


「さぁ皆さん! 今宵も稀代の踊り子、タチアナの舞いをご覧ください!」


 暫くすると、店長と思われる女性の紹介と共に一人のエルフがステージに姿を現す。そのエルフはおっとりとしたお姉さんタイプであり、人間であれば二十代後半といった容姿である。だが、長寿でゆっくりと老化の進むエルフなために実年齢は訊いてみないと分からない。


「あの方がタチアナさん……って、ほとんど裸体…!」


 胸や股部分にヒラヒラとした白い布を巻いているが、体のほとんどは露出されていて、さながら痴女そのものである。しかし、そのしなやかな体に人々は魅了され、目を離せない。

 

「うふふ…わたくしの美に酔いしれるといいわぁ」


 垂れ目で穏やかそうだった表情が自信に満ち溢れる。途端、全身をくねらせて彼女の舞いが始まるのだ。


     -続く-

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