元魔王、覚醒!
もうじき大神殿へとやって来て一年が経とうとしている。
だが未だにぼくは治癒すら発動しない。
何故だ?
種を芽吹かせることは出来る。しかも異様なサイズに成長させることすら出来た。
では何故治癒は発動しないのか?
「"癒しの光――ヒール"って、こうやるんだよ」
「治れ~って祈りながら呪文を唱えるんです」
剣士になりたいと言うラフィまで、遂に治癒魔法を習得してしまった。
そのせいで彼女はぼくの先生気取りで魔法を実演して見せる。
「いくらやっても発動しない。祈っても無駄だった。ぼくに……ぼくに何が足りないと言うのだ!?」
「なんだろうねぇ」
「何故でしょうねぇ?」
くっ。そんなの、ぼくが知りたいに決まっているだろう。
「でもさ、ルインは魔法が使えるんだから、神聖魔法だって使えてもいいはずだよね」
「そうですね。ルインさまは難しい魔法も使えるようだし、一度出来るようになればどんどん覚えられると思います」
ラフィの稽古は、今では二人の部屋の前で行っている。
元々奥の神殿は人の通りも少なく、掃除担当者以外は司祭以上の者しか居ない。
もちろん防音と不可視の魔法が使っているが。
フィリアも必然的に、ぼくが魔法を使えることを知ることとなった。
しかし、ラフィの言う通り、魔術師系統の魔法は全て網羅しているぼくなのだから、神聖魔法だって――そう思い続けて八年。
もしかして十四歳の誕生日のお祝いに、治癒が使えるようになる!?
なーんてことは無かった。
誕生日は先月済んでしまったが、意気揚々と治癒の呪文を連呼してみたが無駄。
毎日毎日数百回と唱えるが、今だ成功したことは一度もない。
最近ちょっと落ち込んでいる。
この日も二人のアドバイスを聞きながら何十回と試したが、うんともすんとも言わなかった。
「もしかしたらルインは、普通の神聖魔法じゃダメなんじゃないかと思って」
「それで、私たちにいろいろ教えてくれるおじいちゃんにお話ししたんです。そしたらおじいちゃんが一度見てくださるって」
「おじいちゃん?」
数日後の夜。いつものように二人の下へ向かうと、今夜は誰かと会う事になっていた。
「そのじーさん、昔は神官戦士だったんだって」
「神官戦士? 鈍器でぼこすか殴る、破壊坊主のことか」
「ぷふっ。ルインさままでそんな事言ってる。別に何かを破壊したりしませんよ」
「そうそう。アタイも剣士がどうしてもダメなら、神官戦士でもいいなぁ」
授業で習うのは、神官戦士=破壊坊主という内容だ。
武器を手に戦う神官という、ごく単純なものだが、何故か司祭の多くは毛嫌いしている。
自分たちの方が優秀だし、聖職者の性分とは傷ついた者を癒すことにある――と、声を大にして唱えている。
ただまぁ……神官だの司祭だのと言っても、実は魔法が使えない者の方が多かった。
金の力で入信し、肩書だけの位階を貰っている者たちだ。
特に大神殿や神殿に配属されている聖職者はそれにあたる。
逆に末端の教会に配属されていたり、どこにも属さず、冒険者として身を置いている者は魔法が使える――と。
二人の案内で建物の地下へと向かう。
元神官戦士の老人は現役を退き、今は大聖堂の地下で暮らしているという。
寝泊まりしているのが地下室というだけで、別に四六時中そこに居る訳ではなさそうだ。
地下室には書斎があった。
陽に焼けるのを避けるため、古い物はここに集められているとフィリアから教えてもらった。
「おじいちゃんはここの奥に居ます」
「本の管理をしているのか?」
「そうだよ。だけどそれだけじゃないんだって」
「大神殿の地下には大きな墓地があって、その入り口はこの奥にあるんですって。そこの管理もしているんです」
墓地……そんな感じはしなかったが……あぁ、そういえば。
デリントンに呼び出された古びた教会。あの中で汚物のような気配を感じたが、あの地下に墓地があったのだろうか。
「おじいちゃーん。ルインさま連れてきました~」
地上階とはまったく違う、分厚い木の扉をフィリアがノックする。
するとすぐにしがれた声が返って来た。
「おぉ、入れ入れ」
中へと入ると、そこは窓が無いだけのただの部屋。
ベッドにタンス、椅子とテーブルのセット、ソファー。それに本棚と大きめのチェストがひとつ。
ソファーに腰を下ろしていた初老の男が立ち上がり、ぼくたちにそのソファーを譲ってくれる。
「ほうほう。二人が言っとった坊主は、それか」
それ……ぼくをそれ扱いか。
「ルインさまです。魔力はとってもあると思うんですけど、治癒魔法がいつまで経っても使えないんです」
「そうそう。アタイですら使えるのに、聖属性3のルインが使えないって、変だよ」
じわりと二人のセリフが胸に刺さる。
そんなぼくの手を、いつの間にかおじいさんが握っていた。
そう、いつの間にか――。
ぼくはまったく気づいていない。
おじいさんがソファーの横に来たことも。しゃがんでぼくの手を取っていたことも。
只者ではないな。
「ふんふん。確かに魔力はあるな。しかも馬鹿みたいにじゃ」
「ぅえっ。ルインって凄いの?」
「さすがルインさま!」
触れただけで相手の魔力を測れるのか。
元神官戦士だというが――なるほど。確かに只者ではないな。
こっそり鑑定をしてみると、彼の開花している属性の数が多い。
聖属性8。火属性6。水属性5。土属性6。風属性7。
大神殿でたまーに目にする高司祭で魔法を使える者ですら、聖属性が2か3。他の属性を持つ者も稀にいるが、レベルは1止まりばかりだ。
「ふん。勝手に人を鑑定するんじゃないわい」
「な!? き、気づかれた?」
「魔力の流れで分かるわい。ちゅーか坊主よ、魔術が使えるなら、そっちの道に進めば良かろうに」
「それではダメなんだ! 魔物どもは何故か闇属性になっている。闇は火も水も土も――聖以外の属性に対しての耐性が高い」
だからぼくは聖属性唯一の魔術、神聖魔法を習得したいのだ。
「なるほど。属性相性もよく分かっておるようじゃ。ふむふむ。聖属性を持っておるのに使えぬか――治癒魔法からいったん離れ、攻撃系統を使ってみてはどうじゃ?」
「攻撃? ……生憎、初級魔法が載っている聖書しか読んだことがないもので」
「あぁ、そうじゃったな。最初の一年目は初級聖書しか渡されぬからの。では儂が直接教えよう」
おじいさんは本棚から一冊の古びた聖書を取り出した。
その聖書に手を置けと言う。だから置いた。
「では呪文を教えるぞ。"神の祝福を我が下に。聖なる光よ我が手に宿れ――聖なる拳"」
拳に聖属性を付与するタイプの魔法か。
「"神の祝福を我が下に。聖なる光よ我が手に宿れ――聖なる拳"」
言われた通り呪文を唱えた。
すると――
「ふにゅ!? ま、眩しいっ」
「ルインさま。やっぱり凄いです!」
「ここまで光る者を、儂は見たことがないっ。坊主、お前は神官戦士になるべくして生まれた子じゃぞ!」
いや、ぼく。スローライフを成就するべく転生した元魔王だから。