冬の準備 【月夜譚No.168】
ドアノブに手を触れた瞬間、静電気が走った。咄嗟に腕を引いて、弾けた痛みに指先を撫でた。
最近は気温も下がって空気が乾燥しているから、静電気が起き易くなっている。今日はもう三度も経験しているのに、すっかり忘れて何の躊躇もなくノブに触ってしまった。
彼は溜め息を吐いて、思わず玄関の扉を睨みつけた。扉は何も悪くないのに、いいとばっちりである。
秋風が頬を掠める。冷たい空気を含んだそれは、もうすぐ冬がやってくると予告しているようだった。
寒いのが苦手な彼にとって、冬は一年で最も嫌いな季節である。それに、今冬は重要かつ憂鬱な、特大のイベントが待ち構えている。
玄関先でこんなことをしている場合ではなかった。彼は我に返って、恐るおそるドアノブに手を伸ばす。
今度は大丈夫だったことにほっとしつつ、しっかりとノブを握って戸を開ける。
今日もまた、夜中まで机と睨めっこだ。参考書の入った書店の袋を手に、彼はもう一度息を吐いた。