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第四話 括り蛇

「それじゃあ仕上げ、右腕の稼働を確認するわよ……神経情報切断……再接続」


 完成したリリアの右腕を持ち上げながら自らの神経情報を切り替える、すると今まで精密作業をしていた私の右腕が力無く垂れ下がり、代わりに持ち上げた右腕の指先がピクリと僅かに動き……感覚を確かめるようにゆっくりとその指を広げた。


「わぁ……凄いよお姉ちゃん、手が動いた……!」


「……ん、駆動音無し……でも少し関節が固いかな……?」


 再び神経情報を私の腕に戻し、何度か微調整を繰り返すとまだ持ち主のいないその腕はかなり柔軟で自然な動きが出来るようになった。


「よし、これなら細かい動きも楽に出来る筈よ……良かった、ちゃんと出来た」


 右腕を水槽の中に戻すと傍らに置いてある椅子に腰をおろした、汚染窟の探索と比べると大した動きはしていない筈なのに神経を集中していたせいかどっと疲れが押し寄せる、だがこの程度で潰れていては彼女の体はいつまで経っても出来やしない。


「凄い……本当に凄いよお姉ちゃん」


「ありがとうリリア、でも……問題はここからなのよ」


 足元に視線を落とし、そこにある箱の中に詰められた左腕の骨となる生体金属パーツと魔導石から作り出した糸を拾い上げながらボソリと呟く、そう……本番はここからなのだ。

 私の魔導義肢は右腕と両足だけ……ここから先のパーツは作っても先程のように遠隔で神経を再接続しての微調整が出来ず、故に今までよりも更に慎重に作っていかなければならない。

 左腕に関しては右腕の構造が生かせるが胴体や頭部等の魔導義体に関しては完全にぶっつけ本番になってしまう……その事を考えると胸が押し潰されそうな程のプレッシャーを感じずにはいられない、もしリリアの魂を移してから何か不具合でも起こったら……次々に浮かび上がる悪い考えを振り払いながら無理矢理意識を集中させ次々に左腕を組みあげていく……少し経った頃、不意に体が……いや、家全体が一瞬大きく揺れた。


「……っ!……何、地面が揺れた? リリア、大丈夫?」


「う、うん……びっくりしたね」


 短いが強い揺れだった、反射的に魔導義肢の入った水槽を支えながらリリアの魂が宿った魔導板に顔を向けて安否を確認する。


「怪我はありませんかティスさん! リリアさん!」


 休眠状態だったエルマが慌てた様子で専用の通路から部屋に飛び込んで来た、今の揺れで緊急起動したようだ。


「平気よ、何が起こったのエルマ?」


「ぼ、僕にも何が何やらさっぱり……でも大勢の人の声が聞こえるので揺れたのはここだけじゃないみたいです」


「そう……ごめんリリア、ちょっと大通りまで見て来るわね」


「うん、気を付けてね……お姉ちゃん」


 リリアに向けて頷きで返事をすると魔導義肢の入った水槽に再び布をかけ、しかし再度先程の揺れが起こった時に不安なので念の為ベルトで台と水槽を固定すると手早く最低限の装備と梟の仮面を装着しエルマと共に外に飛び出す。

 家から出て高台から大通りを見下ろすとエルマの言葉通り人だかりが出来ているのが遠目に見える、時計屋の家の方にも目を向けると今の揺れでいくつか植物の鉢が倒れたようだが彼女が外に出た気配は無い。


「なんなのよ一体……仕方ない、行くわよエルマ!」


「はいっ!」


 駆け足で大通りに降りると人々がざわつき思い思いの不安を口にしていた、しかし耳に届く言葉を聞く限り誰も今の揺れの原因が分かっていないようだ。

 これでは誰から話を聞いても得られる情報など無いだろう……どうしたものかと物陰で腕を組んで考えていると、離れた箇所から聞こえるざわめく声の雰囲気が変わった事に気が付いた。


「長だ……(くく)り蛇殿が降りて来てくださったぞ、道を開けろ!」


 何事かとそっと顔を覗かせると誰かが上げたその声に人混みが左右に割れており、その中心に現れたのは大鷲の仮面を被り金色の装飾を施した悪趣味な杖をつく一人の老人だった。

 後方には一つ目の不気味な面を着けた二人の男が真っ赤な炎の揺らめく松明をそれぞれ掲げている、それを見た私は無意識の内に舌打ちをしていた──このズーラで最も嫌いな相手のご登場だ。


「……あいつまで出て来るなんて、なんだか胡散臭くなってきたわね」


「てぃ、ティスさん! 他の皆さんに聞こえちゃいますよ!」


 顔を逸らし深いため息をついて腕を組んだまま項垂れると不意に周囲が水を打ったように静かになった、不思議に思い再び物陰に隠れながら覗き込むと老人が片手をそっとあげていた、たったそれだけであのざわめきが収まるのか……相変わらずカリスマというか……人望だけはあるようだ。


