デリントン3
「う……何が起きた?」
目が覚めるとそこはルイン・アルファートを呼び出した古びた教会の中。
俺以外全員――いや俺も含めてか――冷たい床に転がって気を失っていたようだ。
目覚めているのは俺ひとり。
「おい、起きろ。おい! うっ――」
下僕のひとりを叩き起こそうとしたが、突然訳も分からず身震いをする。
得も言われぬ恐怖心が突然こみ上げてきて、俺は思わず膝を抱え蹲る。
何だ。
何が起きたんだ?
何故俺たちは気を失っていた?
何故ルイン・アルファートはここに居ない?
呼び出したはずだ。
ここに一緒に入ったはずだ。
そして……奴を殺そうと――ぐぎぃ――。
頭が痛い。頭が痛い!
なんだ、この頭痛は!
「いぎぃ……くそっ。ルイン・アルファート……俺様に何をしっぐげぇっ!」
くっ。奴の事を考えると、余計に頭痛が酷くなる。
そればかりか全身を針で刺されたような痛みまで……なんなんだいったい!?
「おいっ。誰か居るのか!? ここは立ち入り禁止区域と知っての侵入か!?」
くっ。ここで見つかるのはマズい。裏口から逃げよう。
気絶しているこいつらは――今は放置するしかない。
あとで今回の事を喋らせないよう口留めしなければ。
ランタンを手にした者が教会内へと入るのが見える。
ちっ。胸元の位階証が高司祭だと? 高司祭が巡回だなんて、そう滅多にしないだろうに。
何故こんなタイミングで。
高司祭に見つからないよう、身を屈め、礼拝堂に残ったままのボロ椅子の影に隠れながら無事に裏口へと到着。
背後では気絶しているのが見つかった馬鹿どもが叩き起こされ、悲鳴を上げているのが聞こえた。
どうやら全員、何かに怯え正気ではないようだ。
あれなら尋問中に俺の名前が出たとしても、知らぬ存ぜぬで通せそうだ。
だがこのままではルイン――ぐごぁっ――や、奴を追い出すための――ぎぎっ――。
「あら。随分騒がしいと思ったら、ネズミさんが一匹、這い出てきたようですわね」
「っ!?」
頭を抱え這うようにして教会から出た所で、頭上から女の声がした。
顔を上げるとそこには、夜空に浮かぶ銀色の月のような髪をなびかせ、漆黒のドレスを身に纏った女が立っていた。
俺の目が女へと釘付けになる。
美しい。
なんと美しい女だろうか。
闇に浮かぶ月のごとき女の容貌に、俺は完全に心を奪われてしまった。
彼女こそが女神の生まれ代わり――聖女か!
「よく見ると、なかなか良い顔ね。名乗ることを許してあげますわ。さぁ、今すぐ名乗りなさい」
「はい、聖女さま。わたくしめの名はデリントン・ボルマーロ。ボロマーロ男爵家の四男でございます」
畏まり、恭しく聖女へと頭を下げる。
「あら、男爵家の息子だったのね」
そう言うと聖女は自らの手を差し出す。
白く細い、しなやかな手――それを慌ててとり、甲にそっと口づけをした。
知りたい。この方のお名前を。
「あ、あの……」
「発言をしていいのは、ワタクシが許した時だけですわよ」
「申し訳ありませんっ」
あ……あぁ……なんと心地の良い声色だろうか。
「では許します。言いたいことは何か?」
「は、はいっ。お許しいただき、恐悦至極にございます! その、美しい聖女さまのお名前をお聞きしたく思いましてっ」
「ワタクシの名前? ふふ、あなた、随分と図々しいですわね。たかだか男爵家程度の者が、侯爵家であるワタクシの名を知りたいだなんて……」
こ、侯爵家!?
何故侯爵系のご令嬢が大神殿に――いや、居る。
聖女候補の三人の内ひとりは、侯爵家の方であったはず!
やはり俺の見立ては間違っていなかった!
「やはり聖女さまであられましたか。俺――いや、わたくしめをどうか、貴方様の下僕にしてくださいっ」
「お黙りなさい! 発言は許可した時のみと言ったはずですっ」
「あぁ――」
聖女さまスカートをたくし上げ、その美しいおみ足を露わにする――と同時に俺は蹴り飛ばされた。
だが不思議と痛くない。寧ろ心地よい!
もっと――もっと彼女に蹴られたいっ。
「ふふ。でもよろしいですわ。ワタクシが聖女と見破ったその眼力に免じて、名乗ってあげましょう」
「あ……ぁあぁ……聖女……さま……」
「ワタクシはマリアロゼ・アルカーマイン。次期聖女のマリアロゼですわ」
マリアロゼさま……なんと甘美な響きなのだろう。
この方に忠誠を尽くす。
例えどんなことがあろうと、俺はこの方をお守りする。
この方こそが、俺の女神――