表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/50

元魔王はスィーツを食す。

「なっ!? こ、これはなんだポッソ!」

「それはショートケーキなのね。一番オーソドックスな、苺のショートなの」

「い、苺!?」

「この上に乗っている赤いのがそうなのね」

「え? なに? ルインってケーキ知らないのか?」

「えぇー、うっそおぉっ」


 光の神々の祝勝会なるその日、食堂では色とりどりの『スィーツ』なるものが並んでいた。

 壁はふわもこした紐が押しピンで留められ、リボンで巻かれた箱が所狭しと並ぶ。

 尚、ただの箱で中身は空だ。魔法は必要ない。持ち上げ振れば誰にでも分かることだ。


 ケーキというものにはいくつもの種類があった。


「こ、これは?」

「フルーツタルトなのね」

「ん、んん! このサクっとした食感。それでいて内側はしっとり……果物の甘味と酸味のコラボレーションは、なんと素晴らしいことか!」


 美味しい。美味しい!

 あぁ、父上や母上、兄上にも食べさせてやりたい。


「三つ、貰ってもいいだろうか」

「見つからなければ大丈夫なのね。ほら」


 ポッソは周辺を指差し、そして当たり前のようにケーキを『リボンの巻かれた箱』に詰め込んで持ち帰る学友や、神官司祭を指差す。

 なるほど。あの箱はその為の物か。


「あとは早い者勝ちなのね!」


 そう言ってポッソは、いつの間にやら手にした大きめの箱にケーキを詰め込んで行った。

 ふ。ぼくも負けてはいられない!


 あぁそうだ。フィリアやラフィの分も持って行ってやろう。

 そして三人で美味しく頂くとするか。






「と思って持ってきたのだけれど」


 今日はラフィの剣術の稽古もお休み。この一か月少しで彼女は劇的に成長した。

 その話はまた今度にして、今はケーキだ。


 ぼくの目の前には白くて丸い、苺がいくつも乗ったケーキっぽいものがある。


「ルインさま、これはホールケーキって言うんです。三人で食べようと思って」

「チキンもあるよー」


 ホールケーキ。

 つまりショートケーキのボスという訳だ。

 これを三人で食す……いや待て。

 ケーキはたしかに美味しい。美味しいが、これがなかなか胃にくる。


 ホールケーキはぼくの両の掌を伸ばしたぐらいの大きさ。

 これを三人で?

 え?


「「いっただっきま~すっ」」


 すっかり仲良しになったフィリアとラフィは、声を合わせフォークを持った。

 そしてホールケーキにぶすりと刺し、ぱくり。


「ん~、おいひぃ~」

「ふみゅ~、たまらんですなぁ~」

「ルインさま、食べないんですか? 美味しいですよ?」

「あー、うん。食べる」


 ぼくは既に食堂でショートケーキを三つ食べている。

 胃が重い。

 だが二人はぼくの為にこれを用意してくれたのだ。ここで食べないわけにはいかない。


 あとで学友に胃もたれを緩和する魔法をかけて貰おう。


 二人に倣ってフォークを突き立て、少しすくって口へと運ぶ。


 ん?

 おや?


 食堂で食べた物よりあっさりとしていて、食べやすい。

 それでいてスポンジと呼ばれるケーキ生地が柔らかく、口へ入れるとまるで溶けるように無くなる。


「食堂のケーキより美味しい……」

「え? ルインさま、ケーキもう食べてたんですか!?」

「あぁ、そういえば表でも祝勝会してるもんな。食べてて当たり前か。じゃあルインはもうお腹いっぱいか?」

「そうだったんですね。ごめんなさい。お腹いっぱいなのに、こんな甘い物出しちゃって」

「いやいや。甘いが、食堂で食べた物ほどじゃない。そうだ、持って来たのだ。食べ比べてみると言い」


 ぼくは箱からショートケーキを取り出し、二人へと勧める。

 それを見た二人から笑顔が零れた。


「ルインさまも持って来てくださったんですね」

「なーんだ。あたいら同じこと考えてたんだね」

「ね」


 二人で通じ合って笑うと、ぼくが持って来たショートケーキをぱくり。


「あ、本当だ。こっちの方が凄く甘い」

「こっちも美味しい! けど、甘すぎ?」

「うむ。このホールケーキの方が食べやすいな。作った者の腕なのだろうが」


 ホールケーキのほうがぼくは好きだ。

 何より上に乗った苺が美味い!

 苺だけ見れば、フィリアらが用意してくれたホールケーキに乗った物の方が甘い。

 ショートケーキの方は酸味が強い気がする。赤みやサイズ、形も微妙に違うのは、品種だろうか。


 同じ苺でも違うものだな。


 その日、祈りの時間はいつもより遅く、三人で長い時間楽しく過ごすことができた。

 フィリアの部屋を出て自室へと戻ると、今度はもうひとつの箱を持って自宅へと帰った。


 突然帰って来たぼくを見て、母上は涙を流し喜んでくれた。

 父上は笑顔で「帰ってくるとは何事か」と、喜んでくれているのか叱っているのか分からない。


「ルイン、お前、どうやって!?」

「兄上、直ぐに神殿へと戻ります。今日は祝勝会というやつでして。ぜひケーキを食べて欲しく、持ってきました」

「持って来たってお前……もしかして神聖魔法の『帰還』というものか? 魔法で戻って来れたのか?」


 おっと。うっかり素でただいまをしてしまったが、魔法が使えることは家族には内緒にしていたのだったな。

 元魔王だと気づかれる訳にはいかないから。


 しかし神聖魔法にも転送系のものがあったか。

 ならば。


「はい。魔法です。でも夜の見回りまでに戻らないと、叱られますので」

「ルインちゃん。じゃあいつでも戻って来れるのね?」

「はい。でも勉強も忙しいですし、夜はフィリアたちとも会っているので。あ、フィリアのおじいちゃんおばあちゃんにも、彼女は元気だと伝えてください」

「分かった。伝えよう。さぁルイン、もう神殿に戻るといい。まったく、この甘えん坊め――ん、これは甘い!」


 父上はショートケーキを気に入って頂けたようだ。


 帰るというと母上がまた涙目になる。

 まぁ……たまには戻ってやるか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


新作の異世界転移物を投稿しております。
そちらもぜび、お読みいただけるとありがたいです。
ゴミスキル『空気清浄』で異世界浄化の旅~捨てられたけど、とてもおいしいです(意味深)~
― 新着の感想 ―
[良い点] 常識とのズレが修正されていない主人公がいい [気になる点] 今後地獄に落ちるのは誰なのか、許されるのは誰なのか。 幼馴染の恋心は届くのか、この恋は実るのか。 [一言] 元魔王様の家族愛が尊…
[一言] なんだろう、目から水が……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