「……皆の者、不安な気持ちは分かるがまずは落ち着くがよい」


 括り蛇がゆったりとした口調で語りかけた、この地底都市に降りた人間の殆どは過去の名前を捨てて彼のように新しい名前を名乗る者が殆どだ、今このズーラで生きているのは私のようなホムンクルスを除くと全員が雨の毒によって起きた臓器の機能不全の副作用で長命を手にしている者ばかりだがその中でも偉業を成した者や人を纏める才能に秀でた者は彼のように長と呼ばれている、私が知っているだけでも以前は四人の長がいたが今はその半分しかいない……それがあの括り蛇と、時計屋だ。

 大きくバラけていた頃はそうでもなかったが長が二人になった事を切っ掛けに小さな問題が起きた、私達も危惧していたいずれ起きるであろういざこざ……言うなれば派閥争いのようなものだ。

 しかしそんな火種も大きくなる前に時計屋自身が人を仕切る事も人の上に立つ事も面倒だと一蹴したせいで時計屋派の勢力も殆どが括り蛇に流れ、今や時計屋派は私達だけとなっている。

 敵前逃亡とも言える行動をとったにも関わらず時計屋や私達が今の立場を維持出来ているのはひとえに技術力の高さ……その一点に尽きる、ほぼ無制限に汚染窟の中を探索できる私達と違って彼らの装備ではそう深い所までは潜れない、お陰で段違いの魔導石の回収量に加えて人々の心を癒す時計を作る腕もある私達を表立って悪く言う者はいないどころか陰では頼りにしている人々も少なからずおり……その結果、今のお互いに不干渉というバランスに落ち着いている。

 それにしても……興味も無かったのでじっくり見た事は無かったのだが、括り蛇の後ろに控えている二人は彼によって作られた第二世代の人間……つまり私と同じホムンクルスだろう、ただし筋肉の動きのぎこちなさから見てもかなり粗雑なものにしか思えない……時計屋に作られた私とは比べ物にもならなそうだ。


「先の揺れ……皆の心に深い不安の影を落としただろうが何、案ずる事はない……何故ならば近々揺れがこの地底都市を襲う事は既に分かっておった事だからだ」


「おぉ……! 長殿、それは本当ですか!」


 堪らず言葉をもらした住人の一人に括り蛇が深く頷いて見せると、人込みから大きな歓声と安堵のため息をつく音が聞こえた。


「……何を言ってるんだか」


 バカバカしい……もし仮に分かっていたなら何故事前に言わないのか、耄碌(もうろく)爺の戯言など聞くに堪えないと背を向け階段を数段上がると、不意に背後から名を呼ばれた。


「時計屋のホムンクルスよ、待つがいい」


 時計屋のそれと比べてなんと耳障りな声だろう、しかもそれが今自分に向いていると思うと本気で寒気がする。

 うんざりとしながらも振り返ると他の住民達も揃ってこちらを見上げている、不愉快な視線が集中しなんとも居心地の悪い空間だろうか。


「はぁ……何よ?」


「お前! ホムンクルスだからと、長に向かってその口の利き方はなんだ!」


 括り蛇の脇にいた男が反射的に声を荒げた、まるで熱心な信奉者だ……そんな男が尚も捲し立てようとするのを再び手を上げて制すると、蛇がこちらを見上げていやらしい笑みを浮かべた。


「どうかね時計屋の、お前は随分と深い所まで汚染窟を探索しているようだが……此度の揺れの兆候を見つける事は出来たかね?」


「……」


 押し黙り、睨みつける私を見て括り蛇の目の奥が怪しく光る。

 こちらを煽るようなその視線に胸の奥で怒りの感情が湧き上がるのを感じるが、ここで喚き散らす程愚かではないつもりだ。


「フフフ……まぁお前はこの地底都市以外の世界を知らぬ、故に気付かぬのも無理は無いと言えるかもしれぬな」


「……それで? 聡明な括り蛇様は一体何を見つけたって言うのかしら?」


「うむ……此度の揺れ、これは恐らく菌震によるものだろう」


「なに?……きん、しん?」


 嫌味をするりと受け流し発された聞きなれない言葉に首を傾げる、そんな私を見て括り蛇が大きく頷いてみせる。


「左様、地上を見た事が無いとはいえお前でもこの地下の構造がどのようなものになっているのかぐらいは分かっているであろう?」


「バカにしないで、そんなのここにいる誰でも知っている事でしょう?」


 眉を吊り上げ反論するが蛇は何も答えない……つまり私に言ってみろという事だ、バカにするにも程がある。


「はぁ……地上から見て深度の浅い地下は土や砂、石の層が殆どよ。そしてその次に雨の毒により異常成長した菌がここまで広がるぶ厚い層を作っているわ、この菌の層のお陰でこれまで雨がここまで流れ込む事が無く私達の生活圏を守っている……ただし菌の層そのものにも毒素や未知の栄養素が含まれていて周囲の植物を異常成長させたり性質を変化させたりしたわ、こうして出来たのが汚染窟よ」


