マリアロゼ。あとデリントン。
ルインの部屋を追い出されたマリアロゼは、彷徨うようにふらふらと歩いていた。
寄宿舎を出て直ぐ、異変を感じたデリントンが彼女へと駆け寄った。
「マリアロゼさま、あまりにも遅いので心配になって来てみれば……ま、まさかあの男!? 我が聖女の純潔を――」
「私の純潔を……ぁ……あぁ……」
頬を赤らめ混乱するマリアロゼを見て、デリントンは脳内で勝手に妄想を膨らませる。
悪魔のような笑みを浮かべ、全裸のマリアロゼの上に跨るルイン――
喘ぎ苦しむ彼女の淫らな姿――
それを鼻の下を伸ばし妄想した次の瞬間。
「み、妙な妄想は許しませんわよっ」
と、マリアロゼの容赦ない蹴りが飛んでくる。
床に転げたデリントンは、それでも恍惚とした表情で彼女を見、懇願した。
「もっとっ。もっとなじって下さい! もっと蹴って、もっと――あっ、あぁっ!」
「こうしてあげますわ。こうして!」
廊下を行く神官見習いらが不審そうな、そして怯えた目で通り過ぎていく。
それを気にすることなく、二人の怪しい行動は暫く続いた。
「はぁ、はぁ。と、とにかく、私は何もされていません。変な妄想は慎みなさいっ」
「は、はい。それを聞いて、安心いたしました」
「さ、帰りますわよ」
自室へと戻る間、マリアロゼは後ろ髪を引かれる思いで一度だけ寄宿舎を振り返った。
何も無かった。
自分とルインとの間には何も無かった。
彼女自身、未だその身は処女なれど、別にいつでも捨てていいと思っている。
思っているが相手は選びたい。
出来れば強引に、嫌がる自分をめちゃくちゃに凌辱してくれる、そんな男が良いと思っている。
付け加えるなら顔はとびきり良く、身分はどうでもいいが汚い男は嫌だ。
頭が悪い男も嫌だ。
若い大人はいいが、中年以上は嫌だ。
太っているのも嫌だ。
スラム出身でもいいが、実はどこぞの王子様でなければダメだ。
全ての条件を満たす男など、そうそう存在しない。
そんな男に無理やり抱かれたい――などと思っているのだから、叶わぬ夢だろう。
だがマリアロゼは今、あの男――ルイン・アルファートに凌辱されなかったことを悔やんでいる。
(私のような美少女がベッドで眠っていたというのに、何故何もなさらなかったの? 私に魅力が無いと? そんなハズありませんわ。みな私にひれ伏し、私を欲情した目で見ていますもの)
そう。デリントンのように。
彼だけではない。
神殿内には彼女をそうした目で見る者は多い。
だがそうでない目で見る者の方が圧倒的に多いのだが、マリアロゼは都合の悪い面はまったく見向きもしないのだ。
彼女に媚び売る者が自分を見つめている――それしか視界に収めていない。
(あぁ。あの方の冷たい視線――あれに見下ろされながら、身も心もめちゃくちゃに犯されたい)
そう思っただけで、マリアロゼは全身が熱くなり、ぷるぷると小刻みに震えた。
「マリアロゼさま?」
後ろを歩くデリントンが、震えるマリアロゼに気づき声を掛ける。
だがマリアロゼは反応しない。すっかり妄想の世界に旅立ってしまっている。
「マリアロゼさま!?」
声を荒げ、デリントンは彼女の肩を掴んだ。
振り向かせた彼女の表情は恍惚としており、口元からだらしなく涎まで垂れていた。
その表情が――
デリントンの欲望を刺激する。
(あぁ、美しい。なんと美しいお方なのだ。踏まれたい。この方に踏まれたい。しかし――)
自分もまた同じような表情をするのを知っているため、今彼女が何を妄想して恍惚としているのかが気になる。
その妄想が自分との淫らな行為であればよし。
だが現実はそう上手くはいかない。
「ぁ……ぁん……ル、ルイン……やめ……らめぇ……」
すっかり妄想の世界でルインに犯されまくっているマリアロゼは、歓喜の表情を浮かべる。
「ルイン……ルイン・アルファートッ」
愛しの君から零れた名を口にし、デリントンは嫉妬の炎を燃やす。
その時、地面が僅かに揺れた。
「これは――この揺れは――! もしや俺の怒りが神へと通じたのか!?」
自分の怒りの同調した神が震えている。
デリントンはそう勘違いした。
「マリアロゼさまに相応しい男は、この俺だ!!」
デリントンは拳を突き上げ、天に吠えた。
その声は天には届くはずもなく、だがタイミングよく揺れは収まってしまった。
それが彼を更に勘違いさせる結果となる。
「ふふ。ふはは。俺様こそが神に選ばれし者! そう、俺様こそが勇者だ!!」
「あ……デリントン、五月蠅いですわよ! せっかく……せっかくあともうちょっとだったのに!!」
デリントンの咆哮で我に返ってしまったマリアロゼは、怒りに任せて彼を蹴り倒す。
つい今しがた猛々しく拳を突き上げた男は、自分より背丈の小さな少女に蹴られ、呆気なく地面に転がった。
「あぁ、もっと――もっと踏んづけてください!」
「こうかしら? こうよね! こうでしょう!!」
少女が少年を蹴り、蹴っている方も蹴られている方も恍惚とした表情を浮かべる。
そんな奇妙な光景は、聖域と呼ばれる奥の神殿前で繰り広げられることとなった。