元魔王の祈り。
屋敷の正面玄関で待っているはずの冒険者らの下へと向かうと、何故かフィリアが囲まれていた。
「凄いわフィリアちゃん! まだ五歳だっていうのに、聖属性1だなんて」
「水、それに土も1ずつある。確かに凄いと言わざるを得ないな」
「す、凄いんですか?」
「凄いとも! 人間ってのは生まれた時、たいていは無属性だ」
ほほぉ。そうだったのか。
って、え? 属性1でこんなに騒がれているのか?
えっと、聖2なのだがマズいな。
消し消し。
「属性は努力することで新しく芽生え成長もするが、そう簡単には上がらない」
「そうなの。だけど稀に生まれた時から属性を持ってる人もいるのよ」
歴代の勇者、聖女、大賢者が、まさに属性を持って生まれた人間だ――とアデルが自慢気に言う。
とすると……ぼくは勇者か大賢者にさせられてしまうのだろうか?
いや、大丈夫だろう。
だって魔王はもう居ないのだから!
「おっと、ルインが戻ってきたようだな。じゃあ鑑定してやろう」
「はい! お願いしますライデンさん」
鑑定結果は【聖(1)】。他は見られない様、偽装している。
結果を聞いたライデンたちは驚き、フィリアは自分と同じ属性をぼくが持っていたことを喜んだ。
「フィリアちゃんもルインくんも、将来有望な司祭になれるかもね」
「本当ですか!? ぼく、聖職者になりたいんです!」
「ふふ。そしたら私には可愛い後輩が出来るのね。楽しみだわ」
この時の鑑定結果が功を奏したのか、その後、彼らが帰ってから一か月後。
「ルイン。エリーって人から荷物が届いているわよぉ?」
村の修繕のお手伝いをしていると、母上が小包を持ってやって来た。
エリー? いったい誰だろう。
「エリーってあの女の神官さんでしょ? 何かしらね」
「神官……あ、あのお姉さん」
そうか、神官はエリーという名であったか。
いったい何を送って来たのだろう。
泥で汚れた手を洗い、早速包みを解いてみると――。
中に入っていたのは一冊の本だった。
表紙の文字は標準文字なので読める。
有難い。これは神聖魔法を学ぶための聖書か。
「ルインさま、これはなんて読むの?」
「ん? これは――」
エリーが送ってくれた小包には、手紙も添えられていた。
『見習い神官が学ぶために読む聖書を送るので、フィリアちゃんと二人で仲良く勉強してね』
そう書かれていたので、フィリアに見せないわけにもいかない。
だがフィリアは字を読めなかった。
ぼくはこの世界の全言語の読み書きが出来る。
創造された瞬間から、全ての知識を与えられていたから。
人間の基準だと文字の読み書きが出来るのは六、七歳頃から。それも学ぶ環境があれば――だという。
そういえば村のご老人の中には、読み書き出来ない人もいたなぁ。
日中は村の復興を手伝い、昼食時にフィリアへ聖書の中身を読んで聞かせた。
夜はひとりで遅くまで聖書を読みふける。
何十回と読んだ。
暗記するほど読んだ。
だが神聖魔法は授かっていない。
何故か。
聖書には敬虔な信者であればあるほど、奇跡の力を授かることが出来る――とある。
そして神殿、もしくは教会に祈りを捧げ、願うことだとも。
神殿?
ここから一番近い神殿でも、徒歩で半月は掛かると言う。
教会?
この前のスタンピードで破壊された。
つまり無い。
無いなら作ればいい。手作りしようではないか。
空間転移の魔法で森へと向かうと、即席の教会作成に取り掛かった。
「建物は必要ないだろう。要は祈るための祭壇があればいいのだろうし」
高い所に置いた物を取る為に使っている踏み台。これを祭壇に見立てる。
踏み台に清潔な白い布を被せ、燭台を二つ、ろうそくに火を灯す。
神像の代わりに母上お気に入りの人形を置いて――。
「では祈ろう。えぇっと、信仰する神は……まぁ誰でもよいが、とりあえず豊穣の女神にしておくか」
聖書の発行元が豊穣の女神を信仰するローリエ教団だから。
ではまず、祭壇に膝を突き手を合わせる。
目を閉じ、心の中で神の名を呼ぶ。
――ローリエ。
それから――信仰を示せだの祈れだのあるが、まぁ神聖魔法の習得が目的だ。
正直にその旨を伝えればよいだろう。
――ローリエよ。神聖魔法を寄越せ。
『ちょっとそれストレート過ぎませんか? ねぇ、ねぇ!?』
「ふぁっ!? 母上の人形が喋った!?」
奇怪な!
鑑定した結果、特に何かの魂が吹き込まれているだの、呪われているだの無かったというのに。
考えられることと言えば――
「勝手に人様の人形に降臨するな!」
『あなたが呼んだのでしょう! しかも物凄い強制力でっ』
「やはり貴様、豊穣の女神ローリエか!」
喋る人形は動く人形にまで進化していた。
母上が幼少期に祖母が手作りしてくれたという、女の子の人形。
瞳はボタン、口は×マーク。元は金髪だったという髪は色が抜け落ち、黄ばんだように見える。
よし、豊穣の女神の姿として記憶したぞ。
『あの、ちょっと……今凄く寒気がしたのですけど?』
「もう直ぐ冬だからな。そのせいだろう」
『違うと思う。違うと思うんです……』