「よろしい、お前の他にも探索者達はその汚染窟で採取や狩りを行いこの地底都市での食料や魔導石の殆どを確保しておる……ではもう一つ、汚染窟に漂う毒性をもつ菌などがここまで流れ込まないのは何故だ?」


「ちょっと、私達はそんな下らない話をする為にここにいる訳じゃないのよ? 私が聞きたいのは……」


「……」


 いらつきながら階段を数段下りて詰め寄るが再び蛇はこちらを静かに見つめたまま口を閉じた、どこまでも腹立たしい老人だ。


「……ああもう魔導石よ、あの石には菌の毒性を軽減もしくは無毒化させる力があるの……だから毒性のある菌が汚染窟中に噴き出してるとは言っても地中に魔導石が埋まっている以上常に発生と消滅を繰り返しているに過ぎないわ、探索者の装備にも魔導石は使われているから付着する心配も無いしね……これで満足?」


「実に結構」


 別に褒められたかった訳では無いし今話した内容はこの地下に住む者であれば誰でも知っている知識だ、だがわざわざ話させた上にこのような雑な扱いを受けるとさすがに頭にくる。


「てぃ、ティスさん……ここは落ち着いてください」


「……エルマ……ええ、分かってる」


 私を止めるように胸元に体を押し当てるエルマから発せられる青い光をしばらく見つめ、長く息を吐き出して心を落ち着かせると顔を上げ、括り蛇の方に目を向ける。


「次はそっちの番よ、菌震って一体何なの? この地底都市に何が起きているの?」


 私の言葉に住人達の方を向いていた蛇の顔が再びこちらに向き直る。


「簡単な話だ、お前の話にも出た菌の層……この菌の驚異的な強度もワシの仮説では魔導石の力を得てのものだったのだよ、つまり此度の菌震は探索者よる過剰な魔導石採掘が菌の強度を弱め……菌の層のどこかがほつれたか或いは切れたか……つまりはその衝撃によるものだとワシは見ている」


「なっ……! 長、それでは雨がここまで辿り着いてしまう可能性があるのではないですか!」


 私が口にする前に住民の一人が堪らず声を上げた、それを皮切りに次々と不安の声が上がる。

 不安の芽が顔を出したのは私も同じだ、今まで菌と植物に助けられてきたがそれが無くなったとなるとこのズーラとて安全ではなくなる。


「いや待て、地中の魔導石の量が減ったのが原因だというなら……あの時計屋のホムンクルスが元凶じゃないのか!? 何の目的だか知らないが、俺達よりもかなり多く採取しているだろう!」


「そうだ……! 俺達は採取量を抑えている、あいつが原因に違いない!」


「……はっ?」


 少し思考している内に気が付けば烈火の如く燃え上がった住民達の口々から放たれる罵倒の的にされていた、確かに私の魔導石の採取量はこの地下都市では一番だが……当然全てを貯め込んでいる訳ではなく、採取には行けずとも食料の下ごしらえが得意な人もいれば刃物を研ぐ事に秀でた人もここにはいる……自分で出来る事も敢えて彼らにお願いし、対価として支払う事で貢献してきたつもりだが……こうまで悪意の捌け口にされると怒りを通り越して悲しくなってくる、チラリと数名の顔馴染みの住民に視線を向けるが首から下げた時計屋からの贈り物である小さな懐中時計を身に纏ったローブの奥へと隠し顔を逸らされてしまった。


「……待ってよ、ちょっとみんな落ち着いて……」


「ええい黙らぬか! 静かにせよ!」


 声を荒げた括り蛇の声に私のか細い訴えごと喧騒は切り裂かれ、住民達の声がピタリと収まる。

 そして咳払いを数度し周囲の視線を自分に集めると、再びゆっくりと口を開いた。


「まだ雨がここまで来ると決まった訳では無い、しかし放置する訳にはいかないのもまた事実……そこで、ワシは一つの提案をしようと思う」


 そこで蛇の視線がこちらに向いた、嫌な予感がする。


「何よりも今は原因を見つけ現状を確認する事が最優先……時計屋のホムンクルスよ、お前は今この時よりワシの指揮の元ワシのホムンクルスと共に汚染窟に潜り、菌震の原因箇所を探してくるがよい」


「なっ……! ふざけんじゃないわよ、どうして私があんたの……」


 あまりに強引なその提案に反射的に声を荒げると背後から二本の黒い布に覆われた腕がにゅっと伸び私の体を控えめにそっと抱えた、ハッとして顔だけ振り向くと嗅ぎなれた植物と機械油の匂いが鼻をつく。


「ヒッヒ……面白い話をしているじゃあないか、どうだい? あたしも混ぜておくれよ?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] なかなか世界観が秀逸ですね。
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