元魔王、馬車に乗る。
*連続更新中です。(ここは本日2話目)
「相変わらずめちゃくちゃだな、ルインは」
「そうか? 聖職者として怪我人を見過ごす方がまずいだろう」
「うん、まぁそうなんだろうけどね。ところでルインは冒険者登録したのかい?」
「ん? 冒険者登録?」
「やっぱりしてないのか。ま、いっか」
くすりと笑うラフィは、閑散としたギルドを見渡した。
あれだけ人でごった返していたギルドは、まるで嘘のように静かだ。
「人が少ないと、張り紙見るのも楽でいいね」
「張り紙? あぁ、あの壁のヤツか。あれがどうした?」
僕の魔力に充てられていなかった何人かの冒険者が、張り紙を凝視しているのがよく分かる。
張り紙に書かれた内容を読んでは、また別の紙を見ているようだな。
「あれにね、ギルドから出てる仕事の依頼が書かれてんだよ。比較的条件の緩い依頼がね」
「緩い? 仕事を引き受けるのに条件などあるのか」
「あったりまえじゃん。重要な仕事だと、受ける側の冒険者の保証も必要なんだよ」
「保障?」
「そ。本当にその依頼内容に実力が見合っているのかどうか。あと信用できるかどうかってね」
なるほど。
壁に貼ってあるものは容易に完遂できる仕事内容なのだろう。
ラフィもその張り紙へと近づき物色を始める。
「せ、せっかくパーティー組んだんだからさ……。そ、その、なんか簡単な依頼受けてみない?」
「僕は冒険者ではないが、大丈夫なのか?」
「アタイが冒険者だからね。アタイが引き受ける形になるよ。それとも冒険者登録する?」
「冒険者か……」
「まぁちょっと時間かかるけどね」
「なら断ろう」
「はいはい。じゃ、この辺りの仕事とか、どう?」
ラフィが引っぺがしたのは、家畜の運搬中の護衛依頼だった。
目的地は王都から北西の農村オムーア。
そこから再び王都に向け、家畜を伴って戻ってくる。もちろん畜産農家の方も一緒にだ。
オムーアまで徒歩だと三日は掛かると言う。ラフィの勧めで乗り合い馬車なる物に乗り込むことになった。
オムーアまでは一日の距離。途中で野宿することになるが、ラフィが乗車賃をタダにしてくれる代わりに、こちらも護衛をタダで引き受けるという。
もちろん僕も彼女と一緒に護衛を引き受けた。
そして夜。街道沿いにある休憩所での一泊となった。
「ラフィ、先に眠るといい」
「で、でもルインひとりで……うん、大丈夫だね」
「あぁ、大丈夫だ。僕ひとりで手に負えないような事態になったら、その時は助けて貰うぞ」
「ふふ。まっかせて。じゃあ、おやすみルイン」
「おやすみラフィ」
街道の要所にある休憩所は小さな小屋になっていて、中では十数人が眠るためのベッドがある。
お世辞にも柔らかいベッドではない。だが地面に寝転ぶよりはいい。
だがラフィは小屋へは行かず、僕の後ろに寝袋を敷いてその上に転がった。
「ラフィ、寒いだろう」
「平気。ここがいいもん……おやすみ……」
「仕方のない奴だ」
兄上がくれた紺色のおさがりのマント。それをラフィにかけてやる。
「おやすみラフィ。良い夢を――」
焚火の火が消えぬよう、時々薪をくべながらスローライフへと想いを馳せる。
馳せてみたものの……のんびり暮らすだけでよいのだろうか?
前世ではとにかく椅子に座っているだけだった。
無駄に頑丈だったせいか、特に尻が痛くなることもなかったが……。
もちろん椅子から立ち上がり、歩くことも出来た。ただし玉座から半径五メートル内だけ。
やることも無く、話し相手もおらず。初めて勇者がやって来た時には歓喜したものだ。
まぁそのあと、こちらの話も聞かず問答無用で殺しにかかって来た勇者には絶望したが。
くくく。今となってはよき思い出。
おや。誰かきたようだ。
灯りを持たず、音もたてずやって来るか。焚火の灯りを頼りに近づいて来るにしては、随分と不自然だな。
人数は十三人。全員が武器を手に持っている……か。
神聖魔法の試し打ちをしていた時代、この辺りはあまり来ていなかったな。
「見張りは優男がひとりのようだな」
「なんだ、ひとりかよ。だとすると、馬車の客も期待できねえな」
「だな。金持ちが乗ってりゃあ、もうちょっとまともな護衛を雇っているだろうし」
確かに。裕福そうな者は僕らを含め、乗客には居なかったな。
なかなか鋭い奴らめ。
男たちは忍ぶ様子もなく、焚火の灯りが届く場所までやって来た。
「よお、兄ちゃ「静かにしろ――静寂」――!?」
「――!?」
騒ぐとせっかく眠ったラフィが起きてしまうだろう。
まったく、空気の読めない奴らだ。
あ、こいつらが悪党かそうでないのか、尋ねるのを忘れていた。
立ち上がり、そして空間を捻じ曲げ一歩でひとりの男の前に出る。
「☆×Д△〇!?」
「静かにしろ。お前たちは何をしに来た?」
僕が触れる男にだけ、魔法の効果を解除する。
「な、何しやがったこのやさ――お? 喋れる?」
「いいから答えろ。地獄に落とすぞ」
「はっ。魔法を使うようだが、魔術師ってのはな、近づきさえすりゃあ簡単に殺せんだ――」
うん。悪党決定だ。
男は剣を掲げ、そのまま僕の頭上へ振り下ろそうとする。
それよりも早く、男に触れた手に魔力を注いだ。
吹っ飛んだ拍子に静寂の魔法効果が再び掛かり、男の悲鳴は聞こえない。
さっきの男の声で、ラフィを起こしてはいないだろうか?
うん。よく眠っている。
さて、では――
地獄に落ちて貰おうか?